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社会福祉法人A会保母解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
社会福祉法人A会保母解雇事件
事件番号
大阪地裁 − 昭和53年(ヨ)第3130号
当事者
その他(申請人) 個人1名
その他(非申請人) 社会福祉法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1980年11月27日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
被申請人は、養護施設、乳児院、肢体不自由児施設を設置する社会福祉法人であり、申請人は昭和52年3月養護施設の保母として仮採用され、3ヶ月の試用期間を経て本採用となった保母である。

 申請人は、昭和52年5月頃日本社会福祉労働組合聖家族の家分会(組合)に加入し、機関紙担当となり、同年8月に機関紙を発刊した。ところが機関紙発刊後間もなく、申請人は事務長に呼ばれ、組合を辞めるか施設を辞めるか考えろと迫られた。その後、事務長らは新組合委員を呼び出し、組合脱退ないし退職を要求した上、その家族や出身学校を通じても組合脱退あるいは退職の圧力を加えたことから、組合は強く抗議を申し入れ、施設側は反省の意を記載した確認書を組合と取り交わした。

 同年12月に組合と施設側との間で団体交渉が持たれたが、途中から施設長の病気を理由に施設側が応じなくなり、施設での理事の交替により組合に対し厳しく対応するようになった。昭和53年2月、申請人は主任から保母会を開く旨突然告げられ、保母会の中で保育方法や人格面について一方的に非難され、その後事務長から何度も長時間にわたる詰問調の事情聴取を受け、弁明書の提出を要求された。これに対し組合は、新たな組合攻撃の一端であり、主要活動家である申請人に対する不当な攻撃として、施設に対し右文書提出を拒否する旨施設に通告した。施設は組合の抗議を受け、申請人の反省文で足りる旨妥協し、申請人は迷惑をかけたことを反省する旨の文書を提出した。

 ところが、その後事務長は申請人に誓約書の提出を求め、申請人がこれを拒否すると、副施設長と事務長が申請人の両親宅に赴き、申請人を組合から脱退させるよう働きかけた。その後就業規則改正を巡って、組合は改正手続きが非民主的であるなど機関紙で批判するなどする一方、被申請人は、申請人が、申請人担当の女児が怪我をしたのに適切な措置をとらなかったこと、児童の安全に対する配慮が欠けていること、外部に対して施設を誹謗中傷する発言をしたこと、子供にお祈りをさせるという施設の方針に反してお祈りをさせることを拒否したことなど、到底施設の保母としての適格性がなく、雇用関係を維持することは困難であるとして、申請人に対し昭和53年5月12日に解雇を通告した。
 これに対し申請人は、本件解雇理由とされた事項は、いずれも解雇に相当するものではなく、真の解雇理由は申請人の組合活動に対する嫌悪によるものであるから不当労働行為に当たるとして、保母としての地位の確認と賃金の支払いを求めて仮処分を申請した。
主文
被申請人は、申請人を被申請人の従業員(聖家族の家の保母)として仮に取り扱え。
被申請人は申請人に対し、昭和53年6月以降本案判決確定まで、毎月25日限り金11万6765円、昭和53年6月以降毎年6月10日限り金20万円、12月10日限り金27万円、3月25日限り金5万円を仮に支払え。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
 申請人がけがをして寝ている女児の寝台に男児を同行したことが窺われるが、これをもって直ちに児童の健康に対する配慮が欠けているとはいい難い。申請人の担当する児童が電車に乗る際ホームと電車の間に一瞬足を取られたことが認められるが、転落したとか大問題になったとか、申請人の付添能力が劣るとか、申請人が反省もなく平然としていたとかの事実は疎明がない。申請人がおもらしをした児童に着替えをさせるため、長ズボンが見当たらなかったので取りあえず半ズボンをはかせていたことが認められるが、申請人の処置の適否はにわかに判然としない。申請人担当児童が幼児とけんかしてスチームの角に頭を打ち5針縫う前頭部の傷を負ったことが認められ、申請人にはけがの発生とその程度の判断の過誤により児童にいち早く適切な治療を受けさせなかった点において落ち度があり、その責を負うべきであるが、申請人が同女児を病院に連れて行く際同行しなかったのは、同行を申し入れたのに主任に拒否されたことによるものと認められ、非難すべきものともいい難い。

 児童の行動は、保母の目の届かない場合をとらえれば、いずれも育ち盛りの幼児ならしでかしても不思議でない悪戯の類とも考えられ、これら児童の行動が申請人の保育のせいだとか、申請人がことさらこれを放置し、上司同僚の忠告を無視して指導を怠ったとかの事実を認めるには疎明が足りないし、その他申請人が児童を危険にさらすような安全上の問題のある保育を重ねたことを認めるに足る疎明はない。

 昭和52年9月と昭和53年2月の保母会で主任から申請人の保育に対して非難がなされたことが認められるが、この件は申請人に反省文を提出させて一応の決着をつけたこと、その後施設側が申請人に署名を要求した始末書の記載内容あるいは申請人の両親宅での事務長らの言動がいずれも組合を意識したものであったこと、問題となった保育現場に対して何らの措置もとらなかったことからすると、申請人の失態や不誠実な態度が度重なり放置し得ない事態にあったとはいい難い。

 昭和53年2月の保母会において申請人が主任らから非難を受けたことやその後の施設側の事情聴取の際報告を拒否してその旨文書を提出したことが認められる。しかしながら、主任が保母会で申請人を非難する前に、申請人に対し組合脱退や退職を迫ることはあっても、十分な助言や指導あるいは話合いがなされた形跡がないこと、また施設側の組合敵視に類する言動等からすると、組合側が反発・抵抗したのもあながち首肯し難いともいい難いこと、申請人の反省文の提出により一応の決着をみたと考えられることからみても、報告文書提出拒否等をもって指示命令違反として解雇の理由とはなし得ないものというべきである。

 施設がキリスト教の精神に基づき、食前就寝前に「お祈り」がなされていたこと、申請人もたまに「お祈り」をさせなかったことが認められる。しかし、児童のそれぞれの状態に応じて「お祈り」をさせないことは他の保母にも時に見られた現象であり、施設側が従来この件について今回のように厳しく対処した例はないことが認められ、申請人が「お祈り」の件に関して従来の慣例に反する態度に至っていたものとは認め難い。申請人が保母会等における施設側の追及に対し、「信教の自由があり、お祈りは必要ない」等と発言したことが認められ、かような発言がキリスト教施設関係者に対するものとしては不必要に相手を刺激し、いささか不穏当のきらいがないではないが、これも保母会等で突然一方的に非難を受けた申請人がこれを組合員であることを理由とする施設の不当な攻撃であるとして強く反発しての言辞であったものと考えられ、その後は児童に必ず「お祈り」をさせていること等からすると、右発言を捉えて直ちに申請人を施設保母不適格者とはなし得ない。

 申請人が同僚先輩保母や上司の主任との関係がうまくいかず、保育についての十分な指導を受けあるいは話し合う機会も持たない等保母達のチームワークにいささか問題があったことが認められる。しかし、かような事態を招いた原因については、申請人の保育や人格にのみ帰するには疎明が足りないし、施設の組合敵視あるいは組合員と非組合員との交際嫌悪が保育現場の人間関係に影を落としていたことは無視し得ないのである。すなわち、施設側から組合脱退や退職の強要を受ける等した申請人が、施設側の意を体した主任らに対し反感を持ったであろうことは容易に推測できるし、学校を出たばかりで本来ならば先輩の指導助言により保母としての研鑽を積むべき申請人がこれを十分受けられなかったことによる保育面での未熟な点がある程度存したであろうことも推察するに難くない。したがって、保育現場の人間関係の改善は、これを申請人に対する一方的不利益処分をもって為すべきものとは到底いい難いのである。

 以上のようにみると、本件解雇理由のうち検討の余地のあるといえるのは、せいぜい申請人担当女児のけがの発生とその程度の判断の過誤により児童にいち早く適切な治療を受けさせ得なかった点ということになるが、疎明によれば、申請人には従前事故等特段の失態も見当たらず、またこのようなけがの発生は他の保母の担当児童にもたまに存し、けがの発生と事後処置の過誤を理由に報告書の提出を求められたり、まして処分の対象となった例も従前全くなかったことなどからすると、右をもって申請人を解雇するのは甚だ酷というほかなく、解雇権の濫用といわざるを得ない。のみならず、施設があえて右程度の理由をもって申請人を解雇したのは、申請人が組合に加入し、積極的に活動したからにほかならず、申請人が組合員でなかったならば、本件解雇はなされなかったであろうと認められるので、本件解雇は不当労働行為に当たるというべきである。したがって、本件解雇はいずれの点からするも無効である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例355号42頁
その他特記事項