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地公災基金愛知県支部長(Z小学校教員)脳内出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金愛知県支部長(Z小学校教員)脳内出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
名古屋地裁 − 昭和58年(行ウ)第6号
当事者
原告 個人 3名 A、B、C
被告 地方公務員災害補償基金愛知県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1989年12月22日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 K(昭和19年生)は、昭和42年4月に教員として採用され、昭和53年4月から新設校である尾張旭市立Z小学校に教諭として勤務していた。

 Kは6年1組の担任で、学年主任であり、社会科主任、視聴覚教育主任、特活指導責任者、児童活動責任者、児童会主任、クラブ担当、企画委員会委員、現職教育委員会委員、環境構成委員会委員を担当していた。

 尾張旭市では、毎年11月初旬に、男子はサッカー、女子はポートボールの対抗試合が行われ、ポートボールについてはK外6名の教諭が指導者として選任され、昭和53年10月以降、授業前40分間、授業後1時間の練習、土曜日は午後1時30分から午後4時までの練習をすることになった。Kは球技指導の経験が豊富だったことから、ポートボール指導の中心となり、日曜日等を除く毎日練習が行われ、授業の合間にも行われることがあった。同年10月24日からZ小では1泊2日で京都・奈良への修学旅行が実施され、Kは担任及び学年主任として企画・指導を行い、中心となって引率・指導を行った。

 Kは校長の命令により、特別教育活動研究会に参加し、レポートの作成・発表を行ったほか、自主的な研究会として「子供の本について語る会」を結成し、報告などの活動を行っていた。Kは、同月28日午前7時47分頃登校し、ポートボールの練習をし、授業を行った後、午後1時頃試合出場の児童を同乗させて試合会場に行き、練習試合の審判を務めた。Kは試合の前半が終了したハーフタイムの午後2時10分頃、膝をつきうずくまるようにして倒れて意識不明となり、特発性脳内出血と診断されて血腫除去の緊急手術を受けたが、同年11月9日、入院先の病院で吐物誤嚥による呼吸不全により死亡した。
Kの妻である原告A並びにKの子である原告B及び同Cは、Kの死亡は公務上のものであるとして、地方公務員災害補償法に基づき、被告に対し遺族補償及び葬儀料の支給請求をしたところ、被告はKの死は公務外であるとして、不支給とする処分(本件処分)をした。原告らは本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が昭和54年12月25日付けで原告Aに対してした公務外認定処分を取り消す。
2 原告B及び原告Cの本件訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用のうち、原告Aと被告との間に生じた分は被告の負担とし、原告B及び原告Cと被告との間に生じた分は右原告両名の負担とする。
判決要旨
 特発性脳内出血は、先天的ないし後天的に形成された脳内微小血管の血管腫様奇形等が存在するため、その部分の血管が脆弱で破裂しやすい状態になっていることから、右血管部分が破裂して発症したものということができる。そして、右破裂の誘因については医学的に厳密には特定することは困難であるが、このことから直ちに司法的判断として特発性脳内出血の発症原因は不明ないし原因はないものと断定することは相当ではなく、脳動脈瘤という血管病変部の破裂という点において特発性脳内出血と類似している脳動脈瘤破裂に外的ストレスが関与していること、高血圧性脳出血についても同様であること、特発性脳内出血の発症について外的ストレスないし精神的、身体的負荷が関与しており、業務による精神的、身体的負荷に起因して特発性脳内出血が発症する可能性があるものと認めるのが相当である。

 Kの死亡が「職員が公務上死亡し」た場合に該当するというためには、Kの死亡原因である特発性脳内出血の発症と公務との間に相当因果関係が存在することが必要である。既存の素因ないし基礎疾患(素因等)が原因又は条件となって発症した場合であっても、公務が素因等の増悪を早めた場合又は公務と素因等が共働原因となって死亡原因となる疾病を発症させたと認められる場合には、公務と右疾病の発症との間に相当因果関係が肯定される。そして、特発性脳内出血の場合には、公務以外の要因による負荷に起因して発症する可能性もあり、外的ストレスとは無関係に発症する可能性もあるけれども、当該職員の公務による精神的、身体的負荷の程度(公務の時間、密度、公務の形態、難易度、責任の軽重、公務の環境等)、右の負荷によって当該職員が受ける精神的、身体的負担の有無、程度等を総合考慮した上相当因果関係の存否を判断すべきである。

 特発性脳内出血の場合には、血管腫様奇形等という素因等の存在により、正常人と比較すると精神的、身体的負荷によって当該職員が受ける負担の程度はより大きいものになるから、公務による負荷が一般的に特に過重な程度に至らなくても、当該職員にとっての負担は特に過重な程度に至る場合がある。この場合、当該職員にとっては、予見が困難であり、自己にとっての過重な負担を回避する措置を事前に講ずることは期待できないから、このような場合、公務と特発性脳内出血の発症との相当因果関係の存在を一般的に否定することは相当でない。したがって、公務による負荷が一般的に特に過重な程度に達していなくても、当該職員にとって脳内微小血管の血管腫様奇形等の破裂を引き起こすに足りる程の負担をもたらす程度に相当重いものと認められ、かつ他に特記すべき負荷を惹起すべき要因ないし特発性脳内出血の発症原因となるような要因が認められない場合には、医学的に因果関係が明確に否定されるなどの特段の事情が存しない限り、公務と素因等が共働原因となって特発性脳内出血を発症させたものと推認すべきであり、この場合、公務と特発性脳内出血の発症との間には相当因果関係が存在するものと判断するのが相当である。

 Kは、昭和53年4月以降、新設校における中核的教諭として自己の学級担任による職務の他に学年主任その他校務分掌上の多数の職務の責任者的立場にあって、通常の場合に比較すると多忙でかつ精神的緊張を要する職務に従事していたところ、同年10月に入ってから、主に早朝及び授業終了後の時間にポートボール練習の指導が始まり、同月24日及び25日に1泊2日の修学旅行が実施され、その事前指導・準備及び引率の職務を中心的かつ熱心に遂行したことにより、相当高度の身体的・精神的疲労が蓄積したところに、同月27日、教育研究集会における発表が予定されていたことからその準備や発表及び自主的な研究会の開催も近くに予定されていたためその準備の必要などもあったことなどから、疲労を十分に回復することができずに疲労が累積的に蓄積していき、その他児童会活動の指導も重なっていた。このような状態においても、Kはポートボール練習の指導を熱心に続け、発症当日の同月28日においては相当程度に疲労が蓄積していたにもかかわらず、ポートボールの引率指導を行い、練習試合の審判を開始して約25分後に倒れたものであり、以上の一連の経過におけるKの勤務による負担、殊に同月24日以降の負担は相当程度に高度であったものということができ、このような状態においてポートボール練習試合の審判をしたことによる身体的・精神的負担が加わったことにより、Kの受けた身体的・精神的負担は、前記血管腫様奇形等の素因等に作用し、脳内微小血管の破裂を生じせしめるに足りる程度のものと認めることができ、他に特記すべき身体的・精神的負荷を惹起すべき要因ないし特発性脳内出血の発症原因となるような要因は認められない。

 ところで、Kの身体的・精神的負担の原因の一つとして「子供の本について語る会」の準備活動があり、同会は私的な研究会であって、純然たる公務とはいい難いが、教育職員であるKの職務に密接に関連するものといえる。教育公務員はその職務を遂行するために絶えず研究と修養に努めなければならないのであり、勤務の性質上、狭義の職務から広い意味での研究・修養に至るまで画然の区別をつけ難い側面があり、職員の自主的な判断に委ねられる部分も多いことから、職務に密接に関連する活動に基づく身体的・精神的負担について、公務以外の要因に基づく負担であるとして公務起因性判断の資料から除外するのは相当でなく、右負担についても公務起因性を判断する際の要因として検討すべきものである。

 以上によれば、Kの特発性脳内出血の発症について、同人の受けた公務による身体的・精神的負担は特発性脳内出血を発症させるに足りる程度の過重な負担であると認められ、かつ他に特記すべき身体的・精神的負担を惹起すべき要因ないし特発性脳内出血の発症原因となるような要因は認められず、医学的に公務との因果関係が明確に否定されるなどの特段の事情は存しないから、Kの公務と素因等が共働原因となって特発性脳内出血を発症させたものと推認することができ、したがって、公務と特発性脳内出血の発症との間には相当因果関係が存在するものと認めるのが相当である。
 よって、Kの死亡は公務に起因するものというべきであり、「職員が公務上死亡し」た場合に該当するものであるから、これと結論を異にする本件処分は違法な処分として取消しを免れない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
労働判例557号47頁
その他特記事項
本件は控訴された。