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小樽労基署長(O自動車学校)喘息発作死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
小樽労基署長(O自動車学校)喘息発作死事件【過労死・疾病】
事件番号
札幌地裁 − 平成17年(行ウ)第13号
当事者
原告 個人1名
被告 国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年03月21日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 T(昭和37年生)は、日本国有鉄道及び日本国有鉄道清算事業団の勤務を経て、昭和62年2月本件会社に事務員として採用され、平成13年7月に教務係長となり、技能教習指導業務、検定業務等に従事していた。

 本件会社は、大型免許の指定教習所の指定を受けることとしたことから、指定申請書の提出(平成13年6月12日)から6ヶ月以内の卒業者が10人連続して本免許試験に合格する必要があった。本件会社における指定前講習は、同月27日から開始されたところ、Tは指定前教習において現場責任者という立場にあり、教習車が1台しかなかったことから、Tの仕事が一番多い状態にあった。

 Tは、以前から喘息に罹患していたところ、平成13年10月19日午後9時過ぎに帰宅したが、午後11時頃「呼吸が苦しい」と述べて救急車で病院に搬送され、「気管支喘息、重積発作」との診断を受け、救急治療を受けた。しかし意識が回復しないため、他の病院の救命救急センターに搬送され、入院治療を継続したが、平成14年9月17日、急性呼吸不全により死亡した。
 Tの妻である原告は、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき、同年10月22日付けで遺族補償年金及び葬祭料の請求、平成15年10月16日付けで未支給の療養補償給付、休業補償給付及び労災就学等援護費の申請をした。これに対し同署長は、本件気管支喘息重積発作、遷延性意識障害、急性呼吸不全は、業務に起因して発生したとは認められないとして、平成16年3月17日付けで上記給付について不支給とする決定(本件処分)をした。原告は、本件処分を不服として、審査請求をしたが棄却され、更には再審査請求をしたが3ヶ月経過しても裁決がされなかったため、本訴を提起した。
主文
1 小樽労働基準監督署長が原告に対し、平成16年3月17日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金、葬祭料及び労災就学費を支給しない旨の処分並びに平成16年3月18日付けでした労働者災害補償保険法による未支給の保険給付(療養補償給付たる療養の費用及び休業補償給付)を支給しない旨の処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 業務起因性の判断基準

 労災保険法7条1項1号に基づく保険給付は、労働者の業務上の負傷、疾病等(傷病等)について認められる。そして、同法12条の8第2項によれば、労災保険法上の各種保険給付は、労働基準法75条から77条まで、79条及び80条に規定する災害補償事由が生じた場合にすることとされている。したがって、労災保険法の「業務上」と労働基準法上の「業務上」とは同一の概念であると解される。

 労災保険法が、業務上の傷病等に対して補償することとしたのは、災害の危険をはらむ近代企業に雇われなければ生活してゆけない労働者の労働力を、自己の指揮命令下において使用して利益を上げている使用者は、自己の支配領域内においてその危険が現実化した以上は、その災害によって労働者の受けた損害を補償することが公平の観念に適合するという考えが基礎にあると解すべきである。そうすると、上記趣旨に適合的な補償をするべく、補償の領域は限定するべきである。したがって、傷病等が業務上発生したかどうか、すなわち業務起因性があるといえるためには、業務と傷病等との間に経験法則上相当な関係、すなわち相当因果関係が必要であると解される。

 また、労災保険法の趣旨からすると、業務の過重性を判断するに当たっては、客観的に判断すべきであり、具体的には、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行出来る状態にあるものを基準として判断すべきである。

2 Tの重積発作、障害及び死亡の業務起因性

 ストレス及び過労が、喘息症状ないし発作に対する増悪因子となることは、臨床的に裏付けられた見解であって、医学上も十分に合理的な関連性が肯定されていると評価することができる。Tの喘息症状は、平成13年9月16日よりも前については、ステップ1「軽症間欠型」ないしステップ2「軽症持続型」であったと評価でき、同日以降のTの喘息症状は、ステップ3「中等持続型」であったと評価できる。

 手待時間の実態に照らせば、管理者側は指定教習に生じる手待時間を自由に使える現場休憩と捉えていたようであるが、現場にいた指導員の行動は相当程度制限されていたと評価すべきであり、業務起因性を判断するための負荷要素という見地からは、手待時間を非拘束時間として算出した被告主張に係る労働時間は採用することができない。したがって、Tの労働時間は、手待時間を含めて把握されるべきであり、そうすると、Tの時間外労働時間は、発症1ヶ月前は89時間、発症2ヶ月前は71時間、発症3ヶ月は67時間と評価する。

 運転免許試験場での試験の難易度、指定前教習の教習生の癖、他社のコースを利用していることの心理的な負担、現場責任者というTの立場及び手待時間の性質に照らすと、指定前教習が普通免許教習より楽な仕事であったということはできないし、大型免許の指定校になるためには評価期間6ヶ月の中で10人連続で合格者を出す必要があったことからすれば、これらはTや同僚にとって心理的な負担となっていたと評価することができる。また、Tは指定前教習開始後、従前の出勤時間と比べると相当早い時間に出勤しており、これ自体が生活上の大きな変化ということができ、肉体的な負荷となることは避けられないところ、帰宅時間も夜遅いことが多く、それ故睡眠不足に陥ることも十分にあり得ることというべきであり、仮眠施設の状況も良好であったとはいえないから、仮に教習車の中で体を休めたとしても疲労を回復することが十分できる状況であったとは言い難い。また、第二種応急救護処置指導員研修についても、専門的知識を4日間にわたり身に付ける内容であり、実技も含んでいることを考えると、負担が軽いということはできない。以上の諸点を考慮すると、指定教習開始後のTの業務は、Tのみならず、同程度の年齢、経験を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にあるものを基準としても、時間及び内容ともに過重なものであったと評価できる。

 Tは、毎年7月から11月に喘息発作を起こし、その治療を受けていたから、Tの喘息発作と気象条件の変化との間には一定の相関関係があると評価することができる。Tの喘息自体は平成13年9月16日以降、それ以前のステップ1「軽症間欠型」ないしステップ2「軽症持続型」に悪化し、更に本件喘息発作が発生したのはいずれも指定前教習開始後であって、しかも時間外労働時間が、発症2ヶ月前71時間、1ヶ月前89時間であることに加え、指定前教習が開始された同年6月27日以降の時間外労働時間はそれ以前と比較して増大し続けており、またTの業務は客観的に見ても過重なものであったと評価できるとともに、Tには喘息の発作の原因となるような気道感染を窺わせる症状はなく、本件喘息発作の発生直前に多数の喘息患者の症状が急激に悪化するような異常気象や急激な気象変化があったと認められないことを総合考慮すると、Tの喘息発作が夏及び秋に見られるという季節の影響を考慮しても、本件喘息発作は過重な業務に伴う危険が相対的に有力な原因となって現実化したものと評価するべきである。

 被告は、Tはいつ重篤な喘息発作を起こしてもおかしくない状態にあったから、本件喘息発作は自然的経過に過ぎないこと、医療機関を継続的に受診して薬物療法による予防的治療を受けなかったことを問題にするが、指定教習開始後から時間外労働はそれまでと比較して増大傾向にあり、業務は次第に過重性を増していったと評価できるところ、Tの喘息症状は平成13年9月16日以降、過重な労働という喘息の増悪因子が加わっていた状況下で本件喘息発作が発生しているという点に照らすと、たとえTが適切な治療を受けていれば本件喘息発作の発生がなかったということがいえるとしても、そのことによって、過重な労働が本件喘息発作についての相対的有力原因であることを否定する根拠とはならない。なお、被告の主張は、Tが治療を受けていなかった注意義務違反自体を問題にするようにも解釈できるが、労災保険法上、労働者に重過失があった場合にも、給付が制限されることがあるのみで、必然的に保険給付をしないという制度にはなっていないことから、Tの注意義務違反が業務起因性を否定する事由とはならないというべきである。
 そうすると、Tの本件喘息発作は、業務上の疾病ということができ、Tは本件喘息発作の結果死亡している以上、Tの死亡も業務上のものということができるから、それにもかかわらず、原告の各申請を棄却した労働基準監督署長の本件各処分は違法である。
適用法規・条文
労働基準法75条、76条、77条、79条、80条、
労災保険法7条1項、12条の8第2項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例968号185頁
その他特記事項