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動力炉・核燃料開発事業団総務部次長自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
動力炉・核燃料開発事業団総務部次長自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
東京地裁 - 平成16年(ワ)第21635号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 核燃料サイクル開発機構承継法人
被告 独立行政法人
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年05月14日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告の前身である動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は、昭和42年10月に設立され、高速増殖炉もんじゅの建設・運転に当たっており、平成10年10月、動燃の全ての業務、権利義務関係を引き継ぐ特殊法人として被告核燃料サイクル開発機構が設立され、更に平成17年10月、被告独立行政法人日本原子力研究機構が設立され、本件訴訟上の地位を承継した。

 平成7年12月8日、福井県敦賀市に所在するもんじゅにおいて、ナトリウムが漏洩する事故(本件事故)が発生した。動燃は、本件事故直後の同月9日午前2時15分頃と同日午後4時頃に、それぞれ本件事故現場を撮影したビデオテープを有していたが、当初午後4時撮影のビデオ(16時ビデオ)を編集した一部のみを公表していた。その後オリジナルの同ビデオや午前2時15分撮影ビデオ(2時ビデオ)の存在が明らかになり、また動燃が科学技術庁に対して同日午前2時頃の立入りを報告していないことが判明するなど、本件事故直後の動燃の対応が問題となった。動燃の総務部次長の地位にあったTは、本件事故に関するビデオ隠し問題について調査を担当していたが、その調査の過程で、Tは2時ビデオが同月9日に動燃本社へ持ち帰られていたことを聴取し、同月25日、2時ビデオを保管していた動燃本社の職員から2時ビデオの保管に至る経緯を聴取した。その後動燃本社は、平成8年1月12日、ビデオ隠し問題について記者会見をし、Tは3回目の記者会見において、動燃本社がビデオ隠しに関与していることがわかったのは同月10日である旨(実際には平成7年12月25日)説明した上、翌13日に自殺した。
 Tの妻である原告A、Tの子である原告B、Cは、動燃が、(1)記者会見に出席するTに対し、虚偽の事実を発表しなくても済むような安全配慮義務、(2)組織の命運に関わるような事項の調査・公表の責任を負わせる安全配慮義務、(3)記者会見で真実を述べさせる安全配慮義務、(4)虚偽発表をしたことの重い精神的プレッシャーを緩和すべき安全配慮義務、(5)Tが苦境に陥ることのないように配慮すべき安全配慮義務を負っているのに、これに違反したと主張し、逸失利益、慰謝料等原告Aに対し7400万7522円、原告B及び原告Cに対し、各3700万3761円の支払いを請求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
 Tは3回目の記者会見において、平成8年1月10日に動燃本社がビデオ隠しに関与していることがわかった、Kが同日までビデオを出さなかった理由は、2時ビデオを特に隠したという認識がなかったなどと述べており、このようなTの発言は、平成7年12月25日にKが2時ビデオを保管していることが判明したという回答とは齟齬するものであること、Kが2時ビデオを保管していた事実が判明した時期について、動燃がTに対し平成8年1月10日と回答するよう指示したことを示す証拠は存在しないこと、更にTは、3回目の記者会見終了後、Sからなぜ平成8年1月10日と発言したかと尋ねられて、年をまたいだら持たないと思った旨答えていること等の事情を総合すると、Kが2時ビデオを保管していていたことが判明した時期を平成8年1月10日である旨発言したのは、Tが意図的にかあるいは何らかの勘違いによるものと認めるのが相当であって、動燃がTに虚偽の事実の発表を強いたと認めることはできない。

 1回目の記者会見終了後、3回目の記者会見までの間の打合せにおいて、正直に対応するようとの指示、Kが2時ビデオを保管している事実が判明した時期を平成7年12月25日であると答えることが確認された旨の各陳述書の記述部分は、明白に虚偽であるとか、その信用性がないとはいえない。以上に加え、Tが動燃から真実を述べることを阻止されていたり、虚偽の事実を発表するよう強制されていたとするならば、自殺を決意した同人の遺書にそのような理不尽とも思われる動燃や役職員の対応に対する批判や不満等について一言述べられて然るべきであると思われるのに、自己の失態を反省し詫びる内容の文面がしたためられているものの、直截的にも婉曲的にも動燃やその役職員に対する批判や不満等の記述は全くなされていないことをも併せると、動燃がTに対し虚偽の事実の発表を強いたと認めることはできない。したがって、動燃が、記者会見に出席するTに対し、労働契約上、Tの心理的負担に十分配慮して虚偽の事実の発表を強いてはならず、虚偽の事実の発表をしなくても済むような事前の方策を講ずる安全配慮義務を負っていたとしても、そのような義務を怠ったと認めることはできないから、動燃にそのような安全配慮義務違反があったとする原告らの主張は採用することができない。

 原告らは、動燃は組織の命運に関わるような事項について調査し、その結果の公表までをさせるという義務を組織外の者に負わせるべき安全配慮義務を負っていたのに、動燃はこの義務に違反し、調査業務をTらに命じた旨主張する。Tらがビデオ隠し問題の調査を命じられた当時、本件事故現場への最初の立入り時刻について科学技術庁に対して虚偽の報告をしていたことや、2時ビデオや16時未編集ビデオの存在を本件事故発生後当初は発表していなかった等の事情から、動燃の情報秘匿が社会問題にまで発展していた状況は窺えるが、ビデオ隠し問題についての調査をTら動燃内部の者に命じたとしても、そのような業務自体が必然的に自殺に結びつくような業務であるとはいえない。そもそも労働契約上、動燃がTに対してビデオ隠し問題の内部調査をさせてはならない義務があったとまでは認められないから、原告らの上記主張は採用できない。

 仮に動燃が、1回目、2回目の記者会見において、2時ビデオが動燃本社に保管されていることを動燃本社の幹部が認識したのは平成7年12月25日であると認めさせる義務を負っていたとしても、動燃がTに対し、Kが2時ビデオを保管していることが判明した時期を平成8年1月10日であると3回目の記者会見で発表するよう強いたとは認められないのであって、1回目、2回目の記者会見が行われた時点において、Tが3回目の記者会見後に自殺することを予見させる事情は認められないから、その時点で、動燃がTの自殺について予見し又は予見し得たとすることはできない。

 原告らは、Tによる虚偽の事実の発表が動燃の指示によるものであった場合には、動燃は3回目の記者会見終了後、その労をねぎらい、今後虚偽が発覚した場合にはTを矢面に立たせない旨確約したりして、虚偽発表したことの非常に重い精神的プレッシャーを緩和すべく最善の措置を執る義務を負っていたにもかかわらず、そのような措置を執らず、翌日のもんじゅ現地での記者会見への出席という強行スケジュールを立て、更に夜中に電話をかけたり、記者会見記録をファックスで送信するなどして上記義務に違反した旨主張する。しかし、動燃がTに対して3回目の記者会見において虚偽の事実の発表を強いたとは認められないのであるから、Tによる虚偽の発表が動燃の指示によるものであったことを前提とする上記のような安全配慮義務違反を認めることはできない。

 Tは、平成7年12月22日から同月28日の間については、同月24日及び25日は徹夜で作業しており、その他の日も午前8時ないし8時30分に出勤して午後11時以降に退勤する日が続いており、その業務は必ずしも軽微なものではなかったといえるが、Tは同月29日から平成8年1月3日まで休暇を取り、同月5日から本格的に調査業務を開始しているところ、同月7日及び10日は徹夜で作業しているものの、適宜仮眠を取っていたものであり、同月9日及び11日は午後11時頃退勤しているが、その他の日はさほど遅くない時刻に退勤しており、このようなTの勤務状態に照らすと、直ちに自殺と結びつく程度に過重なものであったとまでは認められない。また業務内容から生じる精神的負荷も、決して楽なものでなかったことは想像に難くないが、Tが自殺するに至るような精神的負荷を感じており、これを動燃関係者に漏らすなどしていたことを窺わせるような事情は見出せない。

 Tが自殺した原因については、3回目の記者会見において、状況の変化が激しかったため、意図的か勘違いかはともかく、嘘をついたと捉えられてしまうような発言をしてしまい、責任を感じていたことが窺われる。そして、3回目の記者会見のTの発言内容や、遺書に謝罪する旨の記載があること等に徴すると、上記の失態とは、Kが2時ビデオを保管している事実が判明した時期について平成7年12月25日と回答すべきところを、平成8年1月10日に机の中から出てきた旨回答してしまったことを指すものであり、Tが自殺を図った主たる原因の1つは3回目の記者会見でそのような発言をしたことにあったとみるのが相当である。

 しかしながら、他方、たとえTが責任感の強い人物であり、社会的に問題となっていた動燃のビデオ隠し問題についての調査結果に関する記者会見の場でした発言であっても、誤った発言について自殺するに至るとまでは直ちにいえないこと、動燃役員らが3回目の記者会見終了後、Tを叱責したとは認められないこと、Tは3回目の記者会見の内容を理事長に報告した際、記者から更なる指摘を受け、今後どのように対応すべきか悩んでいたことが認められるけれども、それ以上にTが3回目の記者会見終了後、その記者会見での発言について重く責任を感じ自殺をほのめかすような言動をしていたなどの事情は窺われないこと等に徴すると、動燃が3回目の記者会見中あるいはその終了後の時点で、Tの自殺を予見し又は予見し得たとまでは認められない。

 加えて原告らは、動燃がTに対して送信したファックスにはTの記者会見での失態を詰問する内容が含まれており、これが隠匿されたこと、遺書の内容はTの真意ではなく組織の失態を救おうとしたものであること、理事がTの遺書の内容を改ざんして正確に読み上げなかったのはTのメッセージを抹消したものであること、3回目の記者会見におけるTの発言をTの責任に転嫁したこと、Tの葬儀が政治的に利用されたことといった事情も動燃の安全配慮義務違反を基礎づける重要な証拠であると主張する。しかし、ファックスにTを詰問する内容が記載されていたとは認められないこと、遺書の筆跡はTによるものと認められること、動燃がTに対し虚偽の発表を強いたとは認められないこと、理事は記者会見においてTの遺書を一部削除したり変更したりして読み上げているが、職員が真実を話したのに幹部がその公表を押し止めたというTのメッセージを抹消したものであるということは未だ推測の域を出るものでないことが認められる。
 以上要するに、原告らが縷々主張する事情をもってしても、Tの自殺についての動燃の安全配慮義務違反はいずれも認めることはできない。
適用法規・条文
民法415条
収録文献(出典)
判例タイムズ1286号141頁
その他特記事項