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神戸市立中学校教諭突然死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 神戸市立中学校教諭突然死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 神戸地裁 − 平成8年(行ウ)第40号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金兵庫県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年03月24日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- A(昭和31年生)は、昭和55年に大学を卒業した後、塾の講師などを経て昭和62年4月、神戸市公立学校教諭として採用され、同市立Z中学校に勤務していた。
Aは、平成元年度は3年生の、平成2年度は2年生の学級担任をし、校務分掌は平成元年度は就職指導及び生徒会指導、平成2年度は生徒指導部長であり、担当教科は英語で、同僚とともに男子テニス部の顧問を務めていた。Z中テニス部は、市内の各種大会で好成績を収めており、このため、平日だけではなく土曜日の午後や日曜日にも練習が行われることが多かった。Z中では、毎朝午前7時30分から校門指導が行われ、Aは生徒指導部長として毎朝校門指導をした上、タバコの吸い殻の確認等のため校内のゴミ拾いなどをした。また、Z中では、平成2年4月から7月にかけて、万引きや生徒間のいさかい、住民の苦情等の生徒指導上のトラブルが日常的に発生し、Aに報告が寄せられていた。
Aは、平成2年4月頃から同僚教員に対して疲労感を口にすることが多くなり、家庭においても疲れたとこぼし、夕食を残すようになって、期末考査終了後の同年7月初め、同僚教員に対し「休みたい、眠りたい」との発言をしていた。
Z中では、同年6月9日から11日にかけて2年生の自然教室が、6月30日から7月3日まで期末考査が行われ、同月5日にはAは通常の時間に登校し、校門指導及びゴミ拾いをし、1校時に授業をし、2校時に外国人講師との間で英語のチームティーチングの打合せを行い、3校時にこれを実施した。そして午後にはPTA関係者と夏休みの補導計画について打合せをし、放課後にテニス部の指導をした上午後8時過ぎに帰宅して、軽い夕食を摂った上午後10時頃就寝したが、午前1時頃、ウーという声を発し、午前5時過ぎに妻がAを起こしに行くと、Aは既に死亡していた。死体検案をした医師は、Aの死亡を「突然死(ポックリ病)」と判断した。
なお、Aの自宅外での飲酒は月1回程度で、夕食の際ビール350ml缶1本を飲む程度で、タバコは吸わないか、1日1,2本程度であった。また、Aは昭和62年から平成2年までの健康診断の結果、血圧、胸部レントゲン、尿蛋白等いずれにも異常は発見されていなかった。
Aの妻である原告は、Aの死亡は公務に起因するものであるとして、被告に対し、平成3年6月28日付けで公務災害認定請求をしたが、被告は平成6年6月30日付けで、これを公務外と認定(本件処分)した。原告は本件処分を不服として、審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が、原告に対し、平成6年6月30日付けでした、地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 公務起因性の判断基準
地方公務員災害補償法31条にいう「公務上の死亡」とは、当該公務と死亡との間に相当因果関係が存在することをいうものであるところ、右相当因果関係の有無は、公務に内在する危険が、それ以外の発症原因と比較して相対的に有力原因となったか否か、換言すれば、当該公務の遂行が精神的・身体的に過重負荷となり、それが発症の原因となった疾患を自然経過を超えて著しく増悪させるなどして傷病等を発生させ、当該被災者を死亡させたと認められるか否かにより判断するのが相当である。
2 Aの従事した公務の過重性
生徒指導部長の職務は、学校内の生徒指導に留まらず、警察及び児童相談所との連絡や住民の苦情への対応といった外部に対する窓口となり、生徒指導に関する資料の作成や各学年の生徒指導係の調整など多岐にわたり、精神的負担の大きい職務であるということができる。そして、神戸市立中学校における昭和61年度から平成2年度までの生徒指導部長延べ400名のうち、教員経験4年未満の者はAを含めて3名であったこと、教頭は育てる意味でAを選任したが少し無理があった旨供述していることからすると、Aの生徒指導部長就任は、教員経験が10年以上の者が圧倒的多数を占める中で、極めて異例であったということができ、このように教員経験の少ないAが、生徒指導部長の職務を行うに当たり、精神的負担が増加したことが推認することができる。これらの事情を考慮すると、Aが34歳で、塾講師等教員以外の職業経験があったこと、Aが平成元年度から生徒指導部の職務を多少手伝っていたことを考慮してもなお、平成2年4月の生徒指導部長就任及びこれに伴う職務の増大は、Aにとって大きな精神的負担であったと認めるのが相当である。
自然教室は、生徒が怪我をしたり、他校とのトラブルが発生したりしないよう注意を払わねばならず、教員自身にも身体的な負担がかかる上、消灯時刻後も十分な睡眠時間を取れないなど、学校内の授業と比較して精神的・身体的負担の大きい職務であったと認められる。Aはテニス部の顧問として、朝練習、平日及び土曜日の放課後の練習に加え、日曜日の練習又は対外試合の指導・引率を多く行い、しかも実技指導という身体的負担の大きい指導をしており、平成2年6月から7月末にかけて各種大会が相次いでいたことに照らせば、テニス部の部活指導はAにとって精神的・身体的に負担となっていたと認めることができる。外国人講師と英語で打合せをして共同授業を行うチームティーチングは、通常の授業と比較して負担の大きい授業であったということができ、特に平成2年7月5日のそれは2年生で初めての授業方法で、授業当日に実施が決定したこと、授業が予定通りに進まなかったことから、Aにとってその精神的負担は更に大きなものであったと認めることができる。
Aは、自然教室の代休日である平成2年6月12、13日にも、父母会への出席、部活指導を行い、同月16日午後、17日及び23日午後には部活指導又は対外試合の引率をし、同年7月1日には自宅で期末テストの採点及び通知表の作成をしていたのであるから、結局、Aが本件発症1ヶ月前の土曜日午後及び日曜日のうち、完全に休息を取れたのは6月24日のみである。Aは、少なくとも時間外勤務欄記載の時間数は時間外勤務を行っており、生徒指導部長としての職務や、部活指導にもかかわらず同僚に先んじてテストの採点を終えていたことその他Aの勤務状況からすると、かなりの程度の長時間勤務を行っていたことが窺われる。そして、Aの行った自宅でのテストの採点及び休日の部活指導は、学校外又は所定時間外に行われたとはいえ、その職務内容自体は通常の公務と異ならず、Aが学校内で十分に勤務せずに漫然と自宅に仕事を持ち帰っていたわけではないことからすると、Aの部活指導や自宅勤務といった時間外の勤務は、所定時間内に通常要求される程度の勤務をした上で更に教育効果を充実させるべく行われたものとして、これを公務と認めるのが相当である。
3 本件発症の公務起因性
公務と疾病との間の相当因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的な証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りると解するのが相当である。そして、本件のように解剖所見が得られない場合において、これをもって直ちに疾病と公務との因果関係を否定するのは相当でなく、死亡の原因となった原因疾患は、公務により当該原因疾患が発症して死亡に至るまでの因果関係を経験則及び医学的知見に照らし合理的に説明できる程度に特定されていれば足り、そのようにして特定された原因疾患が、被災者の従事した職務の内容、生前の健康状態、死亡時の状況等から判断して、公務により発症したとの高度の蓋然性が認められれば、公務起因性を肯認することができると解すべきである。
Aの死因は致死性不整脈であると認められるところ、過労及びストレスが自律神経の変調をもたらし、自律神経の変調が致死性不整脈による突然死を引き起こす可能性については、多くの文献において指摘されていること、Aが本件発症当時相当高度の疲労・ストレス状態にあったと認められること、本件において、Aに本件発症の原因となるような基礎疾病は認められず、職務によるストレス以外に本件発症の原因となる事由が窺われないことからすると、本件発症は、Aの従事した過重な職務による精神的・身体的負荷(過労によるストレス)を相対的有力原因として発症したとの高度の蓋然性を認めることができる。したがって、Aの死亡は、地公災法における公務上のものと認めるのが相当であり、これを公務外と認定した本件処分は違法な処分というべきであるから、取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条、42条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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