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医科大学研修医突然死未払賃金請求控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
医科大学研修医突然死未払賃金請求控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 - 平成13年(ネ)第3214号、平成14年(ネ)第107号(附帯控訴)
当事者
控訴人(附帯被控訴人) 学校法人
被控訴人(附帯控訴人)個人2名 A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年05月09日
判決決定区分
控訴一部認容(原判決一部変更)・一部棄却(上告)附帯控訴 棄却
事件の概要
 K(昭和47年生)は、平成10年4月に医師国家試験に合格し、同年6月から医科大学附属病院(被告病院)耳鼻咽喉科の臨床研修医となった者である。

 Kは、平成10年5月6日から見学生として被告病院耳鼻咽喉科で研修を開始し、同年6月1日以降は研修医として研修を受け始めた。平日の研修時間は原則として午前7時30分から午後10時までの13時間と定められ、土曜日、日曜日も休めない状況にあった。月単位の研修時間は、6月は323時間、7月は356時間、夏期休暇のあった8月の15日間でも98.5時間であり、Kが死亡する直前1ヶ月間の研修時間は274.5時間となっていた。

 Kは、同年8月15日午後7時に看護婦らと4人で食事をしたが、その際飲酒はせず午後11時頃に自宅に戻り、翌16日午前0時頃突然死亡した。

 Kの両親である原告らは、被告に対し損害賠償を請求した外、被告がKに対し最低賃金に満たない賃金しか払わなかったとして、Kに対し現実に支払われた賃金と最低賃金との差額の支払いを請求した。これに対し被告は、研修医には最低賃金法が適用されないと主張して争った。
 第1審では、Kら研修医の実態からすれば、労働基準法9条の労働者に該当し、最低賃金法が適用されるとして、被告に対し最低賃金相当額と現実にKに対し支払われた額との差額を支払うよう命じたことから、被告はこれを不服として控訴した。
主文
1 控訴人の控訴に基づいて、原判決を次ぎのとおり変更する。

2 控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ21万0622円及びこれに対する平成10年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 本件附帯控訴をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は第一。二審を通じてこれを4分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
6 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 労働基準法9条は、労働者を「職業の種類を問わず、事業又は事業所‥‥に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しており、Kが労働基準法上の労働者に該当するかどうかは、専ら同規定の解釈に係る問題であり、同規定の解釈上、Kを労働基準法上の労働者と見るべきことは、原判決が述べるとおりである。

 控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)は、商船大学及び商船高等専門学校が、学生に対し民間の事業場に委託して行う工場実習について、その実習生については原則として労働者ではないものとして取り扱うとする労働省通達(昭和57年2月19日基発121号)を引用して、民間研修機関における臨床研修医も労働者として取り扱われるべきではないと主張する。しかし、上記通達が商船大学等の工場実習生を労働者として扱うことをしないのは、(1)当該工場実習は大学等教育課程の一環として、これら学生に海技従事者国家試験の受験資格として必要な乗船履歴を取得させるために行われるものであることなどの実習の目的内容、(2)実習は通常現場実習を中心として行われており、その現場実習は通常一般労働者とは明確に区別された場所で行われ、生産ラインの中で行われている場合であっても、実習生が直接生産活動に従事することはないことなどの実習の方法及び管理、(3)実習生に委託先事業場から支払われる手当は、実習を労働的なものとしてとらえて支払われているのではなく、その額も1日300円ないし500円程度で、一般労働者の賃金(あるいは最低賃金)と比べて著しく低いことから、一般に実費補助的ないし恩恵的な給付であると考えられることなどの実態を総合的に勘案した結果であることが上記通達の内容からも明らかである。

 臨床研修医は、既に医師国家試験に合格し、医籍に登録され、医師免許証を交付されて医業をなし得る医師であり、将来一定の資格を取得しようとする上記実習生等とその地位を並列的に捉えることはできない。のみならず、Kが従事していた研修の具体的な内容は、点滴、採血は自らこれを行い、指導医の許可を得た場合にはKらが一人で患者に対する処置をすることもあるというのであるから、患者に対する関係において研修医の行為と研修医でない医師の行為とが明確に区別されているとは認められず、研修医の勤務状況も研修機関である控訴人病院において管理されていたものと認められる。このような研修の実情からすれば、上記通達の存在を前提にしても、Kが労働基準法9条にいう労働者に該当するという前記判断は左右されない。

 控訴人の主張によっても、研修医には、少なくとも毎週月曜日には、午後7時を過ぎても麻酔申込みのために1時間程度の拘束があると認められること、研修医には患者の睡眠時無呼吸検査のため夜9時にアプノモニターを装着する仕事が割り当てられていたこと、この他にも、現在は当直がすべきとされている仕事が、Kの勤務当時は研修医の仕事とされていたこともあることが窺われること、Kは見学生許可願に研修従事時間等を1日15時間、1週7日と記載していること、研修医らは指導医より前に帰宅することはなく、指導医もアルバイトのため病院を出ているときには外出先から病院に電話して研修医に帰宅の指示ないし許可を出すのが常態であったと認められること、研修医においても午後7時を過ぎて直ちに帰宅することは異例のこととの認識であること等の事実に鑑みると、研修医の労働が午後7時に終了したとは認め難く、労働終了時刻は原則として午後10時であったと認めるのが相当である。また、休日でない土曜日については、労働の開始時刻は午前7時30分、終了時刻は午後2時であったと認めるのが相当であり、休日である土曜日及び日曜日については、労働の開始時刻は午前7時30分、終了時刻は午後0時であったと認めるのが相当である。
 労働基準法37条1項の休日割増賃金は、同法35条によって労働者に与えるべきことが定められている休日の労働についてのみ適用されるものであり、Kに与えられた同条1項の週1回の休日は毎日曜日と認めるのが相当であるから、休日である土曜日の労働については、当該日の労働が1週の法定労働時間に収まる場合は法定時間内労働に、当該日の労働が1週の法定時間内に収まらない場合は法定時間外労働に、それぞれ分類されるべきである。以上によれば、Kが受け取るべき最低賃金の額は、60万8745円であり、控訴人がKに現実に支払った給料額は18万7500円であるから、Kはなお42万1290円の賃金請求権を有していたと認められる。
適用法規・条文
労働基準法9条、35条1項、37条1項、最低賃金法2条
収録文献(出典)
労働判例831号28頁
その他特記事項
本件は上告された。