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M社課長急性心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
M社課長急性心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁堺支部 − 平成12年(ワ)第1114号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 個人1名
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年04月04日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告会社は、建物のリフォーム工事等を業とする会社であり、被告はその代表取締役である。T(昭和21年生)は、平成4年6月、被告会社の関連会社であるP社に入社したが、平成5年9月、A社に出向して工事管理の業務を行うとともに、被告会社の総務部長を兼務し、平成6年5月に被告会社に正式に移籍した。

 Tは、平成10年1月以降、資材業務課の課長として業務を行い、資材管理、工事管理などの本来業務のほか、クレーム処理にも当たることがあった。被告会社においては、従業員の労働時間についてはタイムカードで管理していたところ、Tの残業時間は、平成10年2月以降、月間平均60数時間(1日平均3時間強)に及び、しかもタイムカードには記載されていないが実際には業務に携わった日なども相当数あった。また同年2月6日以降死亡までの間、Tには96日の休日があったが、完全に休んだのはその半分の48日であった。

 被告は、同年2月5日、従業員に対し健康診断(本件健康診断)を実施し、Tはこれを受診したところ、心電図検査の結果、左心室肥大、下壁梗塞があり、要療養と診断された。

これを受けて、Tは病院の外來を受診し、その後も月1回程度受診するようになった。

 Tは、同年12月4日午後1時過ぎ頃、業務就労中、急に苦しみだし、救急車で病院に搬送されたが、同日午後2時10分、急性心臓死による死亡が確認された。
 Tの妻である原告A、Tの子である原告B及び同Cは、Tの死亡は過重な業務に起因するものであり、被告及び被告会社には安全配慮義務があったとして、被告らに対し逸失利益5934万7286円、慰謝料3000万円、葬儀費120万円、弁護士費用1000万円を請求した。また、原告らは、Tの時間外労働に係る未払いの割増賃金として、127万9041円を請求した。
主文
1 被告らは、原告Aに対し、連帯して1980万3050円及びこれに対する平成10年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告M株式会社は、原告Aに対し、32万7089円及びうち25万2989円に対する平成10年12月4日から、うち7万4100円に対する平成10年12月26日から、各支払済みまで年1悪4分6厘の割合による各金員を支払え。

3 被告M株式会社は、原告Aに対し、27万7820円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告らは、原告Bに対し、連帯して990万1524円及びこれに対する平成10年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 被告M株式会社は、原告Bに対し、16万3544円及びうち12万6494円に対する平成10年12月4日から、うち3万7050円に対する平成10年12月26日から、各支払済みまで年1割4分6厘の割合による各金員を支払え。

6 被告M株式会社は、原告Bに対し、13万8911円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

7 被告らは、原告Cに対し、連帯して990万1524円及びこれに対する平成10年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

8 被告M株式会社は、原告Cに対し、16万3544円及びうち12万6494円に対する平成10年12月4日から、うち3万7050円に対する平成10年12月26日から、各支払済みまで年1割4分6厘の割合による各金員を支払え。

9 被告M株式会社は、原告Cに対し、13万8911円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

10 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

11 訴訟費用はこれを5分し、その3を原告らの、その余を被告らの負担とする。

12 この判決は、第1項、第2項、第4項、第5項、第7項、第8項に限り、仮に執行するこができる。
判決要旨
1 Tの死亡と業務との相当因果関係

 仕事による精神的、肉体的負荷や疲労は、拡張型心筋症を増悪させる因子であるところ、Tは平成10年2月5日以降、ほぼ連日のように残業し、また本来毎週に2回ずつある休日についても、結局その日数の半分は業務に従事しているなど、長時間にわたる労働を継続的に行っていること、拡張型心筋症の予後は悪いものではあるものの、本件健康診断当日頃、医師は、Tの心臓の変化は近い時期に生じたものと判断しているいこと、Tは治療にもかかわらず、本件健康診断受診時から僅か10ヶ月ほどで死亡してしまっていること、死亡に至る発作を起こしたのも業務中であったこと、医師の指導により一旦減らしたタバコの本数が同年6月頃から再び増加傾向にあったことや、本件健康診断当時から肥満傾向が認められたTの体重がさほど変わらなかったことは認められるものの、Tの症状を急激に悪化させるような他の要因は証拠上認められないこと等を総合的に考慮すると、Tの従事してきた被告会社の過重な業務による精神的、肉体的な負荷や疲労の存在及び蓄積が、Tの基礎疾患たる拡張型心筋症をその自然の経過を超えて増悪させて急性心臓死に至ったものと認めるのが相当である。そうだとすれば、Tの業務と死亡との間に相当因果関係が認められるというべきである。

2 注意義務違反について

 労働安全衛生法は、事業者に健康診断実施義務を定め、異常の所見があると診断された健康診断の結果に基づいての意見聴取義務を定め、必要と認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置等を講ずべきもの(措置義務)としているところ、健康診断義務、意見聴取義務及び措置義務は、心身に何らかの基礎疾患を持つ労働者について、前記の危険性が生じるのを防止する目的をも有すると解することができる。そうすると、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して当該労働者の基礎疾患を増悪させ、心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者の代表者は、その職務として、使用者の上記注意義務を誠実に遂行する必要があるというべきである。

被告は、遅くとも平成12年2月27日の保健指導実施時点までに、Tの心電図につき要医療との診断を認識し得たし、Tの就労状況の実情についても知悉していたのであるから、被告としては、Tの就労が過度に及んでいなかったかにつき必要な情報を収集し、Tの携わっている業務の内容や量の低減の必要性やその程度につき直ちに検討を開始した上、Tの就労を適宜軽減し、基礎疾患(拡張心筋症)の増悪を防止して、Tの心身の健康を損なうことがないように注意すべきであったということができる。しかるに、被告は、上記意見を聴取することもなく、Tの業務の軽減の必要性について何ら検討すらせず、漫然とTに過重な業務を課していたのであるから、被告には注意義務に違反した過失が認められるというべきである。

3 被告会社及び被告の各責任

 被告には、Tの就労を適宜軽減して、Tの拡張型心筋症を増悪させてTの心身の健康を損なうことがないように注意すべき義務に違反した過失が認められる。そして、Tの急性心臓死による死亡と被告会社における業務との間に相当因果関係が認められるのであるから、被告の過失とTの死亡との間においても相当因果関係が認められる。したがって、被告は不法行為(民法709条)による責任を免れない。また、被告は取締役としての任務を懈怠し、Tに対する健康配慮義務に違反したことにより、Tの死亡という結果を招いたというべきであるから、商法266条の3による責任も免れない。そして、被告は被告会社の代表取締役であるから、その職務上の不法行為につき、被告会社は、商法261条3項、78条2項、民法44条1項による責任を負うことになる。また、Tは被告会社の従業員であったが、被告会社は労働契約に基づき、従業員に対して安全配慮義務を負うものと解されるから、被告会社は、債務不履行(民法415条)による責任も負うということができる。

4 損害額

 慰謝料については、Tの就労状況や、本件発症に至る経緯、Tが一家の支柱であったこと、その他本件に現れた一切の事情を考慮するとき、その額は2700万円が相当である。

 Tの給与等の総額は710万1846円であり、被告会社の定年は58歳とされているところ、昨今の高年齢者の雇用の安定等に関する法律の存在(平成10年4月以降は60歳未満の定年は禁止)、他方就労可能な67歳まで当然に同額が保障されるとは考え難いこと、一般に見られる退職後の給与等の大幅な減少の事実等の諸事情を考慮すると、Tが死亡した52歳から60歳までは前記額を基礎収入額とし、その後67歳まではその6割をもって基礎収入額とするのが相当である。そして、Tは一家の支柱であったから、生活費控除を30%としてライプニッツ方式で算出すると、Tの逸失利益の額は、4381万2197円となる。

5 過失相殺

 Tは、医師から薬剤を授与されるとともに、入院後心筋生検を勧められ、塩分の摂取を控え、禁煙をし、仕事に関しては規則正しい生活を送り無理をしないよう指導を受けるなどした。しかるに、Tは一時的にはタバコの本数を減少させたものの再び増加させ、また心筋生検を受けないためTが拡張型心筋症であるとの確定診断はなされずにいたものである。体重についても、Tが肥満傾向を指摘されていたにもかかわらず、特に減量を行わなかったことが窺われ、平成10年11月4日にTが交通事故を起こした際、大病院での受診を助言されても、通院していた病院で見てもらう旨述べたのみであった。

 加えて、T自身も疲労の蓄積を強く自覚していたばかりか、原告ら家族も心配する状況にあったのに、自己の業務を軽減するよう被告会社側に述べたり、自己の身体の状況を報告したりすることはなかったものであり、これらの事情は、拡張型心筋症の増悪をいわば放置したものといえるから、Tにも過失が認められるといわざるを得ない。

 一方、拡張型心筋症は、5年生存率が約60%程度と、非常に予後の悪いもので、かつ心不全により死亡する例も多い。そして、同症が被告会社における就労により生じたものと認めるに足りる証拠はないから、同症はTの体質的ないわゆる素因であったものというべきであり、その素因と業務による負荷とが相まって、Tの急性心臓死という結果が導かれたものと解される。
 これらからすると、Tに生じた損害のすべてにつき被告らに賠償させることは公平を失するものといわざるを得ないから、民法722条2項の過失相殺の規定を適用ないし類推適用し、Tに生じた損害のうち5割を減額することが相当である。また、弁護士費用としては、360万円が相当である。

6 (時間外労働未払い賃金額 略)

適用法規・条文
民法44条1項、415条、709条、722条2項
商法78条2項、261条3項、266条の3(改正前)
収録文献(出典)
労働判例854号64頁
その他特記事項
本件は控訴された。