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福岡中央署長(N社福岡事務所)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 福岡中央署長(N社福岡事務所)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 福岡地裁 − 平成12年(行ウ)第29号
- 当事者
- 原告個人1名
被告福岡中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年09月10日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和17年生)は、昭和38年3月、A社の前身であるB社に入社し、平成6年4月、N社の福岡事務所に出向した。同事務所の職員は所長以外3名であり、所長は2、3週に1回しか来所しなかったため、Tは実質的な責任者の立場にあった。
平成7年夏頃、携帯電話の急速な普及に伴い中継基地へのMDE搬入台数が急増し、MDEのROM機能向上のためROM及びファン交換の必要が生じたことから、Tは同年8月下旬から9月上旬にかけて出張し、ROM交換作業に従事した。同年9月、ファンが停止するトラブルが発生し、TはNTTドコモからトラブルへの対応を督促する厳しい苦情を受け、放置すると携帯電話を利用できなくなるおそれがあるため、1週間以内に何らかの対応をせざるを得なかった。
Tは同年9月中旬頃から疲労を訴えるようになり、下旬頃からは妻に不眠も訴えるようになった。Tは発症8日前、腰痛を訴えて欠勤し、同7日前には胃痛を訴えて食事をせずに出勤し、同6日前には腰痛、不眠を訴え、同5日前は休日であったがトラブル対応に従事して胸の痛みを訴え、同4日前は休日であったが午前1時頃まで自宅で中継所等の場所を調べて息が一瞬止まるような大きないびきをし、同3日前には午後7時頃帰宅するなり自室で考え込んで寝込み、同2日前は休日であったが、早朝から出張のための書類点検を行い、レンタカーで出張先の大分に行って宿泊した。発症前日、Tは6箇所の中継局を回ってMDEファンの交換作業を行い、午後6時頃業務を終えて、午後7時半頃から10時50分頃までNTTドコモの従業員と飲酒し、その後1人で飲酒し、翌10月12日午前4時過ぎ頃、ビル1階出入り口付近で、仰向けの状態で口から泡を吹いて死亡しているのが発見された。
Tの発症直前の時間外労働時間、出張日数、休日数は、発症前3ヶ月目が12時間30分、7日間、8日間、同2ヶ月目が36時間30分、14日間、10日間、同1ヶ月目が51時間30分、12日間、6日間であった。
Tの妻である原告は、Tの死亡は業務に起因するものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが、被告はTの業務が身体的・精神的に過重負荷があったとは認め難いとして、これらを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が平成9年2月7日付けで原告になした労働者災害補償保険法による遺族補償年金給付及び葬祭料を支給しない旨の処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 労働者災害補償保険法による保険給付の一種類である遺族補償年金給付及び葬祭料が支給されるには、労働者に生じた傷病等が「業務上」のものであること、すなわち、当該疾病等と労働者が従事していた当該業務との間に相当因果関係が認められる必要があるところ、同相当因果関係が認められるためには、当該業務と疾病との間に業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められることが必要と解され、脳・心臓疾患の場合は、被災者が発症前に従事した業務による精神的肉体的負荷が血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ、脳・心臓疾患を発症させたと認められることが必要であると解するのが相当である。
平成7年9月当時、Tと技術職員Bの2人でトラブル対応業務等に従事していたこと、しかもTが責任者的立場にあり、NTTドコモなどからの個別的な苦情を一身に受けていたこと、Tの時間外労働は、発症間3ヶ月目は12時間30分、同2ヶ月目は36時間30分、同1ヶ月目は51時間30分と、発症が近づくにつれて増加していること、Tの出張日数は発症前2ヶ月目の途中から増加し、同2ヶ月目においては14日間の出張業務に従事し、同1ヶ月目においては12日間の出張業務に従事していたこと、ファン交換の出張については常にTが運転していたこと、ファン交換のために赴く各中継所等を探し回ることもあったこと、NTTドコモからファン停止の連絡が入ると随時出張・対応しなければならず、連絡を受けてから1週間以内には何らかの対応をしていたこと、NTTドコモからの催促の電話は夜間や休日でもTの携帯電話に転送されることになっており、厳しい苦情を言われることもあったこと、特に自動車を運転して行う出張業務は疲労を生じさせる上、生活自体不規則なものにし、疲労を蓄積させるものであることなどからすれば、ファンの交換をしなければならなくなった発症前2ヶ月目頃から同1ヶ月目にかけての多数の出張業務を含んだ一連の業務が過重な精神的肉体的負荷をTに及ぼし、Tに疲労を蓄積させたことを推認することができる。
そして、Tは平成6年9月の健康診断時に、息切れ、動悸、脈の乱れ、喉のつかえなど心臓の基礎疾患の自覚症状と思われる症状を訴えているものの、周囲の者にかかる症状を訴えることなく、平成7年9月までの各心電図検査でも異常は認められなかったが、一連の業務によってTに疲労が蓄積されるのと軌を一にして、Tは周囲の者に対して疲労等の症状を訴え始め、ついには締め付けられるような胸痛を訴えるに至り、その僅か5日後に死亡したものであること、業務による過重な負荷や睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇等を生じさせ、その結果、血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し、虚血性心疾患を発症させることがあるとされていることに鑑みると、それまでにTが従事した一連の業務により、血管病変等をその自然経過を超えて増悪させて、虚血性心疾患を発症させ、同人を死に至らしめたというべきである。
確かに、Tは喫煙習慣及び肥満という虚血性心疾患の危険因子を有していたこと、Tは発症前日の夜同僚らと飲食し、同人らと別れた後も1人で飲酒し、その後自らの意思で大分市内の夜間暖房の作動していない建物1階に横臥、就寝し、翌日の午前4時頃に死亡し、血中アルコール濃度検査の結果、心血1ml中2.69mgのアルコールが検出されたこと、その頃の大分市の気温は摂氏13.7度であったことが認められるが、Tは労働時間の増加及びその内容の拡大に伴い、その症状を悪化させており、かかる状況に照らせば、発症前日からの飲酒及びその後夜間暖房の作動していない建物1階に横臥、就寝したことによる身体的負荷は、Tが心臓疾患を惹起する際の一つの契機に過ぎず、発症前にTの従事した業務とTの死亡との間には相当因果関係があるということができる。
以上によれば、Tの死は「その他業務に起因することの明らかな疾病」(労働基準法施行規則35条、別表第1の2、9号)に基づくものであるから、業務上の事由によるものというべきである。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、
労災保険法7条1項、16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例864号78頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
福岡地裁 − 平成12年(行ウ)第29号 | 認容(控訴) | 2003年09月10日 |
福岡高裁 − 平成15年(行コ)第29号 | 原判決取消(請求棄却) | 2006年04月07日 |