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長崎労基署長(M重工長崎研究所)心筋梗塞事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 長崎労基署長(M重工長崎研究所)心筋梗塞事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 長崎地裁 − 平成12年(行ウ)第5号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 長崎労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年03月02日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- 原告(昭和20年生)は、昭和49年に大学院を卒業した後M重工に入社し、長崎研究所に配属されて、平成3年4月、船舶・海洋研究推進室室長に就任した。
室長の業務は、研究業務の統括管理、研究室人事、安全衛生管理、研究の立案、予算管理、社外の各種委員会の対応等、一般に責任の重いものであり、当時船海部門は慢性的な赤字を抱え、原告は予算の獲得のために相当の努力を迫られていた上、特に平成5年中にはプロジェクトの本格化とそれに伴う出張回数の増加、同年11月及び12月には研究計画の策定、要員の見直し、予算の編成、本社役員による事業所視察の準備等の仕事が重なっていた。平成4年9月までの原告の日記には、極めて多忙であり、ストレスと疲労が蓄積し、その業務の負担が相当大きかった旨記載されていた。
原告は、高血圧、高脂血症、高尿酸血症の基礎疾患を有していたが、高血圧については正常と軽症高血圧の範囲で動揺していることからすれば、重篤なものとはみられず、総コレステロール値も平成3年12月からの投薬治療により比較的安定していた。
原告は、休日である平成6年1月8日午前11時15分からテニスの講習を受講していたところ、体調不良を訴え、一旦休憩したものの、受講を再開した直後の午後零時頃倒れ、昏睡状態のまま病院に搬送され、急性心筋梗塞と診断された。原告は蘇生術が施されたものの、心停止寸前の状態にあったため、低酸素脳症による失語及び意思の疎通ができない状態となり、平成7年8月31日に治癒(症状固定)とされたが、その後も後遺障害が残った。
原告は、本件疾病は業務に起因するものであるとして、被告に対し、平成7年11月2日以降、休業補償給付、療養補償給付及び障害補償給付をそれぞれ請求したところ、被告は平成9年3月25日以降、各請求について不支給とする処分(本件各処分)をした。原告は本件各処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件各処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対して平成9年3月25日付けでした、平成7年12月15日付け請求にかかる療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 被告が原告に対して平成9年3月28日付けでした、平成7年11月2日付け請求にかかる休業補償給付を支給しない旨の処分及び平成8年5月15日付け請求にかかる休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 被告が原告に対して平成9年8月21日付けでした、同年8月11日付け請求にかかる療養の費用給付及び傷害補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
4 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労働者の疾病等が労災保険法7条1項1号にいう「業務上の疾病」と認められるためには、当該業務と当該結果との間に条件関係があるだけでは足りず、両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があることが必要である。そして、労災補償制度が業務に内在ないし随伴する危険が現実化した場合に労働者に発生した損失を補償するものであることに鑑みれば、かかる相当因果関係が肯定されるためには、当該発症が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したことによるとみることができるか否かによって判断するのが相当である。
室長就任後、原告は午前8時頃から午後8時30分頃まで働き、土曜日は出社して仕事をすることが多く、日曜日や祝日には自宅で室員の研究論文を査読することなどもあり、原告の時間外労働時間を大まかに試算すると1ヶ月約76時間になるところ、このほかに土曜日の過半に出社して業務を行っていたことが認められるから、これを上回る相当時間数の時間外労働に従事していたと推察される。したがって、原告の主張するほどの長時間労働(1ヶ月当たり平均時間外労働時間数が100時間を超えていた)に同人が従事していたとは直ちに認定することはできないが、原告が通常に比べて継続的に相当の長時間労働に従事していたものと評価することができる。
2 原告の業務が本件疾病に与えた影響
原告が発症日の直前に年末年始の8連休を取得していること、発症日にテニスの講習を受講していることなどに照らせば、原告の疲労、特に肉体的疲労は相当程度回復していたとみるのが相当である。しかし、原告は平成4年頃から不安定狭心症などの心血管疾患を患っていた蓋然性が高いと認められるところ、異型狭心症は心臓性突然死や急性心筋梗塞への進展の危険度が高く、これらの発症を防止するためには適切な治療を要するのであるから、このような原告の病状に照らせば、原告は年末年始に休息を取った程度では、それまでに増悪した血管病変等を改善させるに至らなかったとみるのが相当である。
以上の検討によれば、原告は平成4年頃から異型狭心症を含む虚血性心疾患に関連する疾病が発症していた高度の蓋然性があり、これを基礎疾患として寒冷期におけるテニスという運動負荷が引き金となって本件疾病が発症したものというべきである。
ところで、I医師は、原告が虚血性心疾患に関連する症状があったとした上で、原告に発生していた動脈硬化の最大の原因は、遺伝的負荷のかなり強い、若年発症で、疾病の自然的経過として原告に心筋梗塞が発症したことは、医学的経験則に照らして説明が可能である旨の意見を述べている。しかし、狭心症ないしそれに関連する心血管疾患も、心筋梗塞と同様に業務上の過重負荷によって発症し、増悪し得るものであり、原告の従事していた業務は慢性的な疲労の蓄積を生じさせるほどに過重であって、血管病変を自然的な経過を超えて増悪させる危険性のあるものであったのであるから、狭心症ないし心筋梗塞と関連する心血管疾患の発症、増悪との関係の検討をせずに、直ちに本件疾患をいわば私病として扱うことは相当ではないと考えられる。そして、原告の高血圧の状態は、一貫して薬物治療を要しないものと診断されており、高脂血症も総コレステロール値が基準値を上回っていた期間が3年に過ぎず、本件疾病が発症するまでの約3年間は比較的安定した値で推移しており、家族歴による発症の可能性も具体的には定かではない。このような、原告がいわば私的に抱える本件疾患のリスクファクターは、それのみで狭心症ないし本件疾病に関連する心血管疾患を自然の経過で増悪させ、当然に本件疾病を発症させるというほどの症度や要因になっていたと認めることは困難である。他方、原告が室長に就任していた以後に従事した業務は、少なくとも原告が有していた狭心症などの心血管疾患を自然の経過を超えて増悪させる危険性を有するものであったのであるから、原告の高血圧症や高脂血症などと相まって、原告の従事した業務が、その狭心症などの心血管疾患を少なくとも増悪させる有力な原因であったことを十分に推察させる。そして、原告の狭心症などの心血管疾患は、本件疾病の基礎となっていたというべきであるから、原告の従事した業務の過重性と本件疾病の発症との間には相当因果関係を認めることが相当である。
以上の次第で、本件疾病が業務に起因するものではないとした本件各処分は違法であり、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、13条、14条、15条
- 収録文献(出典)
- 労働判例873号43頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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