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中央労基署長(M社)心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 中央労基署長(M社)心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成13年(行コ)第198号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年03月26日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)(確定)
- 事件の概要
- K(昭和17年生)は、M社において高品質の特殊樹脂を用いた新製品の開発及び企画の業務に従事してきたが、帰宅時間は毎日午後10時から午前0時頃で、午前5時から6時頃には起床し、1、2時間程度自宅で企画書や資料等の作成を行っていた。また、休日も自宅で仕事をしたほか、出勤することも少なくなく、海外を含む出張が週平均2回はあり、出張日の朝は2時間以上かけて資料等の作成作業を行うことが常態化していた。
特に、昭和63年7月から死亡当時まで手がけていた新製品の開発は、Kにとって商品化の成否が昇進等に大きく影響するものであったところ、同製品の商品化の期限が平成2年7月までとされていたことから、Kは、平成2年5月7日から同月19日までの13日間、自宅での労働時間8時間を除いても合計137時間50分稼働し、更に同月8日、10日、11日及び12日、早朝に自宅で資料作成などを行った。
Kは、同月19日夕方、ホテルで知人と会食をしていたところ、大量の汗をかくなどしたことから、部屋で休むこととし、午後8時40分頃同知人が電話したところ返事がないので部屋に入ったところ、Kが倒れているところを発見した。Kは救急措置を受け、病院に搬送されたが、午後9時48分死亡が確認された。
Kの妻である控訴人(第1審原告)は、Kの死亡は過重な業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付の支給を請求したが、被控訴人は、Kの死亡は業務上の事由によるものではないとして不支給決定(本件処分)をした。控訴人は、本件処分を不服として審査請求をしたが、3ヶ月を経過しても決定がされなかったため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、(1)Kは同僚と比較しても勤務日数、時間外・休日出勤日数等で大差はなく、出張が多いだけでは業務過重とはいえないこと、(2)死亡前12日間の合計労働時間は約101時間20分だが、その4割は移動時間であり、出張中もホテルで休息を十分取れるようになっていたから、Kが自宅で仕事をしていたことを考慮しても過重な業務とはいえないこと、(3)Kには高血圧、高脂血症、喫煙習慣があり、死亡7日前にあった狭心症発作も治療機会を失われたとはいえないことから、本件疾病は基礎疾患である冠動脈硬化症の自然増悪により発症したものとして業務起因性を否定し、控訴人の請求を棄却した。そこで控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成7年11月30日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- Kには、急性心筋梗塞を含む虚血性心疾患の3大危険因子である高血圧及び高脂血症の各症状と喫煙習慣があり、昭和61年1月14日以降、高血圧症の投薬治療を受けていたものであるから、Kの死亡の原因となった急性心筋梗塞の基礎疾患というべき冠状動脈硬化症による血管病変等が自然経過において進行していたものと推定されるが、一方で、労働による過重な負荷や睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇等を生じさせ、その結果、血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し、虚血性心疾患が発症することがあるとされているところ、Kは平成2年5月の連休中に発熱があったが、出勤して予定の出張をこなしたもので、その直後の同月12日にトイレの中で胸が苦しくなる一過性の症状が発現した。それにもかかわらず、Kは同日から広島、大分、台湾を順次巡る5泊6日の出張に出かけ、帰国後も休暇を取ることなく死亡する日まで勤務を続け、発熱を押して勤務を始めてから13日間、1日も休暇を取らなかったものである。そもそも出張業務は、長時間の移動や待ち時間を余儀なくされ、それ自体苦痛を伴うものである上に、日常生活を不規則なものにし、疲労を蓄積させるものというべきであるから、移動中等の労働密度が高くないことを理由に業務の過重性を否定することは相当ではなく、このような13日間連続の国内外出張を含んだ一連の業務が極めて過重な精神的・身体的負荷をKに及ぼし、その疲労を蓄積させたことは容易に推認されるところであって、このような一連の業務の過重性と、同業務とKの急性心筋梗塞発症との時間的近接性に鑑みると、同人の上記基礎疾患の自然の経過による進行のみによってたまたま同急性心筋梗塞が発症したにすぎないということは困難であり、むしろ、Kが急性心筋梗塞発症前に従事した上記業務がKの上記基礎疾患をその自然の経過を著しく超えて増悪させた結果、上記発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係が認めることができるというべきであり、発症時がたまたま業務終了後の私的用務中であったことは、その時間的な近接性からして上記判断を左右するものではない。
被控訴人は、Kが5月12日に不安定狭心症発作を起こしていたとすれば、Kはその後の同人の業務も高度の必要性、非代替性があったわけではないにもかかわらず、医師の診察を受けなかったもので、狭心症の治療機会が奪われ、又は直ちに安静を保つことが困難な状態にあったともいえない旨主張する。確かに、Kは同日狭心症が発症していたと推認されなくもないが、その後の死亡に至るまでの事実関係やKのように初めて現れた狭心症は、切迫型の狭心症とは異なり、単発で終わることも稀ではないとされていることなどに鑑みると、Kの血管病変がこの時点で既に致命的な心筋梗塞を発症させるまでに進展していたとまでは認められないというほかない。また、このような症状がありながらも、Kは、その時点で医師の診察を受けるなどの行為に及ばなかったので、この点は自己の疾患の重大性に関する認識がKに欠如していたというほかないが、Kは、それまでは死に至るような重篤な発作を経験したことがなかったのであるから、同認識の欠如があったとしてもやむを得ないものであったというべきである上に、Kは既に予定されていた出張業務の遂行を第一に考えてその職責を果たそうとしたものであるから、これらの点が業務起因性に関する上記判断を左右するものとはいえない。
以上の次第で、Kの死亡が業務上の事由によるものであるとは認められないとして控訴人に対する遺族補償給付を不支給とした本件処分は、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例828号51頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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