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京都上労基署長(D社)心筋梗塞死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
京都上労基署長(D社)心筋梗塞死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 - 平成14年(行コ)第101号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 京都上労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年04月28日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)(確定)
事件の概要
 Kは中学校を卒業後、昭和29年にD社に入社し、写真製版の技術者として稼働し、昭和60年にはD社の子会社であるB社に移籍した。Kは昭和63年2月21日以降、物流システムの梱包発送課において、交替制の深夜勤務を含む梱包業務に従事してきた。

 平成2年当時の勤務体制は、夜勤を含む2交替の変型労働時間制であり、週2日が夜勤(午後8時から翌朝6時まで)、3日が昼勤(午前8時から午後6時まで)という週5日の労働サイクルで、2週間に1度は昼勤と夜勤が連続して行われることとなっていた。

 Kは、平成2年3月5日から9日まで連続5日間勤務(8日と9日は夜勤)し、同月12日に感冒と診断されたが夜勤に就き、翌日も同様に夜勤に就いた。Kは同月14日(夜勤明け)、自宅に帰り、翌15日は年休を取得した。Kは翌16日も体調が悪かったにもかかわらず午前8時に出勤して包装作業に従事していたが、午後2時頃作業中に倒れ、医師による心マッサージによる蘇生術が施されたが、間もなく急性心筋梗塞により死亡した。

 Kの妻である控訴人(第1審原告)は、Kの死亡は本件業務に起因するものであると主張して、被控訴人(第1審被告)に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被控訴人はKの死亡に業務起因性は認められないとして、これを支給しない旨の処分をしたため、本件処分の取消しを求めて提訴した。
 第1審では、Kは平成2年1月上旬頃から不安定狭心症を発症しており、その病状の自然の悪化により心筋梗塞に移行して死亡した可能性が強く、本件業務の遂行がKにとって加重負担になったとは認められず業務起因性は認められないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が平成4年4月13日付けで控訴人に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1・2審とも、被控訴人の負担とする。
判決要旨
 虚血性心疾患の業務起因性の認定に当たっては、その発生機序の解明を基礎としつつ、業務量(労働時間、密度)、労働内容(作業形態、業務の難易度、責任の軽重等)、職場環境、そのほか心理的負荷等を含めた業務による諸々の負荷、更には発症後の安静治療の困難性などの事情を総合的ないし包括的に考慮して判断すべきである。そして、業務と疾病との間の相当因果関係の存在の立証は、もとより一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるものと解すべきである。そして、この場合、仮に認定基準に完全には合致しなくても、これとは別の誘因、機序、経過等を明らかにして、業務と疾病との間の相当因果関係の存在が立証されるならば、業務起因性は肯定されるべきものである。

 専門検討委員会報告書は、「拘束時間の長い勤務の過重性については、拘束時間数、実労働時間数だけではなく拘束時間中の実態等について十分検討する必要がある。具体的には、労働密度(実作業時間と手待時間との割合等)、業務内容、休憩・仮眠時間数、休憩・仮眠施設の状況がどうであったか等の観点から検討し、評価することが妥当」と述べており、また日本産業衛生学会循環器疾患の作業関連性要因検討委員会報告は、夜間労働は「労働者の健康にとって有害で、社会生活上の不便と苦痛を伴う」として、深夜時間帯の勤務がある事業場での改善・制限策として、(1)休養施設の設置の設置と、夜間10時間以上の拘束勤務がある場合の2時間以上の仮眠時間の保障、(2)夜間労働を常態とする夜勤の就労形態を避けること、(3)夜間労働に引き続く日勤就労の禁止、(4)連続夜勤は原則3夜を限度とすること等を提言している。

 Kの所定外労働時間は、発症前3・4ヶ月を除き、53.75時間ないし65時間であり、いずれも45時間を相当超過している。特に本件事故前1ヶ月目56時間30分、2ヶ月目は57時間となっている。そうすると、少なくとも夜勤に関する限り、2人体制であり、全ての作業を1人で行わなければならない状況にあり、しかも代替要員が確保されていないため、年休を取ると同僚に迷惑をかけることになることから、本件職場においては暗黙のうちに年休を取りにくい状況が形成されていたものと認めるのが相当である。作業環境についてみるに、2階の作業場には仮眠を取れるような設備がなく、夜食を摂る時間も含めて休憩時間として1時間設定されていたに過ぎない。Kは、平成2年3月5日(死亡10日前)から連続5日勤務しており、そのうち2日は夜勤であって、夜勤の後1日休暇があって引き続き2日連続して夜勤に従事している。すなわち、3日連続昼勤の12時間勤務を行い、翌日から夜勤を2日連続して行い、夜勤明けと休日を経て、また連続2日の夜勤に従事していたことになる。Kは、同年2月中は不安定狭心症の症状が小康状態であったが、3月5日頃から体調を崩したにもかかわらず、十分に休息を確保できないまま2日連続して夜勤を行った結果、同月15日に年休を取得したにもかかわらず、その程度の休暇取得のみでは容易に疲労が回復し難いものとなっていたと認めるのが相当である。

 Kは写真製版の技術者として29年間働いた後、企業組織の再編成により、異業種ともいえる製品包装の業務に従事せざるを得なくなり、更に50歳に達してから深夜交替制の肉体労働に従事するようになったものである。また本件業務の作業強度は、動的な筋労作の要素と静的な筋労作の要素が組み合わさった中程度のものであるというのであるから、肉体的にも相当疲労度の高い負荷をもたらす業務であり、職場には深夜勤務中十分に仮眠できる施設もなく、更にKの死亡1ヶ月前及び2ヶ月前の時間外労働時間を見ると、それぞれ56.5時間、57時間となっており、Kは死亡直前の時期において恒常的に長時間労働に従事しており、また死亡6ヶ月前から死亡するまでの間も、年末年始の時期を除けば、Kは恒常的に長時間労働に従事していたものといえる。そうすると、本来、虚血性心疾患は加齢や日常生活における様々な要因により自然的経過の中で発症することが多い疾病であり、Kの場合もそのようなものであったと解する余地もあるが、他方、他に確たる発症ないし増悪因子の存在を見出せない本件の事実関係の下では、本件業務を長時間継続したことが、不安定狭心症の発症と深く関連があると推認するのが相当である。

 本件の場合、Kの年齢との対比でみた場合の本件業務の作業強度は軽作業の範疇に属するようなものではなく、しかも1日12時間拘束という長時間労働に服していた上、深夜交替勤務という生体リズムと生活リズムの位相のずれが大きい労働への従事を求められていたのであるから、使用者としては、Kからの明示の申出がないとしても、Kの年齢に即応した勤務体制の変更を検討して適宜の措置を講じたり、夜勤に従事させる場合であっても従業員の健康に格段に留意した対応、具体的には当該従業員から申出があれば交替要員の補充が容易になし得るような体制を整えておくべき義務があったにもかかわらず、これを怠っていたのであり、このような作業環境が基礎疾患の発症の要因になっているものと認められ、平成2年1月ないしこれと近接した時点で発症したKの不安定狭心症は本件業務に起因するものと判断することができる。しかも、冠動脈の動脈硬化性病変が高度であり、その血管病変が自然の経過によっていつ急性心筋梗塞を発症させてもおかしくない程度にまで重篤化していたことを認めるに足りる証拠はないこと、平成2年1月31日時点でKの不安定狭心症はBraunwaldの分類でいうクラス1B1に相当する程度のものであったこと、Kは同年2月下旬頃不安定狭心症の症状が小康状態にあったことからすると、安静を保ち治療を受けていれば直ちに急性心筋梗塞を発症するという状態にはならなかった蓋然性が高いと推認することができる。それにもかかわらず、昼勤ではあるものの本件事故前日のみならず翌日も連続して年休を取ることはためらわざるを得なかったという事情に基づき、安静の機会を失う結果になってしまい、その上に、本件業務による作業負荷が加わったことから、不安定狭心症を増悪させて急性心筋梗塞の発症を促進する結果になったもの、言い換えれば、本件事故当日、本件業務に従事しなければ急性心筋梗塞の発症を回避し得た可能性があると解するのが相当である。

 以上の判断を総合すると、急性心筋梗塞に移行する危険性の高い疾病である不安定狭心症を基礎疾患として有し、長期間深夜交替制の勤務に服し、常態として負荷の大きい業務に従事していて疲労の蓄積したKが、上記負荷の蓄積により本件事故前日の年休のみでは疲労の回復ないし解消が得られていないにもかかわらず、本件事故当日休暇取得の申出をしにくい状況の下で本件業務に従事したことによって更に負荷の曝露を受けざるを得なかったことにより、長期間にわたって本件業務に従事したことによる負荷の曝露と相まって、勤務形態及び労働密度を含めたところの、本件業務に内在する一般的危険性が現実化し、血管病変が自然的経過を超えて急激に著しく増悪して急性心筋梗塞の発症を早めるのに大きく寄与したと推認するのが相当である。
 以上によれば、Kの死亡につき業務起因性がないとした本件処分は違法というべきであるから、その取消しを求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。
適用法規・条文
労働基準法75条、
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例917号5頁
その他特記事項