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消費者金融会社幹部社員うつ病事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 消費者金融会社幹部社員うつ病事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 京都地裁 − 平成17年(ワ)第1605号
- 当事者
- 原告個人1名
被告消費者金融会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年08月08日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は消費者金融会社であり、原告は平成5年8月に被告に入社し、平成15年には取締役(営業部長兼務)に昇進し、その後降格させられた者である。
平成15年8月の与信勉強会において、社長から貸し倒れリスクを減らすため持ち家顧客の登記簿謄本取得の指示がなされ、原告は持ち家顧客全部の登記簿謄本の取得を実行していったが、社長に報告をしなかったため、叱責と3ヶ月の減給処分を受けた。その後、原告は社長から不興を買い、ことあるごとに発言にケチをつけられたり、罵詈雑言を浴びせられたりした。
平成15年12月29日、クラブでの二次会の席上、原告は社長から左頬に煙草の火を押し付けられて火傷を負った。原告は同年10月頃から不眠、集中力の低下等の症状を呈していたが、煙草の火の押し付け以降強い抑うつ状態に陥り、平成16年1月15日にうつ病と診断された。その頃原告は部下の課長2人を同時に休暇承認したことから、社長に叱責され、降格処分を受けた。
原告は、うつ病のため平成16年2月3日から休暇を取っていたが、社長の指示により同月11日及び16日から出勤させられた。原告は、同年11月2日に年俸を500万円に減額され、煙草の火の押し付けによる屈辱感等から社長を恨み、同年12月10日に社長を傷害罪で告訴し、平成17年4月末日に被告を退職した。
原告は、社長の一連のいじめによりうつ病を罹患し、労働能力を低下させたほか、不当に降格されて賃金を減額されたとして、被告に対し、うつ病発症前に受けていた賃金と実際に受けた賃金との差額及び将来分の賃金4660万9509円、慰謝料1000万円、弁護士費用566万円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、670万円及びこれに対する平成17年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決の1項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 与信勉強会は、貸し倒れリスクを減らすために顧客の属性に応じた与信限度額を研究する勉強会であるから、その席上社長が持家顧客の登記簿謄本の取得を提案あるいは指示したとしても、これは与信限度額の管理に当たっての提案というべきものであって、与信勉強会で出された提案が承認されたからといって、その提案に基づく事務処理手続きが不要になると解することはできないから、経費を要する場合には、会社所定の経費支出のための稟議を要すると解される。原告は、登記簿謄本の取得に当たっては、上司の本部長に報告・相談をしたと主張するが、本部長が社長に報告したかどうかは明らかではない上、社長、本部長及び原告もメンバーとなっている営業戦略会議が月に2回、経営会議及び役員会が月に各1回開催されているのであるから、原告としては直接社長に報告すべきであるが、原告は営業責任者として、登記簿謄本の取得状況等について社長に報告をせず、かつ経費の稟議書を作成して社長の決裁を受けることを怠ったものである。したがって、この件について、社長が原告を叱責し、被告が3ヶ月の減給処分をしたことが安全配慮義務に違反するとはいえないし、およそ不法行為に当たらない。
原告は登記簿謄本の件で社長の不興を買い、社長がことあるごとに原告の発言にケチを付け、否定することがあったと認められ、そのような際社長は「なめとんのか」、「ぼけ」などの罵詈雑言を弄したことが認められる。これは社長に一方的に非があったとは直ちに認められないが、社長の言葉遣いは相手の人格を傷つけるものであり、上司であってもこのような言葉で部下を叱責するのが相当とは認められず、頻繁にそのような罵詈雑言を弄すれば、それ自体が不法行為に当たる。
煙草の火による原告の火傷については、偶然に火が当たったとすれば、煙草の火と皮膚との接触は一瞬のことと考えられ、水疱ができるほどの火傷になるとは考え難い。したがって、火傷の程度から考えて、煙草の火は偶然に当たったものではなく、押しつけられたものと認められる。二次会の出席者のうち、原告に対して故意に煙草の火を押しつける者としては、原告より上位の地位にある者と解するのが相当である上、当時原告は社長の不興を買っていたことを考慮すれば、社長から煙草の火を押しつけられたという原告の供述は採用できる。したがって、社長は煙草の火を原告の左頬に押しつけたと認められ、この行為が不法行為に当たることは明らかである。
原告が部下の課長2人の同時休暇を承認したところ、両課長を交互に休ませることはできなかったのかとの社長の質問に対し、原告が、知らない、忘れたと答えたことから、叱責、降格処分を受けたが、原告がそのように答えることは考え難く、社長が原告に質問したのは同時休暇終了後であるから、休暇承認の先後関係を確認したところで無意味である上、その先後関係を記憶していないことが管理職としての適格性を欠くというような事柄でもないから、このような質問に答えられなかったといって、叱責し、始末書の提出を求めたことは不法行為に当たる。
原告はうつ病のために平成16年2月3日から休暇を取っていたが、同月11日に出社し、同月16日から出勤したところ、原告は社長の指示を受けた総務部長から呼び出されたと認められる。これに加えて、原告は投薬治療を継続しているが症状が改善しているとは認められないこと、原告は失職すると生計の手段がなくなることを考慮すれば、原告が勤務を再開したのは、社長から出勤できないのであれば辞めろと言われたためと認められるところ、これは安全配慮義務に違反し、不法行為に当たる。
医師の証言によれば、うつ病の場合、初期の段階で休養を取って治療すれば、一般的には3ヶ月くらいで仕事に復帰することを検討できる状態になるが、勤務を継続し、初期治療を怠った場合には症状が慢性化するものと認められ、しかも原告の場合、直近には取締役兼営業部長の役職にあったものが、社長との軋轢により、登記簿謄本取得の件では減給処分を、同時休暇承認の件では降格処分を受けていることを考慮すれば、発症初期の段階に勤務を継続したことによるストレスがうつ病の慢性化の原因になったことは容易に認められる。なお、原告は、年俸を500万円に減額されたこと及び煙草の火の押し付けによる屈辱感から、社長に対する恨みの感情が強くなり、同人を同年12月10日に傷害罪で告訴しているが、このような社長に対する感情も原告の症状の慢性化の原因の一つになったと認められる。
平成17年6月11日時点での所見によれば、うつ病による抑うつ症状の改善と心的外傷の克服には今後1年程度の時間を要すると認められる。原告の労働能力については、医師は被告以外の職場についても就労は困難と証言するが、原告の症状は、専ら原告の仕事上のストレス及び社長との軋轢に起因するものと認められ、被告ないし社長と関係ない職場においても就労が困難とは直ちに断定できない。
原告のうつ病は、午前8時30分から午後10時ないし11時までの慢性的な長時間勤務に加えて、原告の上司である本部長が平成15年9月に急死したために、営業に関する全てが原告の責任となり、その矢先に登記簿謄本の取得の件についてミスが発生し、これが原因となってうつ病を発症したと認められるから、原告に対する罵倒の件及び煙草の火の押し付けの件は原告のうつ病発症の原因とは認められない。また、同時休暇承認の件の当時、既に原告はうつ病を発症していたと認められるから、同時休暇承認の件はうつ病発症の原因とは認められない。一方、休暇取り止めの件と原告のうつ病の慢性化との間には因果関係が認められる。
原告に対する罵倒の件、煙草の火の押し付けの件及び同時休暇承認の件とうつ病の発症との間には因果関係はないが、原告はこれらによって精神的苦痛を受けたと認められ、その慰謝料としては、原告に対する罵倒によるもの50万円、煙草の火の押し付けによるもの300万円、同時休暇承認によるもの50万円が相当である。
社長は原告のうつ病慢性化による損害を賠償する義務があるが、早期休養による治療をしていれば原告のうつ病の慢性化は避けられたとは認められるところ、休暇の取り止めによってどのくらい治癒が遅れたのか、またうつ病の慢性化によって労働能力喪失率がどれだけ増大したのかを認めるに足りる証拠は十分でないから、うつ病慢性化による損害については、これによる精神的苦痛を慰謝料として考慮するのが相当であり、その金額としては300万円が相当である。ただ、うつ病が慢性化したことについて、原告には、自己の診断で仕事を優先し、そのために2週間程度の早期治療の機会を逸した過失があるといわざるを得ないから、この点は過失相殺すべきであり、その割合は3割と認めるのが相当である。また、弁護士費用は60万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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