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厚木労基署長(A社)心臓突然死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
厚木労基署長(A社)心臓突然死事件【過労死・疾病】
事件番号
横浜地裁 - 平成8年(行ウ)第70号
当事者
原告 個人1名
被告 厚木労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年02月08日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 本件会社は、建設コンサルタント及び地質調査、測量等を目的とする会社であり、T(昭和24年生)は、昭和48年に大学を卒業し、他の2社で海洋調査、測量に関わる業務に従事した後、平成2年6月本件会社に主任技師として採用され、同社厚木事務所に勤務していた。

 平成3年1月に入ってから本件会社における受注が急増したため、Tの残業が多くなり、特に5月中旬以降は多忙を極め、午前7時に出勤し、帰宅時間は午後10時から午前2時頃になった。5月20日、本件会社は海上保安庁からの沿岸地図の作成を納期を10月として受注してTはその現場代理人に就き、同月25日から6月1日までの間、事前準備作業のため1人で島根県に出張したところ、この間本件会社では労使紛争が起こり、連絡等の業務の遂行が困難となった。更に6月10日、Tは現地測量のため先発隊として7月22日までの予定で現場に出張し、民宿に滞在して同所を作業基地とした。Tは6月15日までの間、現地調査や打合せなどをした後、6月16日、隠岐島に最初の従局を設置するため、本件会社の作業員3名とともにフェリーで知夫里島に渡り、正午過ぎ従局設置場所であるアカハゲ山山頂登り口に到着した。Tはそこから山頂まで、合計約40kgの荷を背負い、標高差約50m、距離約200mを約15分で登り、その後山頂で約1時間かけて従局の設置作業を行った。その後Tらは山を駆け下り、フェリーに乗って境港に戻り、別途運ばれてきた機材を倉庫に運搬して、午後8時過ぎに民宿に戻った。そして、翌17日、Tは民宿において、致死的不整脈による心臓突然死した。
 Tの妻である原告は、Tの死亡は過重な業務に起因するものであるとして、平成4年4月24日、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求したが、被告は平成6年5月11日、これを不支給とする決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が平成6年5月11日付けで原告に対してした、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとする処分は、これを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 Tの頭痛が嘔吐を伴うものではなかったこと、Tの就寝後約3時間半を経過してから発症したこと、Tが発症前に自ら階段下に降りたこと、その際同室に就寝中の同僚を起こしていないこと、緊急通報の十数分後の救急隊到着時には既に瞳孔散大、呼吸心臓停止の状態であったこと、発症前にもがき苦しみ、周りに助けを呼ぶ等したことはなく、瞬間的に意識を喪失したことが窺えることといった死亡時の具体的な状況に加え、2人の医師の所見は心臓突然死で一致していること、発症後1時間以内の突然死の原因の圧倒的多数の場合が心臓を原因とすることを併せ考えれば、Tの死因は、発症から1時間以内の致死的不整脈による心臓突然死であったと考えるのが合理的である。

 (1)本件会社における急激な受注の増加の結果、Tは3月以降、残業・休日出勤が多くなり、特に本件業務の現場代理人を担当するようになってからは、協力会社との折衝等、精神的、肉体的にストレスが残る作業に従事したこと、(2)事前調査のための出張を終えてからは特にその負担が大きくなり、Tは本件出張の前日には相当の疲労感を感じていたこと、しかも(3)本件出張においても、民宿では1人でリラックスできる時間が無く、眠っている時間以外は仕事そのものの時間とその延長であったものと評価でき、特にアカハゲ山の作業は、時間が15分と短いとはいえ、Tに対し、肉体的に著しい負担を与えたことが明らかであることが認められる。

 Tは、5月中旬からの過重の業務のため、精神的・肉体的に疲労していたところ、本件
出張による疲労も重なって、死亡前日の6月16日の就寝時には疲労困憊の状況にあったのであり、就寝後数時間のうちに致死的不整脈を発症していることを参酌すると、本件業務における現場代理人の職務によるストレスが致死的不整脈発症の原因となったことは容易に考えることができる。また、Tには高血圧の遺伝的素因、喫煙・飲酒があるものの、Tの平成3年に入ってからの急激な肥満及びその肥満によるHDLコレステロールの低下及びLDLコレステロールの上昇が冠動脈硬化症の進行に寄与していると考えられる。そして、その肥満の原因となった過食は、業務の過重との関連性が否定できないこと、Tの平成3年に入ってからの肥満は業務過重による運動不足も原因となっており、それまで減量のための運動をしていたことのリバウンドによる急激な体重増加とも考えられること、Tが本件業務を担当するに当たり、本件会社内にTの業務を精神的な面から支える者の存在に乏しく、ストレスを感じることが客観的に認められること、Tの体重は半年間に約10kg増加するという異常なものであり、かつその増加は業務量の増加傾向と一致するものであることを斟酌すると、上記肥満と業務との間に因果関係があるものと認められる。そうすると、本件業務は、直接Tにストレスを与えることにより、及び間接的にTを肥満させることにより、冠動脈硬化症を発症せしめ、これが致死的不整脈発症となったのであるから、Tの死亡と本件業務との間に相当因果関係の存在を肯定するのが相当である。
 もっとも、このように業務過重と体重増加との間に因果関係を肯定することは正当ではないと考えられないわけではない。しかしながら、本件においては、Tは疲労克服のため食事を摂ったものであり、ただ単にストレス解消のため過食をしたものではないこと、業務過重による運動不足や食事の不摂生も肥満の原因となっていると考えられることから、上記の点は過失相殺すべきときにその事由となるに止まり、因果関係を中断すべき事由とはならないと解すべきである。以上によれば、Tの死亡は、労働者災害補償保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきであり、業務起因性が認められないとしてした被告の本件処分は取消しを免れない。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例811号42頁
その他特記事項