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医科大学研修医突然死共済年金請求事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
医科大学研修医突然死共済年金請求事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁堺支部 - 平成12年(ワ)第1269号
当事者
原告 個人2名 A、B
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年08月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 K(昭和47年生)は、平成10年4月に医師国家試験に合格し、同年6月から医科大学附属病院(被告病院)耳鼻咽喉科の臨床研修医となった者である。

 Kは、平成10年5月6日から見学生として被告病院耳鼻咽喉科で研修を開始し、同年6月1日以降は研修医として研修を受け始めた。平日の研修時間は原則として午前7時30分から午後10時までの13時間と定められ、土曜日、日曜日も休めない状況にあった。月単位の研修時間は、6月は323時間、7月は356時間、夏期休暇のあった8月の15日間でも98.5時間であり、Kが死亡する直前1ヶ月間の研修時間は274.5時間となっていた。

 Kは、同年8月15日午後7時に看護婦らと4人で食事をしたが、その際飲酒はせず午後11時頃に自宅に戻り、翌16日午前0時頃突然死亡した。

 Kの父親である原告A、同母親である原告Bは、被告がKを私立学校教職員共済制度に加入させる義務を負いながらこれに加入させなかったため、本来受給できるはずの遺族共済年金を受給できなくなったとして、遺族共済年金相当額につき損害賠償を請求した。
 なお、本件については、原告は被告に対し、安全配慮義務違反等を理由として、別途損害賠償を請求した。
主文
1 被告は、原告Aに対し209万9177円、原告Bに対し663万8041円及びこれらに対する平成12年10月14日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2 原告らのその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 この判決は、第1項につき、仮に施行することができる。
判決要旨
1 研修医は「使用される者」に該当するか

 そもそも、労働基準法が労働法規における一般法であることからすると、私立学校職員共済法(共済法)14条1項本文にいう「使用される者」は、労働基準法9条にいう「使用される者」と同義に解するのが相当であるから、「使用される者」に該当するか否かは「労働者」(労働基準法9条)に該当するか否かによって判断されるのが相当である。そして「労働者」に該当するか否かの判断に当たっては、(1)仕事の依頼、業務従事への指示等に関する諾否の自由の有無、(2)業務遂行上の指揮監督の有無、(3)場所的・時間的拘束性の有無、(4)労務提供の代替性の有無、(5)業務用器具の負担関係、(6)報酬が労働自体の対償的性格を有するか否か、(7)専属性の程度―他の業務への従事が制度上・事実上制約されているか、(8)報酬につき給与所得として源泉徴収を行っているか等を総合的に考慮して判断されるべきである。

 研修医は、本来的には、医学的知識と技術、医師のあるべき姿勢、態度等を学ぶことを目的としているが、被告病院において、Kは、指導医が診察する際に、その診察を補助するとともに、指導医からの指示に基づいて検査の予約等をしており、指導医と研修医との間に業務遂行上の指揮監督関係が認められること、平日午前7時30分から午後7時までの研修時間中においては、研修医に指導医からの指示に対する諾否の自由を事実上与えられていなかったこと、土曜日及び日曜日についても、午前7時30分までには被告病院に赴き、入院患者の採血や点滴をしており、場所的・時間的拘束性が認められること、業務用器具についてはいずれの作業も被告病院の器具を用いること、被告は研修医に対して6万円及び当直手当相当額の金員を支給していること、被告病院における研修内容及び拘束時間に照らせば、Kら研修医は、事実上他の業務への従事が制約されていること、Kが被告から支給を受けた金員は給与所得として源泉徴収がなされていることが認められ、これらの事情を総合して検討すれば、Kら研修医は、全体としてみた場合、他人の指揮命令下に医療に関する各種業務に従事しているということができるので、Kは労働基準法9条にいう「労働者」に該当すると認められる。したがって、Kは「使用される者」(共済法14条)に該当すると認められる。

 そもそも、共済法14条1項2号の「専任でない者」とは、「他に本業があり当該事業所から受ける給与を生計の主たる資としない者」をいうと解されるところ、Kは平日の午前7時30分から午後7時、土曜日の診察日(第1、3、5土曜日)には午前7時30分から午後2時までの間、被告病院で勤務しており、睡眠時間を除く大部分の時間を被告病院において過ごしていたのであって、被告以外の勤務先があったと認められないことを併せ考慮すると、Kに「他に本業がある」とはいえない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、Kは「専任でない者」に該当しないから、私立学校教職員共済制度の加入者となる資格を有し、被告はKを加入させる義務を負担すると認められる。

 被告は、仮に私立学校教職員共済制度への研修医の加入義務を怠っていたとしても、被告の未加入の判断に過失はないと主張する。しかしながら、研修医が共済法14条1項の「使用する者」に該当することは少なくとも比較的容易に肯定されること、共済制度への加入は加入者等の福祉にとって重要な事柄であり、特に適正に対処すべきことが求められること、殊に本件にあっては、原告らがKの死亡後、再三にわたり、被告につき私立学校教職員共済制度への加入のための手続きをとるよう督促したため、十分に検討する時間があったにもかかわらず被告は上記手続きをとらなかったこと、被告が監督官庁に問い合わせた事情は窺われないこと、平成7年12月当時において、日本私立医科大学協会加盟の私立医科大学29校において、同制度に加入している学校も9校存在したことを併せ鑑みれば、被告がKを同制度に加入させなかったことは違法であって、この点につき過失がないとはいえない。2 原告らが「遺族」に該当するか

 共済法が準用する国家公務員共済法2条1項3号によれば、「遺族」とは、「組合員又は組合員であった者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母で、組合員又は組合員であった者の死亡当時、その者によって生計を維持していたもの」をいうところ、「その者によって生計を維持していた」かについては、政令及び文部大臣の定めにより、年収850万円未満、年間所得655.5万円未満、定年退職等により近い将来上記未満となると認められる者はこれに該当するとされている。原告らは同居はしていなかったものの、いずれもKと生計を共にする者であるところ、Kが死亡した前年である平成9年度における原告Aの合計所得金額は615万6590円であり、同年度における原告Bの合計所得金額は234万円であって、いずれも上記要件に該当することが認められるので、原告らは「遺族」に該当するということができる。3 原告らの損害
 被告が、共済制度の加入者資格を適正に取得していれば、共済法25条が準用する国家公務員共済組合法89条3項により、遺族である原告らに、年額106万9100円の遺族共済年金を受給する権利が発生していたはずである。そして、遺族共済年金は、請求権者が60歳に達した時点から支給が開始され、原告Aは平成14年3月15日以降、原告Bは平成15年1月13日以降、それぞれ、遺族共済年金を受給することができたのであるから、原告らの被った損害は、原告Aにつき、209万9177円、原告Bにつき、663万8041円となる。
適用法規・条文
労働基準法9条、
私立学校教職員共済法14条1項、25条
収録文献(出典)
労働判例813号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。なお本件は、被告に対する損害賠償請求(第1審 大阪地裁 2002年2月25日判決、第2審 大阪高裁 2004年7月15日判決)及び未払賃金請求事件(第1審 大阪地裁堺支部 2001年8月29日判決、第2審 大阪高裁 2002年5月9日判決)としても争われた。