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U社解雇・年休取得事件

事件の分類
解雇
事件名
U社解雇・年休取得事件
事件番号
東京地裁 − 平成8年(ワ)第5940号(本訴)、東京地裁 − 平成8年(ワ)第17200号(反訴)
当事者
原告(反訴被告)株式会社
被告(反訴原告)個人2名 A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年06月05日
判決決定区分
本訴 一部却下・一部棄却、 反訴 一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告(反訴被告)は、一般労働者派遣業務等を業とする会社であり、被告(反訴原告)Aは平成6年1月17日から原告に雇用され営業に従事した男性、被告Bは原告から派遣労働者として派遣され、平成6年9月16日から平成7年6月16日まで労務を遂行した女性である。

 被告Aは、平成7年3月、原告営業部長と会見し、自らの評価が低いためにやる気にならない旨を告げ、同年4月3日に再度話し合いが持たれたが、結局同月30日で退職することとなった(原告は合意解約、被告Aは解雇と主張)。原告は、被告Aとの間の雇用契約は合意によって終了し、被告Bとの雇用契約も終了していて、いずれも原告に未払賃金はないが、被告らが時間外労働割増賃金等の支払いを求めていると主張して、被告らとの間の雇用契約に基づく債務の不存在確認を求めた。

 被告Aが勤務時間以外に就労したのは、スタッフフォロー業務と会議であるが、スタッフフォロー業務とは、原告に派遣労働者として登録されているスタッフの中から派遣できる者を選択するために、スケジュール管理、教育・指導、希望や技能の確認等を行う業務であり、原告では営業職の従業員等が週1回3時間の割合で行っていた。この業務は電話で連絡する必要があることから、原告は午後6時以降に行うこととし、残業手当を支払っていたが、その後残業手当の平均支給額に従来の営業手当を加算した額を営業手当として支給することとし、残業手当の支給を取りやめた。しかし就業規則上はスタッフフォロー業務に残業手当が支給される旨規定されたままになっていた。

 被告Aは、就業規則に定められた残業手当の支払いを求めて労働基準監督署に申告していたところ、同署から4時間分の残業手当の支払いの指導を受けたため、原告はこれを支払った。しかし、被告Aは原告が未払い営業手当は支払ったが、未払い時間外労働時間については支払おうとせず、営業部長が理由も示さずに4月30日付けで解雇する旨通告したが、これは被告Aが労働基準監督署に対し労働基準法違反の事実を申告したことに対する報復であるから、労基法104条2項に違反して無効であるとして、地位確認と未払いの残業手当及び5月1日以降の賃金549万8932円の支給を請求した。
 また、被告Bは、平成7年3月から5月にかけて9日間年次有給休暇を請求したが、原告はそれを認めずその日分を欠勤扱いとしたことから、被告Aはその日分の賃金相当額9万7875円を請求した。
主文
1 原告の本訴のうち、次の部分を却下する。

 一 原告が、被告らとの間で、原告と被告Aとの間の雇用契約に基づく債務のうち、退職金支払債務以外の債務の存在しないことの確認を求める部分

 二 原告が、被告らとの間で、原告と被告Bとの間の雇用契約に基づく債務が存在しないことの確認を求める部分

 三 原告が、被告Bとの間で、原告と被告Aとの間の雇用契約に基づく債務のうち、退職金支払債務の存在しないことの確認を求める部分

2 原告の本訴のうち、被告Aに対する、原告と被告Aとの間の雇用契約に基づく退職金支払債務の存在しないことの確認請求を棄却する。

3 反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)Aに対し、金8万1430円並びに内金4万0715円に対する平成8年9月10日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内金4万0715円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 反訴原告(被告)Aのその余の請求及び反訴原告(被告)Bの請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを50分し、その2を原告(反訴被告)の負担とし、その1を被告(反訴原告)Bの負担とし、その余を被告(反訴原告)Aの負担とする。
判決要旨
1 本訴について

 被告A及び被告Bがその後それぞれ反訴を提起して、時間外労働割増賃金、カットに係る賃金を請求しているから、いずれも反訴請求の当否を判断すれば必要かつ十分である。よって、原告の債務不存在確認の訴えは、確認の利益を欠き、不適法であるから却下する。

2 本件雇用契約に基づく賃金請求について

 労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったときは、労働者は現実に労務を提供することはできないが、賃金の支払いを請求することはできる(民法536条2項)。そして、右債務の履行不能には、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときもこれに当たるというべきである。労働者が同項の適用を受けるためには、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときであっても、そのことだけでは足りず、労務遂行の単位となる一定の時間的幅の開始の時点で、労働者が客観的に就労する意思と能力を有していることを主張立証するものと解することが、民法624条1項の趣旨に適い、このように解することが相当である。労務を遂行する債務の性質に照らせば、使用者が受領を拒否することにより労働者が労務を遂行することは不可能となるといえるから、労働者の債務は右受領拒絶の時点で債務不能になると解するのが相当である。そして、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を提供する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかであるときは、労働者の債務は右受領拒否の時点で履行不能になると解するのが相当である。

 以上によれば、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかである場合には、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供しなくても、労働者の債務は労務遂行の単位となる一定の時間的幅の開始の時点で履行不能になると解するのが相当であるが、この場合といえども、労働者が客観的に就労する意思と能力を有していることは当然の前提となるというべきである。

 被告Aは、平成7年4月中は原告において引継ぎその他の事務処理を行い、送別会で挨拶し、翌5月には別会社に雇用されてその後も勤務を継続していることが認められるから、被告Aは原告により解雇されたものと認識し、同年5月以降は原告で労務を提供する意思を喪失したものと認めることができる。よって、平成7年5月1日以降の被告Aの賃金請求は理由がない。

3 時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金の請求について

 原告の就業規則上、営業手当は時間外手当の固定給の意義を有するものとされているから、性質上、労働基準法37条1項にいう「通常の労働時間又は労働日の賃金」に含まれないと解するのが相当である。同条4項及び労働基準法施行規則21条は、割増賃金の基礎となる賃金に算入しない賃金を定めており、これらの規定は除外すべき賃金を制限列挙したものと解するのが一般であるが、同条4項及び同規則21条に規定されていない賃金であっても、当該賃金が割増賃金の固定給の性質を有するのであれば、これを割増賃金の基礎となる賃金に算入しないことは、同条1項が当然の前提にしているものと解するのが相当である。

 原告は、スタッフフォロー業務に対する時間外手当を含めて営業手当を支給することについて被告Aとの間の契約に合意が定められている旨主張するが、仮にその合意が定められていたとしても、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効であり、無効となった部分は就業規則で定める基準による(労基法93条)から、原告と被告Aの合意は無効であり、スタッフフォロー業務に対しては、就業規則に従って時間外手当が支払わなければならないというべきである。4 被告Bの請求について
 被告Bは原告に対し、平成7年3月25日、4月6日、12日、27日、5月1日、10日、13日、26日及び27日につき年次有給休暇を請求したと主張するが、被告Bが事前に年次有給休暇の請求をしなかったことが認められるから、原告が年次有給休暇として承認しなかった措置に違法はなく、これが不法行為に当たるということはできない。
適用法規・条文
民法536条2項、624条1項、709条、
労働基準法37条、93条、104条2項
収録文献(出典)
労働判例748号117頁
その他特記事項
本件は控訴された。