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福岡中央署長(N社福岡事務所)心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 福岡中央署長(N社福岡事務所)心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 福岡高裁 − 平成15年(行コ)第29号
- 当事者
- 控訴人 福岡中央労働基準監督署長
被控訴人 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年04月07日
- 判決決定区分
- 原判決取消(請求棄却)
- 事件の概要
- Tは、K社の前身会社に入社し、平成6年4月N社福岡事務所に出向し、実質的な責任者の立場にあった。
平成7年夏頃、携帯電話の急速な普及に伴って業務が急増したことから、Tは同年8月から9月にかけて頻繁に出張してROM交換作業に従事したが、トラブルが発生し、NTTドコモから厳しい苦情を受けた。Tはその頃から疲労を訴えるようになり、同年9月下旬には不眠を訴えるようになった。本件発症前にTは腰痛で欠勤し、不眠や胃痛などを訴え、発症2日前は休日であったが、早朝から書類点検を行った上、出張先の大分に行って宿泊した。発症前日、Tは6箇所の中継局を回ってMDEファンの交換作業を行い、午後7時半頃から飲酒し、翌10月12日早朝、ビル1階出入り口付近で、仰向けの状態で口から泡を吹いて死亡しているのが発見された。
Tの妻である被控訴人(第1審原告)は、Tの死亡は業務に起因するものであるとして、控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが、控訴人はこれらを不支給とする処分(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、業務による過重な負荷等による疲労の蓄積が血圧の上昇を生じさせ、欠陥病変等をその自然経過を超えて増悪させて虚血性心疾患を発症させてTを死亡に至らせたとして、Tの死亡を業務上災害と認め、本件処分を取り消したことから、控訴人がこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 当裁判所は、Tには心臓の基礎疾患が存した可能性があると推測されるが、Tが従事していた業務による精神的肉体的負荷は、基礎疾患を自然経過を超えて著しく増悪させる要因となり得る程度に過重であったとは認められない上、Tは発症前から多量の飲酒により泥酔状態に陥った後、暖房がされていないホテルビル1階のタイル張りの床面に横臥して就寝したことにより、急激な体温低下及び飲酒により拡張した血管の収縮が生じたことから、不整脈、心室細働などによる心筋機能障害をきたし、凍死した可能性が高いことから、Tの心筋機能障害の発症は、同人が従事した業務に起因するものと認めることはできないと考えられる。
発症前3ヶ月のTの労働状況を見ると、発症に近づくに連れ1ヶ月毎の総労働時間及び時間外労働時間が増加し、特に発症前1ヶ月目の時間外労働時間は、45時間の目安を超過する51時間30分に及び、同年9月中旬頃から疲労や体調不良を訴えたりしているものの、新認定基準において業務と発症の関連性が強いと評価される労働時間(1ヶ月概ね100時間)の約2分の1に止まり、発症前3ヶ月間の時間外労働を見ても、1ヶ月平均が33時間30分であり、業務と発症との関連性が指摘される1ヶ月当たり概ね80時間に満ちるところではないし、Tの業務の遂行が日常業務の範疇に止まることも勘案すると、この間のTの業務が特に過重であったということはできない。
事前点検業務は、Tが福岡事務所に派遣された当初から従事してきた日常業務であり、納入期限が切迫し処理に追われていたなどの具体的事情は窺えない上、平成7年8月頃から部下が単独で事前点検業務を行えるようになっており、事前点検業務増加による負担がTに集中したとする経緯は認められない。また、Tは事務所の責任者的立場にある者として、無理のない作業計画を立てるなどの裁量が可能であったものと窺えるし、Tが相次いで県外出張している点については、作業の量や内容が特に精神的肉体的負担の大きいものであったというべき事情は窺えない。そして、同年9月中旬頃からファントラブルが相次いで発生したため、Tは同月13日から同年10月3日までの間に7回出張してこれに対応しているところ、このようなファントラブルは予測がつかないため、計画的、効率的な対応ができない上、通常の保守対応業務に比して業務量が増大したことが認められないではないが、本件ファントラブル対応業務の内容及び形態は、Tが従前から日常的に担当してきた保守対応業務と格別に異なるものでないし、Tがファントラブル対応のため出張した期間は21日間に止まり、その後はNTTドコモとの打合せ等を経て、ファン交換作業計画が作成され、同計画の一環としてTが大分に出張し、発症前日の作業を行ったものである。そうすると、本件ファントラブル対応業務が特に過重な業務であったとまで認めることは困難である。以上のとおり、心筋機能障害発症前3ヶ月間のTの労働の内容、態様、状況等を勘案するも、Tが著しい疲労をもたらす特に過重な業務に従事していたと認めることは困難である。
Tは、本件発症時53歳であり、肥満傾向にあり、約30年間の喫煙習慣を有するところ、これらは虚血性心疾患の危険因子とされている。Tが平成6年の健康診断の際、息切れ、動悸、脈の乱れなどの自覚症状を申告していたことから、Tには平成7年9月当時既に虚血性心疾患などの心臓の基礎疾患が存在した可能性が高いと推測されるが、同月の健康診断の際には心電図に異常所見は認められず、またTの業務が格別に過重であったと認めることは困難なところであることに鑑みると、Tに上記基礎疾患が存在していたとしても、心筋機能障害発症までの間に、上記基礎疾患が業務によって、急激に進行、増悪したと認めることは困難である。したがって、Tの死亡(心筋機能障害発症)と同人が従事していた業務との間に相当因果関係が存するとたやすく認めることはできない。
Tが口から泡を吹き、死亡時刻は午前2時ないし3時頃と推定される遺体発見時における身体状況、殊にTに心血1ml中に2.69mgのアルコールが検出されており、上記血中アルコール濃度に照らすと、Tは泥酔状態であったと認められる。更にTが横臥していた場所の状況、同日午前0時頃から午前4時頃までの大分市の気温に加え、アルコール摂取と低体温について、酩酊状態で外気温が摂氏15度ないし19度の場所に置かれると凍死すすることが確認されているところ、そのメカニズムは、アルコール摂取により拡張した皮膚血管からの体熱の発散が著しく高まる上、寒冷感覚の麻痺により対寒防止機能が低下し、体温低下が急激に進行して偶発性低体温を発症し、身体の総合的な体温調節機能が失われて、ついには心室細働が頻発し、死亡に至るとの医学的知見が存する。以上を総合すると、Tの死因は、飲酒に伴う凍死である可能性が極めて高いと推測される。
以上のとおりであるから、Tが心筋機能障害を発症して死亡したことは、「その他業務に起因することの明らかな疾病」(労働基準法施行規則35条、別表第1の2、9号)に基づくものとは認められない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条2項、労災保険法7条1項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1226号120頁
- その他特記事項
- 本件は上告されたが、その後取り下げられた。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
福岡地裁 − 平成12年(行ウ)第29号 | 認容(控訴) | 2003年09月10日 |
福岡高裁 − 平成15年(行コ)第29号 | 原判決取消(請求棄却)第 | 2006年04月07日 |