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地公災基金京都府支部長(京都市立U小学校)心筋梗塞死事件【過労死・疾病】

事件の分類
その他
事件名
地公災基金京都府支部長(京都市立U小学校)心筋梗塞死事件【過労死・疾病】
事件番号
京都地裁 − 平成9年(行ウ)第10号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金京都府支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年01月28日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 被災職員(昭和24年生)は、昭和50年4月に京都市立小学校教諭として採用され、昭和62年4月からは京都市立U小学校に勤務して1年生を、翌年4月からは2年生をそれぞれ担任していた。

 昭和63年における被災職員は、2年生の学級担任の外、教務主任、同和教育主任等計17の校務、育友会の庶務補佐、サッカーの指導等を担当していた。被災職員は、概ね午前8時30分頃出勤し、次男を保育園に迎えに行く月水金曜日には、概ね午後4時30分頃から5時15分頃までの間に、サッカー指導をしていた火曜日には午後5時30分頃に、木曜日には職員会議や研修会議の終了後に退校していたが、平成元年2月頃からは毎日次男を迎えに行くようになったため、概ね毎日午後4時30分頃から午後5時15分頃の間に退校していた。被災職員の自宅への持ち帰り仕事は常態化しており、特に大きな行事が連続する2学期及び次年度の準備等がある3学期は連日数時間程度自宅で持ち帰り仕事をしていた。

 被災職員には、昭和63年度までの健康診断では異常所見はなかったが、昭和63年10月下旬に風邪を引いたほか、体調不良により平成元年1月の国語研究会、卓球大会、同年2月の京都タイム発表会を早退したほか、無理して風邪薬を飲んで出勤したこともあり、胃の不調を訴え、胃腸薬を服用し、同年2月11日には1日中家で寝ており、同月14日には職員室の壁にもたれ、冷や汗をかいたような感じで、胃を押さえて調子が悪いともらすなどした。

 平成元年2月20日、被災職員は午前8時頃出勤し、1~4時間目までの授業を行い、昼休みには給食指導をしながら本読みカード等の添削をした後、午後1時から運営委員会に出席し、午後2時から3時まで校内生徒指導会に参加した。その後「きょうとタイム」の報告書を作成し、午後4時30分頃退校したが、帰宅後の午後8時30分頃、電気陶芸窯のスイッチを切り忘れたかも知れないとの電話が自宅にあったため、学校に行き、スイッチを切って午後9時頃帰宅した。そして、被災職員は、翌21日午前6時頃、急性心不全により死亡した。
 被災職員の妻である原告は、平成2年12月11日、被災職員の死亡が公務上の災害に当たるとして、被告に対して公務災害認定を請求したが、被告は平成7年10月4日付けで公務外認定処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対し、平成7年10月4日付けでした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 地方公務員災害補償法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務により負傷し、又は疾病に罹り、右負傷又は疾病により死亡した場合をいい、公務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要である。そして、公務と死亡との間に相当因果関係があるというためには、必ずしも公務遂行が唯一の原因であることを必要とするものではなく、当該公務員の素因や既存の疾病等が原因となっている場合であっても、公務の遂行が公務員にとって精神的・肉体的な過重負荷となり、既存の疾病等を自然的経過を超えて急激に増悪させ、死亡の結果を発生させたと認められる場合には、相当因果関係があると認めるのが相当である。また、右因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるから、厳密な医学的判断が困難であっても、当該職員の職務内容、就労状況、健康状態、基礎疾患の有無、程度等を総合的に考慮し、それが現代医学の枠組みの中で、当該発症の機序として矛盾なく説明できるものであれば、公務と死亡との間に相当因果関係があるというべきである。

 被災職員は発症から数分で死亡したと推定されること、死亡直後の被災職員の脳脊の髄液は清明であったこと、発症から24時間以内の突然死の約7割が心疾患であるとする報告があることに照らすと、被災職員は、脳原性突然死の可能性は低く、心臓性突然死と推認することができる。そして、心臓突然死の場合の多くは致死性不整脈によって死亡していること、致死性不整脈の基礎疾患のうち最も多いのは心筋梗塞等の虚血性心疾患であることに照らし、被災職員は急性心筋梗塞を発症し、これに続発する致死性不整脈による心不全により死亡したものと推認するのが相当である。

 心筋梗塞等の虚血性心疾患は、高血圧や動脈硬化等による血管病変等の素因が加齢や喫煙、飲酒等の種々の一般生活上の要因等によって増悪し、発症に至るものとされており、その5大因子として、高血圧、喫煙、コレステロール、糖尿病、肥満が挙げられているが、身体的疲労や精神的ストレスも心筋梗塞等の虚血性心疾患発症の危険因子であると認めることは法的に十分合理性を持つものというべきである。そうすると、被災職員の急性心筋梗塞(又は急性心筋虚血)による死亡とその公務との間の相当因果関係の有無を判断するには、その発症の当日、その前日さらには発症前1週間等の発症直前のみならず、それ以前に公務により受けた身体的疲労や精神的ストレスの蓄積が血管の病変等を自然的経過を超えて増悪させるものであったかについても考慮する必要があるというべきである。

 被災職員は、学級担任としての仕事のほかに、多数の校務を分掌し、自主研究を含む多くの行事に中心的存在として関与していたため、自宅での持ち帰り仕事が常態化していたこと、特に自主研究等大きな行事が連続して行われた二学期及び半日入学、造形展等の行事や次年度の準備をしなければならない三学期には自宅での持ち帰り仕事は数時間に及んでおり、自宅における長時間労働が常態化していたということができる。

 このように、昭和63年度の被災職員の公務は、通常の小学校教員に比べて、肉体的、精神的に過重であったこと、被災職員はこれらの多様な職務に誠実に取り組み、自宅における長時間の持ち帰り仕事が常態化していたこと、被災職員自身、教務主任への就任は初めてであり、より一層強い緊張と精神的ストレスの負担の下で職務を遂行していたものと推認されることに照らすと、公務の遂行による身体的疲労及び精神的ストレスの蓄積は、加齢や日常生活上の諸要因による自然的経過を超えて虚血性心疾患に至る血管の病変等を発症ないし促進する要因になり得る程度の負荷であったと認めるのが相当である。そして、右身体的疲労や精神的ストレスの蓄積は、とりわけ、運動会、保護者に対する同和啓発ビデオの上映、自主研究発表等の大きな行事が続いた二学期には断続的に続き、冬休みも十分に休息が取れないまま三学期に至ったものであり、このことは、被災職員が、自主研究の準備が追い込みに入った昭和63年10月下旬に風邪を引いたことや、体調不良により平成元年1月28日の国語研究会、同年2月4日のきょうとタイム発表会、同月18日の育友会主催の卓球大会を早退したことにより裏付けられているというべきである。
 被告は、被災職員の精神的・肉体的負荷は、家庭生活の変化によるものであるから、公務起因性はないと主張する。確かに、被災職員の父親が昭和63年12月頃癌で入院したこと、被災職員は原告から教員を辞めたいと告げられたこと、父親が入院中(昭和63年12月頃から平成元年2月初めまで)、ほぼ毎日見舞いに行き、退院後は銭湯での入浴に付き添うなどしていたこと、同年2月初めからは次男の保育園の迎えを毎日するようになったことが認められ、被災職員が職務以外の事由により一定の精神的ショックと身体的疲労を被ったと推認することができる。しかし、これらの事由のみから被災職員が急性心筋梗塞(又は急性心筋虚血)により死亡するに至ったとは考え難く、被災職員は、昭和63年4月以降の多忙な職務の遂行による持続的な身体的疲労及び精神的ストレスの蓄積が血管の病変等を自然的経過を超えて発症・促進させ、同年2月21日午前6時頃、急性心筋梗塞(又は急性心筋虚血)を発症し、心不全により死亡するに至ったものと認めるのが相当であり、被災職員の死亡と公務との間に相当因果関係があるということができる。したがって、被災職員の死亡は公務上の死亡であると認定するのが相当である。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
労働判例791号33頁
その他特記事項
本件は控訴された。