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京都上労基署長(D社)心筋梗塞死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
京都上労基署長(D社)心筋梗塞死事件【過労死・疾病】
事件番号
京都地裁 − 平成9年(行ウ)第34号
当事者
原告 個人1名
被告 京都上労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年10月24日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 Kは中学校を卒業後、昭和29年にD社に入社して写真製版の技術者として稼働し、昭和60年にはD社の子会社であるB社に移籍した。Kは昭和63年2月21日以降、物流システムの梱包発送課において、交替制の深夜勤務を含む梱包業務に従事してきた。

 平成2年当時、夜勤時には2人1組で、昼勤時には6人1組で本件業務が行われ、対象となる製品は、平均10‾20kg、特に重いものは40kg以上の重さがあり、1日当たりの包装処理個数は1600‾1800個であった。

 勤務体制は、夜勤を含む2交替の変型労働時間制であり、週2日が夜勤(午後8時から翌朝6時まで)、3日が昼勤(午前8時から午後6時まで)という週5日の労働サイクルで、2週間に1度は昼勤と夜勤が連続して行われることとなっていた。

 Kは、平成2年3月5日から9日まで連続5日間勤務(8日と9日は夜勤)したが、この時期Kは、疲れた旨の言葉を何度も漏らし、食欲もない様子であった。同月11日は休みで、翌12日受診したところ感冒と診断されたが、午後8時から翌朝8時まで夜勤に就き、翌日の夜勤明けに再び受診し、辛いと言いつつ出勤して前日と同様の夜勤に就いた。Kは同月14日(夜勤明け)、自宅に疲れ切って帰り、翌15日は年休を取得したが、翌16日も体調が悪かったにもかかわらず午前8時に出勤した。Kは同日午後2時頃包装作業に従事していたが、作業中に突然倒れ、医師による心マッサージによる蘇生術が施されたが、間もなく急性心筋梗塞により死亡した。
 Kの妻である原告は、Kの死亡は本件業務に起因するものであると主張して、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告はKの死亡に業務起因性は認められないとして、これを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分の取消しを求めて、労災保険審査官に対する審査請求、更には労働保険審査会に対する再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 労働者災害補償保険制度の趣旨に鑑みれば、狭心症に罹患していた者が急性心筋梗塞によって死亡した場合、その死亡が業務に起因するというためには、単に業務が心筋梗塞の発症の原因の一つになったというだけではなく、当該業務の遂行が、その者にとって精神的・肉体的に荷重負荷となり、それが狭心症の自然的経過を超えて増悪させ、又は当該業務を遂行せざるを得ない状況にあったことから狭心症による治療の機会を喪失させるなどしてその死亡時期を早め、死の結果を招いたといえるなど、その死亡と従事していた業務との間に相当因果関係がなければならない。

 Kは、昭和60年7月頃は、高血圧の傾向はなかったが、既に準肥満の体型で、準高脂血症の状態であった。Kは平成2年1月上旬の時点において、新規発現型労作狭心症を発症していたもので、その状態は急性心筋梗塞に移行し易い状態であったもので、安静休養と適切な治療が必要な状態であった。Kは同年2月下旬頃、安定化に向かう症状を示したが、同年3月14日頃狭心症により再び胸部の圧迫感を訴えるようになって、その症状が悪化し、医師から治療としてフランドールテープを胸部に貼付された。Kは同月12、13及び14日の3日間、感冒薬の投与を受け、15日は休暇を取得し、翌16日午後2時過ぎ頃、急性冠症候群(急性心筋梗塞)を発症し、間もなく死亡した。

 医師の所見の中には、Kが罹患していた不安定狭心症は軽度のもので、不完全ながらも治療を受けており、急性心筋梗塞で死亡に至った要因は、病気をおして交替制勤務を含む本件業務に従事していたこと以外にはない、との趣旨の部分があり、また本件業務の内容は、肉体的にも疲労度の高い負荷をもたらす業務であり、更に深夜交替制勤務であり、職場には深夜勤務中十分に仮眠できるような施設もなかったもので、深夜交替制勤務と心血管疾患の発症との有意の関連性を肯認する専門検討会報告書もある。更に、Kの死亡1ヶ月前及び2ヶ月前の時間外労働時間は、それぞれ56.5時間及び57時間となっており、Kは死亡直前期において恒常的に長時間労働に従事しており、また死亡6ヶ月前から死亡するまでの間も、年末年始を除けば、Kは恒常的に長時間労働に従事していたといえる。

 しかしながら、Kが平成2年1月上旬に罹患した新規発現型労作狭心症は、心筋梗塞に移行しやすいもので、しかもKは準高脂血症等の心筋梗塞の危険因子も有していたもので、冠動脈硬化が徐々に進行するなどして、その狭心症が心筋梗塞に移行する危険性は相当あったものというべきである。そして、本件業務の内容は、夜勤を含む交替制勤務ではあったが、夜勤明けは1日又は2日の休養時間が確保され、更に平成元年9月から平成2年3月まで、1ヶ月当たりの所定外労働時間は、平成元年9月の65時間のほかは、月60時間を超えた期間はなく、死亡前8日間に4日間の休日が確保されている。更にKは、昭和63年2月以降約2年間このような本件業務に従事しており、その間特に勤務シフトに変更はなく、スケジュールどおり実施されていたもので、Kの死亡前1週間におけるKの労働時間は27時間に過ぎず、死亡前日は1日休んでいる。以上に鑑みれば、Kが本件業務に従事したことにより、Kに精神的・身体的ストレスが過重にかかったとまではいうことができない。また、夜勤が人間の生体リズム・生活リズムを狂わせ、その結果心臓血管系の障害を引き起こす可能性はあるが、前記判断を左右するまでのものとは認められない。

 このようにみてくると、Kは狭心症からその病状の自然の悪化により心筋梗塞に移行して死亡した可能性が強く、本件業務の遂行が、Kにとって精神的・肉体的に過重負担となり、狭心症の自然的経過を超えて増悪させ、死の結果を招いたと認めることはできない。
 次に、Kは平成2年1月上旬に新規発現型労作狭心症を発症し、心筋梗塞に移行する危険があったものであるから、むしろこの時点で安静加療すべき状態であったもので、その後にKが本件業務を継続したことによって死亡に至ったのではないかが問題となる。しかし、同年1月又は2月にKが受診した際、直ちに入院・治療が必要であるとか、本件業務に就くことは控えるようにとの指示を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、同年2月28日の時点において、Kの不安定狭心症の症状は1月下旬頃と比較するとやや落ち着いており安定化に向かう兆候もあったこと、同年1月下旬頃医師による一応の治療を受けており、しかも休日も取得したことが認められ、同年1月下旬ないしそれに近接する時点において、Kは直ちに入院・治療するか、少なくとも連続休暇を取得すべきであったとまでは認められない。以上のとおり、Kの死亡が本件業務に起因するものとは認め難く、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
適用法規・条文
労働基準法79条、80条、
労災保険法7条1項、12条の8、16条の2、17条
収録文献(出典)
判例タイムズ1117号270頁
その他特記事項
本件は控訴された。