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大阪西労基署長(F社)心臓病死事件【過労・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大阪西労基署長(F社)心臓病死事件【過労・疾病】
事件番号
大阪高裁 − 平成16年(行コ)第12号
当事者
控訴人 個人1名
控訴人 大阪西労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年09月27日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)(確定)
事件の概要
 K(昭和21年生)は、昭和58年12月にF社に雇用され、大阪港営業所に荷受作業員として勤務し、昭和60年11月に玉掛け資格を取得した

Kは本件発症当時、はしけにおいて鋼製コイルをはしけから本船に積み込む作業に従事していたが、その作業は直射日光を遮るものはなく、しかも船底は鉄製であり、コイルが日射を受けて熱を帯びるため、はしけ上の気温等は地上よりも高い状態にあった。また、作業員の所定労働時間は午前8時から午後4時まで休憩1時間の7時間労働であった。

 本件発症6ヶ月間において、時間外労働時間数が1ヶ月当たり30時間を超えることはなかった。Kは、平成7年7月10日、医師の診察を受けたが、通常の勤務に支障があるとの診断はなく、同月11日及び13日は午前中勤務、12日及び14日は午後4時の終業時刻後も勤務したものの、その時間外労働の合計は1時間13分に過ぎなかった。同月15日、Kは出勤後すぐに退勤し、16日は休日であり、翌17日、Kははしけの上で玉掛け作業に従事したが、降雨のため午前9時30分以降作業が開始され、2度の休憩をはさんで午後7時40分頃終了した。作業終了後、同僚が送迎バスに向かったが、Kがいなかったため探しに戻ったところ、Kは甲板上で仰向けに倒れており、救急車で病院に搬送されたが、同日午後9時に死亡した。

 Kの姉である控訴人(第1審原告)は、Kが荷役作業中に心疾患を発症して死亡したのは業務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被控訴人はこれらを不支給とする処分を行ったため、同処分の取消しを求めて提訴した。
 第1審では、発症促進説の立場から、Kの勤務状況や作業内容、作業環境からみて、本件作業がKの本件基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させて本件発症をさせたと認めるにはなお疑問が残るとして控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成8年11月1日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする
判決要旨
 Kは、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁狭窄症、不整脈(心房細動)持続等の心臓疾患(本件基礎疾患)を有しているが、このように心臓疾患を有している被災者の業務起因性については、被災者の本件基礎疾患が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により心臓病を発症させる寸前にまでは増悪していなくて、その業務の負担が相当高いとき、他に心臓病の確たる発症因子のあったことが窺われないときには、その業務と心臓病との間に業務起因性を認めるのが相当である。

 Kは、本件発症の5日及び1週間前に医師の診察ないし健康診断を受け、いずれも通常の仕事に支障があるとの診断結果ではなかったから、その頃仕事に差し支えるような身体状況ではなかったものであるところ、本件発症前1週間の勤務状況は、その直前の2日間は休業、2日間は午前中の勤務で、3日間は午後4時の終業時刻以降も勤務したが、その合計が1時間13分に過ぎず、それ以前の業務内容と比較して軽い仕事内容であったことに照らすと、本件発症当時、Kの心臓の基礎疾患が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により心臓病を発症させる寸前にまで増悪していたとはいえない。

 Kが本件発症日にはしけ上で従事していた玉掛け作業は、重量の重い荷物を扱うものであって、不十分な玉掛けにより荷物が落下して死傷事故に繋がるおそれがあり、足場が不安定な場合もあるため、本件作業は相応の精神的緊張を伴うものであったというべきである。また、玉掛け作業には不慣れな日雇労働者も加わることがあったため、熟練のKにとって、その点が負担となっており、重量物を吊り上げるワイヤーを動かすため一定の力を要するものであった。更に、本件発症時は夏で、7月8日以降はほぼ30度を超えていたところ、荷物が鋼鉄コイルの場合には直射日光を受けて熱を帯び、はしけ内の温度を高めていたものであり、またはしけの壁のため風が遮られ、体感温度はより高く感じられる常態にあったというべきである。加えて本件発症日は湿度が高く、はしけ内の湿度は陸上よりもかなり高かったものと推測される。

 以上の事実によると、Kの当時の業務負担は、精神的にも肉体的にも相当高かったとみることができそうであるが、本件発症前1週間の勤務状況は、その直前2日間は休業で、2日間は午前中の勤務で、3日間は午後4時の終業時刻以降も勤務したが、その合計が1時間13分に過ぎなかったものであり、その仕事内容は従前の業務内容と比較して軽いものであったことに照らすと、Kの本件発症当時の業務の負担が相当高かったと断定することに躊躇せざるを得ない。

 しかしながら、そもそも、Kの本件発症当時の作業は、精神的にも肉体的にも相当の負担を伴うものであるところ、その直前1週間の業務内容は、ほとんど残業がなく、半日勤務も2日間、通常週1日しかない休業が2日あるなど、たまたま比較的軽い業務内容になっていたものであり、その業務内容等にKの身体が順応していたものと推測されるのであるが、Kは本件発症当日2日間の休業明けの出勤であり、雨のため実際の作業の始まりが遅れたとはいえ、通常通り出勤して通常通りの作業をし、その後に久し振りの残業をしたことで、前の週の業務に比較すると相当厳しい業務となったものというべきであるから、Kの本件発症当時の業務の負担は相当高かったとみるのが相当である。Kに服薬の懈怠があったこと、不眠が本件発症の重要な要因になったことを認めるに足りる証拠はなく、他に心臓病の確たる発症因子があったことを窺わせるものはない。
 以上の次第であって、本件発症当時、Kの基礎疾患である心臓疾患は、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により心臓病を発症させるまでは増悪していなかったもので、その業務の負担は相当高かったものであり、Kに他に心臓病の確たる発症因子のあったことが窺われないから、Kの業務と本件発症たる心臓病との間に相当因果関係があると認めることができる。よって、本件発症について業務起因性を認めることができ、本件処分は違法であるから、これと異なる原判決を取り消す。
適用法規・条文
労働基準法75条、
労災保険法16条の2,17条
収録文献(出典)
判例時報925号25頁
その他特記事項