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岡山労基署長(Tタクシー)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 岡山労基署長(Tタクシー)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 岡山地裁 − 平成15年(行コ)第6号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 岡山労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年12月09日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- A(昭和16年生)は、昭和42年頃までタクシーの運転手をしており、その後タンクローリー、大型トラック及び大型ダンプの運転手をし、昭和63年7月から、Tタクシーにおいて、タクシー運転手として勤務していた。
Aの勤務は、午前7時から翌午前2時までの拘束19時間勤務であり、1車両2人制の隔日勤務、平均1週間当たり1日休日、1ヶ月当たり13勤務とされていた。また、Aは、遅くとも昭和42年頃から血圧の関係で通院し、昭和62年10月から平成2年12月28日まで、高血圧等の傷病名で通院していた。なお、Aは飲酒の習慣はないものの、1日20本程度の喫煙をしていた。
Aは、平成3年1月5日午前6時20分頃から業務を開始し、午後7時頃自宅で食事を摂ってから再び業務に戻り、翌午前3時40分頃帰社し、事務処理を行った。Aは、同日午前6時30分頃、タクシー内で運転席を倒して仰向けで休憩しているような状態でいるのをTタクシーの取締役に目撃され、午前9時50分に病院に搬送されたが、既に死亡していた。死亡推定時刻は午前5時頃、死因は心筋梗塞ないし狭心症と診断された。
Aの妻である控訴人(第1審原告)は、平成4年12月22日、Aの死亡は業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき、遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが、被控訴人は、平成6年9月19日付けで、これを支給しない旨の決定(本件処分)をした。そこで、控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、本件発症前1ヶ月ないし6ヶ月において、拘束時間が270時間を超える月が3回ある等、業務と発症の関連性は強いとしたほか、休憩時間が十分に取れないなど、Aは発症前6ヶ月間にわたり著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるとしながら、Aの虚血性心疾患がエンジン停止が引き金となって発症したとは認められず、虚血性心疾患は、睡眠中、安静時及び軽労作中であっても70%以上の割合で発症するし、Aは血圧は正常値にあったものの、非常に進行した高脂血症に罹患し、また非常に進行した糖尿病の状態を示していたこと等から、業務によりAの基礎疾患が悪化したとは認め難いとして、控訴人の請求を棄却した。そこで控訴人は、これを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、控訴人に対し、平成6年9月19日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、1、2審とも、被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 死亡した労働者の遺族が労災保険に定める遺族補償給付あるいは葬祭料を受給するためには、当該労働者が「業務上死亡した」ことが必要であるところ(労災保険法7条1項1号、12条の8第1、2項、労働基準法79条、80条)、「業務上死亡した」とは、労働者が業務により負傷し、又は疾病にかかり、その負傷又は疾病により死亡した場合をいい、業務により疾病にかかったというためには、疾病と業務との間に相当因果関係がある場合でなければならない。そして、相当因果関係があるというためには、必ずしも業務の遂行が疾病発症の唯一の原因であることを要するものではなく、当該被災労働者の有していた病的素因や既存の疾病等が条件又は原因となっている場合であっても、業務の遂行による過重な負荷が上記素因等を自然的経過を超えて増悪させ、疾病を発症させる等発症の共働原因となったものと認められる場合には、相当因果関係が肯定されると解するのが相当である。被控訴人は、本件のような虚血性心疾患の場合の業務起因性の認定は「認定基準」によるべきである等と主張するところ、「認定基準」は、その作成の目的、経過及び内容に照らして尊重すべきものではあるが、業務上外認定処分を所管する行政庁が処分を行う下級行政機関に対して運用基準を示した通達であって、業務外認定処分取消訴訟における業務起因性の判断について裁判所を拘束するものではないから、被控訴人の上記主張は採用しない。
心筋梗塞等の虚血性心疾患の発症の因子は、加齢、性別(男性)、遺伝、高脂血症、高血圧、喫煙、糖尿病、高尿酸血症、肥満、飲酒、ストレスなどであり、その中でも高脂血症、高血圧及び喫煙は3大因子とされている。Aには、心筋梗塞等の虚血性心疾患を発症させる因子が3大因子を含めて複数存在しており、これらの因子がない者と比較すると、Aに虚血性心疾患が発症する確率は高いことが認められるが、本件において、Aの死亡について業務起因性が認められるか否かについては、Aの業務の過重性の有無も併せて考察する必要がある。
平成2年ないし3年当時、労働省により、自動車運転者の労働条件の最低基準である「改善基準」が定められ、Aのような隔日勤務のタクシー運転者の拘束時間は、原則として、2暦日(1勤務日)について21時間、1ヶ月について262時間を超えないこと等が定められていた。上記「改善基準」は、自動車運転者の労働条件の最低基準を定めることによって、労働条件の改善向上を図り、併せて過労等に基づく交通事故の防止に寄与することを目的としたものと解されるから、「改善基準」は、業務の過重性判断の1つの指標となり得るものというべきである。
そこで「改善基準」に照らして考察するに、Aは平成2年12月には及ばないものの、平成2年5月から11月までの間も相当長時間の業務に従事したこと、死亡前の13業務日(1ヶ月の平均勤務日)では、Aの拘束時間は11日間も「改善基準」の21時間を超え、合計でも約284時間と「改善基準」の262時間を20時間以上超える拘束時間がある中で業務を行っていたこと、Aの勤務は隔日勤務で、そもそも所定時間が19時間という長時間であり、しかも夜間や深夜に及ぶ上、交通事故を起こさないようにする等常に緊張を強いられていたものであったことを総合すると、Aの死亡前の業務は、身体的精神的両面からして、過重なものであったと認めることができる。
一方、確かに、Aには心筋梗塞等の虚血性心疾患を発症する因子が3大因子を含めて複数存在する。しかし、Aはそれらに対する治療も受け、血圧や尿糖・尿蛋白については一定の効果を上げていたと認められる上、1月6日の早朝という寒さが厳しい中、タクシーのヒーターが切れて車内の温度が低下していった中で、Aに心筋梗塞が発症し、Aが死亡するに至ったと推認されることからすると、本件の場合、その温度の低下の仕方は不明といわざるを得ないが、過重な労働による疲労及び厳冬期の厳しい寒さによって、Aの基礎疾患である高血圧症糖が自然的経過を超えて急激に悪化し、これがAに心筋梗塞を発症させて、Aを死に至らしめたと認めるのが相当である。そうすると、Aの死亡は、Aの基礎疾患と過重な業務の遂行が共働原因となって生じたものということができるから、Aの死亡と業務との間に相当因果関係が存在すると認めることができる。
以上によれば、Aの死亡を業務外とした本件処分は違法であり、本件処分の取消しを求める控訴人の本件請求は理由がある。 - 適用法規・条文
- 労働基準法79条、80条、
労災保険法7条1項、12条の8第1項、2項、16条の2,17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例889号62頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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