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中央労基署長(R社)突然死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
中央労基署長(R社)突然死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 平成18年(行ウ)第187号
当事者
原告 個人1名
被告 国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年06月25日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 T(昭和30年生)は、平成11年10月、別荘、会員制ホテル、ゴルフ会員権等の販売代理、売買の仲介等を業とするR社に入社し、主に別荘地、リゾートマンション等の販売関連業務に従事していた。

 Tは、入社当初は不動産調査、買取、競売入札等の業務に従事していたが、平成13年1月からは草津チームのリーダーとして、週末・祝日の多くは草津販売事務所において、その余の出勤日は本社で業務に従事した。平成13年から14年にかけては、景気の低迷から物件の売りにくい時期だったところ、Tは営業主任として、難易度の高い業務を一手に引き受けたほか、新人の指導にも当たらなければならなかった。

 本件疾病発症以前6ヶ月間である平成13年12月25日から平成14年6月22日までの休日取得状況は、6ヶ月目は年末年始を含めて13日、5ヶ月目は4日、4ヶ月目は6日、3ヶ月目は8日、2ヶ月目は5日、1ヶ月目は5.5日であった。

 Tは、発症日前日である同年6月22日、自宅から直接自家用車で顧客先に向かい、契約の詰め、工事の打合せを行い、その後草津販売事務所に向かい、16時30分頃到着した。Tは17時30分頃業務を終了し、お好み焼き屋でビール中ジョッキ2杯、焼酎小グラス2杯程度を飲んで食事をし、宿舎に帰り、翌23日9時30分頃、宿舎の浴室で倒れているのを発見された。Tの死亡原因は、病理解剖が実施されていないことから確定することはできないが、急性心筋梗塞、不整脈、脳卒中、大動脈瘤破裂、急性肺血栓塞栓症などが考えられた。
 Tの妻である原告は、Tの死亡は過重な業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき、労働基準監督署長に対し遺族補償給付の支給を求めたが、同署長はこれを不支給決定(本件処分)した。原告は本件処分の取消しを求めて審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、本件処分の取消しを求めて、本訴を提起した。
主文
1 中央労働基準監督署長が平成15年3月26日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 労災保険法7条1項1号の業務災害の判断

 労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡について行われるが、業務上死亡した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であると解される。また、労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は、業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合に、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから、業務と死亡との相当因果関係の有無は、その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。

 そして、脳・心臓疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病(素因等)を有していた労働者が、脳・心臓疾患を発症する場合、様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ、発症に至るという経過を辿るといえるから、その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ、医学的知見に照らし、労働者が業務に従事することによって、その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて増悪させたと認められる場合には、その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。

2 条件関係

 業務上死亡した場合とは、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であると解されるところ、相当因果関係が認められる前提として、条件関係が認められることが必要である。もっとも、訴訟上の因果関係の立証は、自然科学的証明ではなく、経験則に照らして総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるものである。したがって、Tの従事した業務及びこれによるストレス等と本件疾病の発症との間には、医学的知見等を踏まえた社会通念に照らし、業務がなければ本件疾病は発症しなかったという関係を是認し得る程度の高度の蓋然性があるものと認めるのが相当である。

3 相当因果関係

 Tは草津等出張に自家用車を用いていたこと、R社の従業員もそのことを認識しながら特段問題視していないこと、R社としてもTが出張業務を遂行するに当たって自家用車を使用して草津等へ出張することを容認していたことが認められる。したがって、Tが自家用車を運転して出張先に移動していた時間は、使用者であるR社の指揮命令下にある時間として、これを労働災害を検討する上での労働時間に算入するのが相当である。

 Tの時間外労働時間(1日8時間を超える時間)は、発症前1ヶ月目で57時間15分、2ヶ月目で76時間45分、3ヶ月目で58時間15分、4ヶ月目で97時間、5ヶ月目で102時間20分、6ヶ月目で23時間30分であり、年末年始の長期休暇を含む発症前6ヶ月目以外では1ヶ月当たり45時間を超えており、6ヶ月目を除いた5ヶ月の平均は78時間19分であり、特に発症前4ヶ月、5ヶ月目は80時間を超えている。一方、Tは年末年始の長期休暇を除けば、各週1日ないし2日、休暇・休日を取得しており、一部代休を取得できていないところもあるが、休日・休暇の取得ができていないとまではいえない。

 Tの発症前6ヶ月間従事した業務は、多数回の出張を含むものであり、特に草津販売事務所や軽井沢の顧客、前橋地方法務局中之条支局への出張は長時間の自家用車の運転を伴うものであって、相当の身体的負荷を与える性質を有しており、また時間外労働が恒常化し、平成14年2月及び3月の販売強化期間、同年4月中旬から同年6月までの宣伝集中期間が重なり、リーダー・営業主任として、営業成績を上げることを求められていたことから、業務による身体的・精神的負担は相当程度重かったということができる。

 Tには、肥満、高血圧、高尿酸血症、高脂血症、脂肪肝が認められ、特に高血圧は重症(180mg‾110mg以上)であり、速やかな薬物療法が必要な状態にあった。また、Tが平成14年1月には喫煙を再開したことが認められる上、心電図検査において、それまでの健康診断では指摘のなかった軽度の左心室肥大が指摘されている。もっとも左心室肥大の所見は「正常境界」というものであり、高脂血症は中性脂肪が正常値を上回っているというものであって、総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロールはいずれも正常値であり、しかも中性脂肪も年を追って減少している状態であった。したがって、Tは、高脂血症が重症化して血管病変が進行し、本件疾病発症の前においては、虚血性心疾患が発症する可能性も一定程度認められる状態にあったとはいい得るけれども、その血管病変が、確たる発症の危険因子がなくても、その自然経過により脳・心臓疾患を発症させる寸前まで増悪していたとまで認めることは困難である。

 以上のとおり、平成13年6月から平成14年6月までの6ヶ月間にわたり継続してTが従事した業務は、労働時間の量からみても、新認定基準のいう「発症前2ないし6ヶ月間」において「概ね80時間を超える時間外労働がある場合」にほぼ該当するものであり、業務内容からみても、相当の精神的・肉体的負荷を与える過重なものであったといえる。

 他方、Tは、高血圧症が重症化して血管病変が進行し、虚血性心疾患が発症する可能性も一定程度認められる状態にあったとはいい得るけれども、その血管病変が、確たる発症の危険因子がなくても、その自然経過により本件疾病を発症させる寸前まで増悪していたということは困難である。
 したがって、本件疾病たる急性心筋梗塞による心停止は、6ヶ月間にわたる過重業務がTの有する素因等を自然の経過を超えて増悪させた結果生じたものと評価せざるを得ず、業務との相当因果関係(業務起因性)を肯定するほかない。以上の次第であり、Tの死亡原因である本件疾病は、その従事した業務に起因するものであるといえるから、これを業務上の死亡ではないとする本件処分は違法である。
適用法規・条文
労働基準法75条、労災保険法7条1項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例968号143頁
その他特記事項