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O社運転手雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
O社運転手雇止事件
事件番号
大阪地裁 − 平成19年(ワ)第13621号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年10月31日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、大阪市交通局から委託を受けて、バスの運行等を行っている株式会社であり、原告(昭和21年生)は、平成16年3月、被告に大阪市バスの運転手として雇用され、1年更新の雇用契約の下でバスの運転業務に従事すするとともに、平成18年2月に結成された労働組合の議長に就任して組合活動を行っていた。

 平成18年9月30日、原告が路線バスを運転して終点のYバス停に到着し、身体障害者であるA及びその介護人Bが無賃乗車証を提示して降車した。その後原告が運転のため再びバスに乗ろうとしたところ、A及びBもバスに乗ろうとしたことから、原告は同じバスでそのまま戻るのはおかしいとクレームをつけたところ、A、Bは乗車しなかった。その後Aの母親から、大阪市交通局に苦情が寄せられた。

 同年10月2日、営業所長らは原告の行為は乗車拒否であり、重大な問題だとして、経過報告の提出を求め、原告はこれに従って経過報告の書面を提出した。所長はこれを見て、原告に対し、乗車拒否を認める始末書の提出を求め、原告は同月4日、乗車拒否を認め、謝罪した上で寛大な処分を求める旨の始末書を提出した。同月10日、原告は本社の部長から、本件事件は法令違反であり重大なものと説諭され、障害者に偏見を持ったものではないことなどを加筆した同日付けの始末書を改めて提出した。これを受けて、被告は原告に対し、同月12日付けで停職30日(10月4日から11月2日まで)の懲戒処分を行った。

 他方、組合は、本件停職処分は原告の組合活動を嫌悪した不当労働行為であるとして、大阪地方労働委員会に救済を申し立てたが、その中には原告の行動には問題がないのに、上司が始末書を強制的に作成させたとの記載があった。

 被告は、原告に対し、同年11月24日、平成19年度の雇用契約を締結する考えはない旨を伝え、平成19年3月12日、雇止めの理由として、自ら提出した始末書に基づいてなされた停職処分に対し、後日これを強制されたとして文書を撤回しようとする行為により信頼関係が失われた旨を文書で通知し、同年4月1日以降の原告の就労を拒否した。
 これに対し原告は、本件労働契約は期間の定めのない契約と実質的に異ならないか、そうでなくとも原告が雇用継続を期待することに合理性があるから、雇止めについては解雇に関する法理が類推適用されるところ、信頼関係が失われたとしても原告に過失はないこと、始末書は強制的に書かされたものであること、不当労働行為に当たることから、本件雇止めは無効であるとして、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 解雇権濫用の法理の類推適用の可否について

 本件労働契約は、契約期間を1年とするものであり、更新することがあり得る一方、更新しない場合の判断基準が契約書に挙げられ、当然に更新されるものではなかった。また、契約を更新する場合、被告と原告ら嘱託の自動車運転手間において、事前に面接する手続きがとられ、更新の希望を確認する等した上、更新の都度労働契約書が作成されていた。以上の点に鑑みると、本件労働契約関係が、実質的に期間の定めのない雇用契約と異ならない関係にあるとはいえない。

 もっとも、本件労働契約の期間は1年という比較的長い期間であり、更新もあり得るところ、原告は既に2度更新していること、嘱託の運転手は、被告のバス乗務員の約8割を占めており、勤務内容も正社員と基本的に同じであり、被告の事業の主要な部分を担っていると解されるところ、被告は平成17年4月以降、3年以上勤務した嘱託職員の中から期間の定めのない正社員(自動車運転手)を登用してきたこと、被告は嘱託運転手について、本人の希望を踏まえて、本件労働契約書の「更新しない場合の判断基準」における「嘱託社員(自動車運転手)の能力、勤務成績」等の項目に該当するような場合を除いて、原則として、期間の定めのない正社員として採用するか、又は嘱託社員として期間1年の雇用契約を更新していたというのであるから、原告が被告における雇用の継続を期待することは合理的なものと認められる。したがって、本件雇止めによる本件労働契約の終了の有無については、解雇権濫用の法理を類推適用して判断するのが相当である。

2 解雇権の濫用となるか

 被告のバス乗務員は、市バスを運行する際、道路運送法13条各号所定の場合を除いて、同条の運送引受業務に違反する行為を厳に禁止されており、これに違反する行為があった場合、事業の停止や大阪市交通局からの委託の取消等、被告における重大な支障を来すおそれがあるものと認められる。

 これを本件についてみると、まずYバス停までの運送契約は、Yバス停でA及びBが降車した際に終了しており、その後A及びBが再度乗車しようとした態度は、新たな運送契約の申込みと解される。運送契約の申込みがされた場合、被告の自動車乗務員服務規程所定の特別な事情がない限り、バスの運転手としては申込みを承諾しなければならない。しかるに原告は、乗客のバス利用方法に批判的な意見をし、法令の除外事由がない乗客をしてバスに乗車することを断念させており、この原告の行為は、場合によっては被告における事業遂行に重大な支障を来すおそれのあるものであったと認められる。

 本件における原告の対応は、道路運送法13条各号所定の除外事由なくして乗客の運送契約の申込みを拒絶し、運送引受義務に違反したと解するのが相当であり、これがバス会社である被告にとって重大な問題であることは明らかである。したがって、被告が原告に対し、本件事件について注意・指導の上、経過報告や始末書の提出を求めること自体は、従業員に対する指揮監督として当然のことであり、被告の原告に対する対応をもって不当な行為があったとは認められない。また、被告が原告に対して停職30日の懲戒処分をしたことも被告の裁量を逸脱するものとは認められない。

 原告は、本件労働契約書の更新しない場合の判断基準には「信頼関係が失われた」との事由は列挙されていないこと等から、そのことは雇止めの理由たり得ない旨主張する。しかし、規程文言からして、信頼関係の喪失は運転手の勤務成績の一つとして更新の是非を判断する際に考慮され得るというべきである。そして、被告は、本件停職処分に際して自ら始末書等を作成しておきながら、後日これが強制に基づくと主張したこと自体を信頼関係喪失の具体的理由として挙げていることは明らかであって、本件組合活動を理由とするものではない。以上によれば、原告に対する本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合に当たるとはいえない。

 本件事件以降における原告の矛盾した言動は、被告と原告との信頼関係を損なう行為であり、本件雇止めをした主な理由も、バス乗務員又は従業員として求められる含む規律の遵守に関して、被告の原告に対する信頼が失われたことにあるのであって、本件雇止めは客観的に合理的で社会通念に照らし相当と認められる。そして、このような理由の存する以上、本件雇止めが、組合の幹部を排除することを主として意図したものとは認められず、本件雇止めが不当労働行為に当たり許されない旨の原告の主張は理由がない。
 以上のとおり、本件雇止めは、解雇権の濫用に当たるとは認められず、不当労働行為であるとも認められないから、平成19年3月31日までの期間満了をもって終了している。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例979号55頁
その他特記事項
本件は控訴された。