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M社くも膜下出血安全配慮義務違反事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- M社くも膜下出血安全配慮義務違反事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 静岡地裁 - 平成8年(ワ)第165号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年11月25日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、各種電気機械器具の製造及び販売等を目的とする会社であり、原告(昭和3年生)は、昭和32年に被告に入社した者である。原告は、被告静岡製作所において、主に動力保全業務を行ってきたところ、昭和53年10月、被告の新設子会社であるB不動産静岡営業所に出向を命ぜられ、住宅管理営繕グループと環境整備グループに所属した。
原告は、開設後間もなく、十分に設備が整っていない静岡営業所において、経験のある水道の水漏れ等の補修作業のほか、経験のない不動産管理等の業務も行うようになった。その後、静岡営業所は次第に業務が拡大したが、原告自身の負担が特に増大したというわけではなかった。原告は、寮・社宅等の居住者から夜間等に緊急の修理を要請されることもあったが、それは多くても年に2、3回程度であり、時には終業時刻の午後5時以降2時間程度残業することもあったが、通常は残業もなく退社していた。本件疾病発症前1年間における原告の合計残業時間は、約58.5時間であり、休日出勤もあったが、その場合原告は代わりに年次有給休暇を取っていた。
原告は、昭和60年6月7日、業務を終えて自家用車で帰宅する途中、くも膜下出血を発症し、四肢麻痺等の後遺障害が残り、妻らによる付添介護が必要な状態になった。原告は平成元年2月20日、被告会社を定年により退職したが、被告は出向従業員である原告に対し、出向先の業務によって疾病を発症しないよう配慮すべき安全配慮義務に違反して、原告を本件疾病に罹患させたとして、入院雑費120万円、休業損害1393万1228円、家屋改造費450万円、後遺障害による逸失利益4388万7942円、付添介護費用等6042万6948円、慰謝料2000万円、弁護士費用1400万円、合計1億5794万6118円を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 過重な業務の放置について
原告は、50歳のときに、開設されたばかりで設備も十分でない静岡営業所に出向し、経験のある水道の水漏れ等の補修作業だけでなく、経験のないその他の補修作業や不動産管理業務一般を行うよう命ぜられ、寮・社宅等の営繕管理のほか緑地管理、パートタイマーの管理等多岐にわたる業務を行ってきたほか、休日出勤や夜間勤務を余儀なくされていたこと等が認められるが、他方で、原告が行っていた個々の業務の内容は、一般の就労と比較して決して重労働とはいえないこと、原告の業務は、確かに夜間等に不定期に緊急な処理を求められることもあったが、通常は必要に応じて適宜に行われれば足り、ノルマ等もなく、原告はこれらの業務を自己のペースで行うことができた上、その一部は部下と共同で行っていたこと、原告の業務は、通常ほぼ所定時間内に業務を終了することができた上、残業時間も1日に多くて2時間程度であり、本件疾病発症前1年間で約58.5時間と決して多いとはいえないこと、原告は、その業務の性質上、休日出勤を余儀なくされることも多かったが、その場合には年次有給休暇を取ることができたこと、原告の夜間出勤の回数は、多くて年2、3回であり、極めて稀にしかなかったこと等が認められ、これらの事実を総合すれば、原告の業務が安全配慮義務違反と評価できるほど過重な業務であったとは到底認めることができない。
以上によれば、被告が過重な業務を放置したことをもって、被告に安全配慮義務違反があるとする原告の主張は、その前提において理由がない。なお、右原告の主張は、高血圧症である原告にとって「過重な業務」であったという意味にも解することもできるところ、単に高血圧症といっても、業務上の配慮が必要とされるほど重篤なものから、日常生活上の一般的な注意で足りる軽度なものまで様々であり、また、従業員が高血圧症であるか否か、高血圧症である場合にはどの程度かといったことは、使用者に容易に判明する事柄でもないから、原告がそのような意味で被告の安全配慮義務違反を主張する場合には、高血圧症である原告にとって「過重な業務」であったことを立証するだけでは足りず、(1)原告の高血圧症が業務の配慮を必要とする状態であり、かつ被告がこれを知っていたことまで立証しなければならないと解するのが相当である。しかしながら、本件においては、(2)の事実を認めることができないから、仮に原告が、前記の意味を含めて被告に安全配慮義務違反があると主張していたとしても、右主張は理由がない。2 健康管理の懈怠について
被告は、従業員に対し、労働安全衛生法に基づく健康診断を定期的に実施しており、昭和50年度から昭和55年度までの間健康診断を行った被告の産業医は、原告を高血圧症と診断して、原告に血圧値の再検査を指示した。また、昭和56年度から被告の産業医を務めたS医師は、昭和56年度から58年度までの健康診断において、原告の血圧値が高かったことから、原告を軽度の高血圧症と診断し、節煙、節酒等を指示するとともに、血圧値に注意するよう指導した。以上の事実によれば、被告は原告に対し、労働安全衛生法に基づく産業医による健康診断を定期的に実施したほか、被告の複数の産業医は、時期を異にして、原告に対し高血圧症であることを指摘し、日常生活上の節煙、節酒等を指示するとともに、血圧値を繰り返し測定して血圧値に注意するよう指導していることが認められる。
S医師は、原告の高血圧症について、降圧剤の投薬を不要と判断したほか、業務上の配慮も不要と判断したことが認められるところ、原告は既に心臓肥大が認められていたから、S医師は原告に対し、降圧剤を投薬するとともに、被告に業務上の配慮を行うよう伝えるべきであった旨主張する。労働安全衛生法に基づく産業医による健康診断は、労働者に対し、当該業務上の配慮をする必要があるか否かを確認することを主たる目的とするものであり、労働者の疾病そのものの治療を積極的に行うことを目的とするものではないこと、高血圧症の治療は、日常生活の改善や食事療法等のいわゆる一般療法を各個人が自ら行うことが基本であって、右のような一般療法により改善されない場合には、各個人が自ら病院等で受診することが一般的であることに照らすと、仮に原告の高血圧症が、当時降圧剤の投薬を開始するのが望ましい状態にあったとしても、産業医であるS医師がこれを指示しなかったことをもって、直ちに産業医に過失がある、あるいは被告に安全配慮義務違反があるとはいえないというべきである。
S医師が被告に対して業務上の配慮を行うよう伝えなかった点については、少なくとも原告の高血圧症が、原告が現に行っていた業務に照らし、業務内容の制限等の業務上の配慮が必要とされる状態にあったと認められることが必要となるところ、右事実を認めることはできない。以上によれば、本件疾病の発症について、被告に安全配慮義務違反があったとは認められないから、原告の請求は理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法415条
- 収録文献(出典)
- 労働判例786号46頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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