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泉大津労基署長(D警備会社)警備員脳出血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 泉大津労基署長(D警備会社)警備員脳出血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 - 昭和58年(行ウ)第73号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 泉大津労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1986年02月28日
- 判決決定区分
- 事件の概要
- H(昭和16年生)は、18歳頃から2、3度転職した後、昭和50年5月末からD警備会社に警備員として勤務し始めた者であり、昭和52年4月頃から同年11月頃まで、血圧が200―110前後、昭和54年5月頃にも、200―100であったが、高血圧症の治療にさほどの熱意を示さなかった。
旧勤務形態では、Hの勤務は、(1)I地区の警備、(2)S地区の警備、(3)両地区の深夜警備がそれぞれ一単位として、各1名が巡回警備に当たり、午後5時から翌朝8時までの間に、午前零時から午前6時までの仮眠時間があった。Hは、土曜日、日曜日、祝日(日曜日等)を除き深夜警備を行っていなかったが、昭和54年10月以降、日曜日等において、毎月ほぼ3回ないし4回の割合で、労働時間が連続15時間ないし24時間に及ぶ長時間労働に従事し、同年12月29日から翌年1月2日までは拘束87時間に及ぶ連続勤務に就いていたほか、週休日の定めが必ずしも守られていなかった。
昭和55年1月21日以降勤務形態が変更になり、新勤務形態は、午後5時から翌日午前零時まで2名でI地区及びS地区を担当し、うち1名が仮眠なしで深夜警備に当たり、仮眠を取らなかった者は勤務明けの午前8時から翌日の午後5時までが公休になり、これを2週間置きに交替するものであった。
Hは、同年2月3日午前8時に出勤し、午前9時30分から11時30分まで1人で車を運転して地区を巡回し、昼食後の午後1時30分から3時20分頃まで、午後6時から8時までそれぞれ巡回し、夕食後の午後9時30分に第4回目の巡回に出発したところ、午後10時20分頃、路上でエンジンをかけたまま停車中の車内に倒れているところを警官に発見され、病院に搬入されて入院治療を受けたが、脳幹部出血(本件疾病)により、同月25日死亡した。
Hと生計を同じくしていた妹である原告は、Hの死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき、入院期間中の休業補償給付を請求したが、被告は本件疾病は業務に起因することの明らかな疾病とは認められないとして、不支給決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、さらには再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が背負うわ55年9月11日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を支給しないとの処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 一般に深夜業は、人間の生体リズムを狂わせ、睡眠不足と食欲不振、過労の蓄積等により種々の疾患を誘発しやすいため、昭和53年5月29日、日本産業衛生学会交代勤務委員会により労働省に提出された「夜勤・交代制勤務に関する意見書」においては、深夜業を含む週労働時間は40時間、1日労働時間は8時間を各限度とし、作業時間中に休憩を適切に取り入れ、拘束8時間について少なくとも連続2時間以上の仮眠休養時間を確保するようにし、また深夜業は原則として毎回一晩、やむを得ない場合も二晩ないし三晩の連続に留め、月間の深夜業を含む勤務回数は8回以下にすべきである旨の提言がなされている。
Hは、長時間継続的に深夜業務に従事し、旧勤務形態の下では午前零時から6時までの仮眠時間が設けられていたものの、仮眠場所が不完全な施設で、周辺の環境や緊急指令等により十分な睡眠を取ることができない状態で勤務を続け、休日は連続15時間以上、時には87時間に及ぶ勤務に就いていた上、昭和55年1月21日からの新勤務形態下では、勤務日の翌日は公休とされてはいたけれども、午後5時から翌朝8時まで連続15時間の長時間、仮眠もしないで勤務に就き、殊に同月26日から28日までは連続39時間にわたる勤務を続け、その勤務内容も深夜一人で車を運転して42箇所の担当箇所を巡回し、一夜に80回以上車を乗降して人気のない工場、倉庫等の施設の点検等の警備業務を行うというもので、その勤務時間、勤務形態、作業内容等からみて、Hは相当過酷な勤務条件の下で長時間就労した結果、本件疾病の発症当時、睡眠不足と精神的ストレスによる肉体的、精神的疲労が蓄積していたものと認めるのが相当である。
一般に、高血圧症の発症や増悪は、遺伝や体質だけをその要因とするものではなく、労働その他の生活環境にも規定されるものであって、過労、精神的ストレス、冬期の急激な気温の変化等にも強く影響されるのであり、深夜労働によって昼夜を逆転する生活を送ることは生体のリズムのバランスを失わせるため、高血圧症に罹患している者は深夜業務に就くことは不適当とされている。ところで、Hは高血圧症に罹患していたにもかかわらず、これを会社に申し出ず、会社においても定期健康診断を行っていなかったため、Hの疾病、身体状況を全く把握しておらず、職務体制上、Hの疾病に応じた業務内容の軽減、配置転換等の配慮は一切なされなかった。以上の事実によると、Hは、本件疾病の発症当時、その原因となる本態性高血圧症という基礎疾病を有していたもので、本件疾病は右基礎疾病が増悪した結果生じたものであることが認められる。
被告は、本態性高血圧という基礎疾病を有する者が業務遂行中に脳出血を起こした場合、発症直前にいわゆるアクシデントの存在する場合に限り業務と疾病との間に相当因果関係を認めるべきであるところ、本件においてはアクシデントが認められないから、業務起因性を認めることはできない旨主張する。しかしながら、労働基準法75条の「業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」とか。同法施行規則別表第1の2、第35条関係第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」とかは、いずれも業務と疾病との間に相当因果関係が存在することが必要であることを規定したに留まり、疾病が業務遂行を唯一の原因とすることまで必要とする趣旨のものではない。業務遂行中発症した疾病が基礎疾病を原因とする場合でも、当該業務が基礎疾病と共同原因となって基礎疾病を増悪させ、その結果発症に至ったと認められる場合には、やはり右発症の業務起因性が肯定されるべきであって、アクシデントの存在は、かかる業務と疾病との相当因果関係の存否を判定するに際して考慮に入れるべき要素の一つであるといえても、相当因果関係認定に不可欠なものとまでいうことはできない。
Hは、本件疾病の発症前から本態性高血圧症に罹患し、遺伝、体質がその要因となっていたものであったが、右高血圧症は、血管系等に動脈硬化等の器質的変化を伴わない第1期の症状であった上、一般に高血圧症の増悪は、過労、精神的ストレス、冬期の急激な気温の変化等の労働その他の生活環境にも規定されるもので、高血圧症に罹患している者は深夜業務に就くことは不適当とされている。それにもかかわらず、会社においては従業員の健康診断を行わず、Hの身体的状況を全く把握しないまま、Hの病状に適した職務内容とするなどの配慮を一切しなかった結果、Hは相当過酷な勤務条件の下で長期間継続的に深夜の警備業務に従事し、本件疾病発症当時には、睡眠不足と精神的ストレスによる肉体的、精神的疲労が蓄積していた。しかも当時は冬期で、ヒーターの入っている自動車内と車外との温度差が相当大きいのに、一夜に80回以上も乗降して急激な気温の変化に晒される警備業務を遂行していたのであるから、これらの事実を総合考慮すると、Hが本件疾病を発症したのは、同人の基礎疾病がその一因をなしているとはいえ、これに同人の右業務が共同して、単なる基礎疾患の自然的経過による増悪を著しく超えて、その症状を急激に増悪させ、病状の進行を早めた結果によるものと認めるのが相当である。
したがって、Hの業務と本件疾病との間には相当因果関係があるもので、本件疾病には業務起因性を認めることができるというべきであるから、Hの本件疾病が業務上の事由によるものでないとしてした被告の本件処分は違法というほかない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、労災保険法11条、14条
- 収録文献(出典)
- 労働判例470号33頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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