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Y運輸自閉症患者自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- Y運輸自閉症患者自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成18年(ワ)第16806号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年09月30日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和33年生)は、知的障害を伴う自閉症を有しており、幾つかの会社勤務を経て、平成13年1月、D社に就職し、パンの箱の洗浄作業に従事していたが、平成14年4月、人員整理の対象となって退職した。
Tは、D社を退職した後、心身障害者雇用促進センターの紹介を通じて、平成14年11月16日、Y運輸に入社し、ロジセンターでの勤務を開始したが、同社の組織変更によって同センターが被告に移管されたことから、平成15年4月1日以降、Tは被告に雇用されるようになった。
被告は、Tが知的障害や自閉症を有していることを、職場の同僚はもちろん、センター長であるEや直属の上司であったFに対しても知らせていなかったため、Tの障害に対する配慮について検討されたことはなく、障害特性の理解や意識向上のための研修も行われていなかった。Fは、台湾出身の女性で、日本語によるコミュニケーション能力に問題があった上、Tが指示を聞き返すと、すぐに激昂するなどしたことから、Tにとって、Fとコミュニケーションを図ることや、Fからの激しい指導は相当のストレスになっていた旨原告は主張した。
Tと被告は毎年5月と11月に雇用契約を更新していたところ、平成16年11月にTの時給は850円から840円に切り下げられた。平成17年2月下旬には、Tは職場内で自殺を図ろうとしたが、同僚に止められ、同月末には労働時間の短縮を言い渡され、月額1万7000円の減額となったところ、同年3月4朝、自宅で首吊り自殺をしているのが発見された。
Tの母親である原告は、被告はTの自殺について安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益、慰謝料(2000万円)など、総額6500万円の損害賠償を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。 - 判決要旨
- ロジセンターにおいては、Tが自閉症であることをTの上司も同僚も知らず、職場に周知されていなかったものであるが、上司も同僚も、Tに知的障害があることを当初から認識した上で職場に受入れ、Tが1人でできる作業を選択した上で、継続的、安定的に就労環境を提供し、実際に、Tは無断で遅刻や欠勤をすることなく約2年以上にわたってロジセンターで安定的に就労を継続し、その間、ロジセンター職員は原告とも必要に応じて連絡を取っていたものということができる。また、Fのことばが分かりにくいとか、態度がきついといったことはなく、更にはいじめや嫌がらせがあったという事実も認められないから、職場環境やFとの関係に関し、安全配慮義務違反及び注意義務違反があったとする原告の主張は採用できない。
被告に、Tの自殺という結果発生についての安全配慮義務違反及び注意義務違反が認められるためには、その前提として、Tの自殺という結果が発生したことについての予見可能性があることが必要であると解される。長時間の過重労働が継続した場合や労働の態様、形態自体が危険なものである場合には、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積することで労働者の心身の健康を損なうおそれがあり、うつ病への罹患又はこれによる自殺が生じ得ることは通常生ずべき結果であるといい得ることから、安全配慮義務及び注意義務違反の前提となる予見可能性の対象として自殺の原因ないしうつ病を発症する原因となる危険な状態の発生の認識があれば足りると解することには合理性があるということができる。
これに対し、原告の主張する自殺の原因ないしうつ病を発症する原因となる危険な状態とは、Tについての雇用時間の短縮等の雇用形態の変化を指すというのであるから、そのような場合にも、予見可能性の対象について同様に考えて良いかが問題となる。
自閉症の人にとって、他人の言葉を理解することが難しいことから、理解しにくい言葉や表現は負担となること、また生活の日課やスケジュールなど決まったやり方にこだわって、変化に対して強い不安や抵抗を示す傾向があることから、急な予定や仕事の変更は負担となり得ることが認められる。しかしながら、雇用時間の短縮等の雇用形態の変化が、自閉症を有する被用者にとって一定の負担になり得るものであるとしても、それが一定の負担となるということを超えて、それに起因して被用者がその精神状態を著しく害して自殺するに至ることまで、通常生ずべき結果であると解することはできず、むしろ特異な結果というべきである。そうすると、本件においては、あくまで自殺という結果に対する予見可能性がなければ安全配慮義務違反及び注意義務違反を問うことはできないと解するのが相当であり、原告の主張するように、これらの義務違反については雇用形態の認識で足りると解することはできない。
Fを初めとする被告の従業員は、平成16年9月に雇用の見直しがあることを告げられた際のTの帰宅後の様子や、平成17年2月28日に勤務時間変更を告げられた翌日の帰宅後のTの様子や原告とのやりとり、更にはTが自宅の住宅ローンを自ら支払っていることやその金額、住宅ローンを自ら支払い続けることについてのTのこだわり等の事情を原告から何ら知らされていなかったのであるから、被告において、Tが自殺行為に出る具体的、現実的な危険があると認識し得たということはできず、本件の事実経過においては、被告において、相当の注意義務を尽くしたとしても、Tが自殺することまで予見することは極めて困難であったというべきである。よって、Tの自殺という結果について、被告が具体的に予見することが可能であったということはできず、安全配慮義務違反及び注意義務違反が存在したか否かを検討する前提を欠くこととなるから、原告の主張には理由がない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例977号59頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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