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名古屋東労基署長(S社)喘息死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
名古屋東労基署長(S社)喘息死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
名古屋高裁 - 平成11年(行コ)第30号
当事者
控訴人 名古屋東労働基準監督署長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年03月15日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
 K(昭和22年生)は、大学卒業後の昭和45年にS社の前身であるT社に入社し、電気設備工事技師として働いていた者である。

 Kは平成元年1月後半から残業が多くなり、平成元年年5月9日から20日まで連続して勤務し、その間は連日18時から20時までの残業であり、同月21日に休みを取った後も27日間連続勤務に従事し、この間20時以降まで残業した日数は12日間あり、特に同月6日及び7日は23時まで、14日は24時まで残業し、5月9日から6月17日までの40日間の労働時間は合計411時間に及び、その間の休日は1日で、竣工検査を控えて労働密度も濃かった。

 同年11月5日、Kはソフトボールの試合から帰宅した後、午後12時過ぎに就寝し、翌午前3時頃苦しみ始め、妻が救急車を呼んだが、病院に搬送される前に死亡した。

 Kの妻である被控訴人(第1審原告)は、Kの喘息発作の発生及びこれによる死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料を請求したところ、控訴人(第1審被告)は本件疾病は業務上の事由によるものではないとして不支給の決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求をしたが、3ヶ月経過しても裁決がなされなかったことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、労災保険給付を受けようとする者(被控訴人)は、自己に受給資格があることを立証する責任を負うとしながら、本件では過重な業務が喘息発作を重症化させ、それによって死亡に至ったとして、Kの死亡の業務起因性を認め、控訴人のした本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 Kは、健康状態を理由として配置転換を希望し、平成元年7月1日から同年8月20日までデスクワークに従事した。Kはこの間ほぼ定時に退勤した上、同年8月1日から同月20日までに10日間の休日を取得したが、症状はなかなか回復せず、顔色は悪く、同年7月1日から10日までの間に7回受診し点滴治療を受けている。その後、Kは同月28日及び29日、同年8月2日にそれぞれ喘息発作を起こし、点滴治療を受けたが、翌日以降再び小康状態を保つに至った。

 Kは、同年8月11日から16日まで休暇を取り、翌17日から出勤したが、同月19日には喘息発作を起こして点滴治療を受け、更に東郷サービスエリア電気設備工事現場代理人を引き受け、同月21日から作業を開始したところ、すぐに喘息発作を起こし、点滴治療を受けた。そして、上記準備作業の開始とともにKの労働時間は増加し、同月24日は9時間、25日には10時間となり、26日は土曜日で6時間45分に止まり、27日は日曜日で休日であったが、28日ないし31日には各10時間となるに至った。これに併行して、Kは同月25日から連続6日間喘息発作を起こして点滴治療を受けた。Kは、同月末日までに上記準備作業を終えて、同年9月1日から東郷サービスエリアの現場事務所で勤務するようになったが、翌2日には喘息発作を起こして点滴治療を受けた。

 Kの労働時間は、同年10月に入ると更に増加し、死亡前1ヶ月間の労働時間は242時間と、白鳥住宅電気設備工事の同年3月当時と同程度になった。これに伴って、Kの喘息発作は再び増加し、同月8日、11日、13日、16日、18日と喘息発作を起こして点滴治療を受けており、その後も20日、22日、25日、28日に診察を受けている。そして、Kの死亡直前である同年11月1日から4日までの労働時間は各10時間であり、しかも同月3日及び4日は休日出勤であって、4日に喘息発作を起こして点滴治療を受け、更に6日にも喘息発作を起こして死亡している。しかも、Kは死亡する10日前頃からは毎晩のように喘息発作が起き、睡眠をとることができず、朝食も十分に取れない状態になっていた。

 控訴人は、平成元年5月中旬頃から6月中旬の業務が過重であったとしても、仕事の負荷が減少すれば、疲労、ストレスも減少するのが当然であるから、疲労等により悪化した気管支喘息の症状も、非常に重篤な患者の場合でさえ、負荷減少後2週間程度で回復してくるのが医学的知見として通常のことであると主張する。しかし、必ずしも上記のようには言えないから、前記認定を覆すに足りない。

 ところで控訴人は、Kの業務の過重性は、Kを標準とするのではなく、同様の業務に従事する同僚の平均的水準をもって基準とすべきである旨主張する。しかし、労働者の健康状態は多様であり、基礎疾病を持つ者も少なくなく、基礎疾病の種類、程度によって労働者が従事する業務が与える悪影響の程度も異なると考えられるから、同様の業務に従事する同僚の平均的水準を基準とするのみでは、その過重性等を判断し難い場合も多いと考えられるので、基礎疾病を有する労働者の業務過重性等は当該労働者の健康状態の実質も考慮して判断すべきものというべきである。したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
 Y医師は、Kの死亡について、臨床医学的には業務との相当因果関係を明確に把握することができないとし、同人の死因は、(1)メジヘラの著しい過量使用、(2)メジヘラ吸入選択に当たり特に慎重な配慮が必要な虚血性心疾患を有していたこと、(3)喫煙習慣に伴う慢性気管支炎の存在の可能性があったこと、(4)アトピー性皮膚疾患の治療を行ったこと、その他が競合したものと考えられるとしている。しかし、業務との相当因果関係を明確に把握することができないとの上記結論は、業務による過労の極期を乗り越えたにもかかわらず、比較的肉体的負担の軽い業務に転換して後、約6ヶ月経過して突然死亡事故が起こったとの前提に立つと考えられるところ、必ずしも上記のようにいうことはできない。G医師も、Y医師の結論に賛意を示し、Kの死亡については過労の影響も含めて業務起因性を否定すべきであるとし、Kの死因は気管支喘息治療についての自己管理が不十分であったことを挙げるが、前提に疑問がないとはいえず、上記見解には依り得ない。M医師もKの自己管理の不十分、不適切を指摘するが、それが認められるにしても、上記事実関係に照らせば、そのことのみで業務の影響が否定されるとは考えにくい。以上のとおりであるから、原判決は相当である。
適用法規・条文
労働基準法75条、労災保険法1条
収録文献(出典)
労働判例827号126頁
その他特記事項