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宗教団体教祖・信者事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
宗教団体教祖・信者事件
事件番号
東京地裁 − 平成8年(ワ)第10485号
当事者
原告個人2名 A、B

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年05月26日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 原告A(大正11年生)、B(昭和2年生)は夫婦であり、昭和31年から平成4年まで宗教団対S学会に入信していた者である。原告Aは支部長を経て副本部長、原告Bは本部副婦人部長、北海道総合婦人部長等をそれぞれ歴任した幹部であり、被告(昭和3年生)は昭和35年から昭和54年までS学会の会長、その後は名誉会長の地位にある者である。

 昭和48年6月27日頃、函館研修所において、原告Bが被告のために寝具を用意しようとしたとき、被告は原告に後ろから飛びかかり、押さえつけて強姦し、「誰にも言うな」と脅した。その際原告Bは膝と頭部に打撲傷を負った。昭和58年8月19日頃、原告Bが函館研修所の喫茶室の準備をしていたところ、被告は原告Bに後ろから襲いかかり、襟首を捕まえ洋服を裂いて床の上に押さえつけ強姦した。被告は1回目の強姦後、原告Bを「二号さん」等と呼んでいたが、強姦直後にニヤッと笑いながら「二号さんの顔を見に来た」等と言ってズボンを引き上げた。原告Bはこの暴行で、打撲捻挫等の傷害を受け、約3ヶ月以上痛みが消えなかった。平成3年8月17日頃の朝、原告Bが函館道場内を1人で歩いていたところ、被告は側面から原告Bに突然襲いかかり、地面に突き飛ばし、首を絞めてのしかかり、自らの体重を利用して原告Bの抵抗を封じる等して洋服、下着等を破り取って強姦した。この暴行により、原告Bは額が大きく腫れ上がる等の傷害を受けた。

原告Bは、被告から3度にわたる強姦致傷と数々の辱めを受けたことから、平成4年4月頃、被告に抗議告発する決意を固め、同年5月8日、被告の強姦行為等を記載し、被告に郵送したところ、幹部に呼び出され、電話で解任の通知を受けた。その後原告らは、無言電話や待ち伏せ、尾行などを受けたほか、新聞や雑誌等において激しい非難を受けた。
原告Bは、被告の行為により著しい精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、不法行為に基づき、右3回の強姦により被った精神的損害に対する慰謝料4000万円及び弁護士費用567万円を、原告Aは慰謝料2500万円及び弁護士費用402万円を請求した(旧請求)。その後原告らは、被告は昭和42年8月頃から継続的に原告Bに対し、右3回の強姦行為を含む同女の性的人格権を侵害する行為(セクシャルハラスメント)を行った旨の主張を追加して損害賠償を請求(新請求)した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
 旧請求と新請求とは、各不法行為を基礎づける原告ら主張の主要事実は各別個のものであるから、その訴訟物はこれを異にすると解すべきである。したがって、本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更に当たるものというべきであり、これが許されるためには、新旧両請求における請求の基礎に変更のないことが必要である(民訴法143条)。

 原告らは、旧請求においては、各1日における被告の原告Bに対する行為をその請求原因として構成していたのに対し、新請求においては、昭和42年頃から現在に至るまでの30年以上にもわたる行為を一連一体のものであると主張して、これを請求原因として構成しているのであって、新旧両請求における各請求原因は、時期及び期間を全く異にするというべきであるほか、その内容に変更があるというべきである。以上のように、旧請求における請求原因と新請求における請求原因とでは、時期及び期間、行為主体、行為態様、被侵害利益等の各点で相違しているものといえるから、旧請求と新請求とでは請求の基礎に変更がないものとはいえないから、本件請求原因の追加はこれを許さないこととする。

 原告らは、被告に対して損害賠償請求権を行使することは、原告らが当該宗教団体にいる限り、自己の存在そのものを否定されることを意味し、当該宗教団体内部に留まり、またはその呪縛を受けている限り、被告に対して損害賠償請求権を行使することは到底不可能なことであるとして、本件損害賠償請求権の消滅時効は早くとも平成8年2月時点まではその進行を開始しない旨主張する。すなわち、原告Bは平成8年2月に至り、夫である原告Aに本件事件を打ち明け、本件事件を公表することを決意し、真実を掲載した雑誌が発表されて、全国から支援の頼りが届き、被告を提訴する勇気を持つことができたから、同月に至って「宗教団体による呪縛」が解けたという。しかしながら、原告らは既に平成5年12月15日には両名揃ってS学会を脱退していると認められることからすると、「宗教団体による呪縛」なるものの実体は、事件を世間に公表する大変な勇気、又は被告を提訴する勇気を持てずに思い悩んでいたとする単なる心理状態をいうに過ぎないものと解さざるを得ない。

 また原告らは、「宗教団体による呪縛」から解放された時期について、宗教団体の教義に反し客観的事実を第三者に表明することができた時と解することが相当であると主張するが、右原告らの主張からすると、原告Bは強姦行為が違法であるという客観的事実自体は十分に認識していながら、右の時期に至るまではこれを第三者に表明することができなかったに過ぎないということになる。以上のとおり、平成8年2月まで「宗教団体による呪縛」が続いたとする原告らの主張は、結局は、単に勇気が持てないとする極めて一般的な心理状態を宗教的に粉飾して言い換えたに過ぎないのであって、何ら消滅時効の進行を妨げるべき提訴障害事由となるものではないというべきである。

 仮に原告らに、本件提訴の障害となる何らかの宗教的、精神的な事情があったとしても、原告Bは平成4年4月頃には3回の強姦行為について被告を抗議告発する決意を固めたというのであり、また同年5月には右決意のもとに、「宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける」と記した手紙を2回にわたり被告宛に送付したというのであるから、遅くともその時点においては宗教団体の「呪縛」は解け、それ以降時効は進行を開始するものといわざるを得ない。以上の通り、仮に原告Bが宗教団体による呪縛に陥っていたとする原告らの主張を前提にしても、原告Bは遅くとも平成4年5月には右呪縛から解放されていたことが明らかであり、それが平成8年2月まで続いたとする原告らの主張は、これを採用することはできない。

 原告らは、強姦行為においては、精神的障害の悪化が新たに起きなくなるまでの間被害は継続しており、不法行為は継続するとの理由から、本件損害賠償請求権の消滅時効は平成8年2月までは開始しないと主張し、また右被害が継続することの理由として「強姦という行為は、その行為時に被害が終了するものではなく、被害は被害者の精神・肉体において深化し、時間の経過とともに却って深刻な事態が生じるから」であると主張する。しかしながら、不法行為による精神的障害が加害行為後もなお癒されず、時には増殖さえするという事態が生じることはまま見られることであって、一般に不法行為の事態において、精神的被害が加害行為後長期に亙る例は枚挙に暇がなく、何故強姦の場合だけを取り上げて、時間の経過とともに却って深刻な事態が生じるといえるのか理解し難い。民法は、右不法行為による精神的損害が加害行為後もなお癒されないという事態をも考慮に入れた上で、同法709条、710条において被害者に損害賠償請求権を認めて、右精神的損害を慰謝する方策とする一方、同法724条前段において「損害及び加害者」を知った時を消滅時効の起算点と定め、それ以降3年の経過により、右損害賠償請求権が消滅するものとしたというべきである。そして同条前段にいう「損害」を知るというのは、損害が現実に発生したことを知ることであり、その損害の程度や数額を具体的に知ることまでは必要ないのであって、損害の全部の発生を知らなくても、不法行為に基づく損害の発生を知った以上、その損害と牽連一体をなす損害であってその当時において発生を予見することが可能であったものは全て被害者においてその認識があったものとして、全部の損害について消滅時効が進行するというべきところ、原告らが主張する、被害者の精神・肉体において深化し、時間の経過とともに却って深刻化するという強姦被害は、結局は精神的・肉体的損害が癒されないまま継続している状態を述べるに過ぎないものというべきであり、各強姦行為がなされたという当時において発生した損害と牽連一体をなしその当時において発生の予見が可能であった損害の域を出るものではないというべきである。したがって、原告らの主張を採用することはできない。
 原告らは、平成8年2月時点までは、被告に対し損害賠償請求を行うことは事実上不可能であり、そのような事態を利用してきた被告が時効を援用することは著しく正義に反し許されず、右損害賠償請求につき時効を援用することは、民法1条3項が禁止する権利の濫用に該当し許されないと主張するが、遅くとも平成4年5月頃以降においては、原告らが本訴を提起するに障害となる事由は存在せず、被告が時効の援用権を行使したとしても、それが信義則に反するとか権利の濫用に該当するということはできないものというべきである。したがって、原告ら主張にかかる前記信義則違反又は権利濫用を基礎付ける事実を前提にしたとしても、平成4年5月から消滅時効は進行を開始し、以降3年を経過した同7年5月には消滅時効が完成するものというべきであり、同8年6月5日に提起された本訴における第1回口頭弁論期日(同年9月24日)になされた被告の時効援用権行使が、信義則違反又は権利の濫用となる余地はないものといわなければならない。
適用法規・条文
民法1条2項、3項、709条、710条、724条、
民訴法143条
収録文献(出典)
判例タイムズ976号262頁
その他特記事項
本件は控訴された。