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社有車保育園送迎等解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
社有車保育園送迎等解雇事件
事件番号
甲府地裁 - 平成20年(ワ)第80号
当事者
原告 個人1名
被告 T社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年03月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は、労働者派遣事業等を目的とした会社であり、原告は平成17年1月、被告に営業職として期限の定めなく雇用された従業員である。
 被告は、平成19年8月24日、以下の理由を挙げて、解雇予告手当を支払った上で原告を解雇した。
(1)営業所へ出社せずに直接派遣先に出社できる場合は、朝営業所へ出社しては指定時間に間に合わない等の場合に限られているにもかかわらず、原告はその必要もないのに直接派遣先に出社し、所長が命令しても聞かなかった。
(2)原告は、営業先は2つが主なもので、所長が、営業活動ができないならば人事部に異動する旨命令したところ、「自分は営業職」であるとして命令を拒否した上、新規の営業活動はしなかった。
(3)原告は、新規営業活動をするようにとの命令が出された際、役員の報酬が高すぎるとして、自分は給料以上の仕事はしないと命令を拒否した。
(4)1週間、所長も同行するとの命令を拒否した。
(5)原告は、平成18年10月から同19年5月までの間に新規派遣先を1件も獲得できず、所長が業務内容の改善を指示しても、「俺のやり方でやる」と命令を拒否した。
(6)所長は、原告に対し、監督官庁から指導されたセクハラ防止を周知徹底すべく、各派遣社員に担当社員から説明した上で、説明を受けた旨のサインをもらって回収するよう指示したが、原告はこれを怠ったほか、所長と他の従業員の前で、所長の仕事ぶりには問題があり、社長に告げて良いかなどと脅迫じみた発現をした。
(7)原告は、上司を「爺」「お前」などと呼び、事務所内のコピー機などを叩いたり蹴ったりしたほか、所長に注意されると、社長を「ジージー」と呼び、「俺は関わってきた上司は全て潰した」「前の会社でも気に入らない事務員を何人も辞めさせた」などと言い、協調する姿勢を全く見せなかった。
(8)原告はパソコンに「ワープロ」と表示し、「何がパソコンだ」と言いながら、これを損壊した。
(9)原告は社有車を貸与されていたところ、仕事以外の目的で使用することは禁じられていたにもかかわらず、これを子供の保育園の送迎に利用した。
(10)原告は、貸与された社有車を毀損した。
(11)原告は、所長の度々の注意を無視して、キャビネットを乱暴に扱ったりした。
(12)原告は、平成18年初め頃から、元妻から訴えられた子の親権及び慰謝料に関する訴訟のため、書類を勤務時間中に作成したり、被告のパソコンとカラーコピー機を無断借用して夏祭りのポスターの作成等をした。
(13)原告は、正当な理由のない遅刻・早退が多く、特に平成18年1月に元妻との訴訟が係属してから、しばしば遅刻・早退を繰り返し、所長の注意を無視した。
(14)原告は意図的に派遣社員の源泉徴収票のコピーを破棄したことから、所長は破棄されたコピーをゴミ箱から取り出してつなぎ合わせなければならなかった。
(15)原告は、自動車燃料費を自分の自動車に使用したことを隠して、その燃料費8000円強を不正に取得した。
 原告は、上記解雇事由とされている事実は、存在しないか、所長の許可をとった上でのものであるとして、本件解雇の無効と、慰謝料300万円、未払賃金・賞等与551万5160円、弁護士費用105万円の支払いを請求した。
主文
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金576万3960円並びに内金181万2026円に対する平成20年2月1日から及び内金392万1934円に対する同年12月17日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成20年12月から本判決確定の日まで、毎月末日限り金30万5000円を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
判決要旨
1 解雇理由の存否
(1)解雇理由1について
 本件営業所では、必要があれば、朝営業所に出社することなく派遣社員が派遣されている営業先の会社等へ直接行くことができるシステムになっていたこと、原告は少なくとも平成18年10月から平成19年7月まで、朝営業所に出社することなく得意先に直接行くことが多かったことが認められる。原告は、直接派遣先に行くことについて、派遣先に誠意を見せることができ、派遣社員ともコミュニケーションをとることができることなどからであったと述べるが、この主張にはそれなりの合理性が認められる。他方、所長は、朝は営業所に出社するよう何度も指導したと主張し、指導メモを提出するが、そのメモには所長の原告に対する感情等が記載されているものの、原告と所長とのやりとり等については記載がない。本件指導メモは、原告との会話内容等些細な事項についても執拗に記載されていること等からして、日々の社員の業務行為について公平かつ公正な立場から記載されたものとは認められない。更に、何故原告が朝営業所に出勤しなければ被告の秩序を乱すことになるのか、派遣先へ直行することにより派遣先の信用・信頼を得ることとなるとの原告の主張と対比して、合理性に疑問があるといわざるを得ない。しかも出退勤の時間管理もなされておらず、時間外労働割増賃金が支給されていなかったことなど、勤務時間は有名無実となっている状況であり、直行や直帰についても特段書面等によって明確に定められた基準が存在していたことを認めるに足りる証拠はない。
(2)解雇理由2について
 原告は、新規の営業実績はないが、2社以外でも新規開拓の努力をしていたことが認められ、原告が新規の営業活動を全く行わなかったとの事実を認めるに足りる証拠はない。また、所長が原告に対して営業活動ができないならば人事部に異動する旨業務命令を出したところ、「営業職で入ったから嫌だ」「給料以上の仕事はやりたくない」と述べたと主張するが、所長が作成した本件メモは採用できないことは前記のとおりである。
(3)解雇理由3、4について
 所長は、同行することについての原告の説明要求に対し、原告は営業所に出社せず、新規営業活動をすることもなく、早退も多いので原告の営業活動を見たいからであると説明しているところ、その限りでは、所長が原告に1週間の同行を求めたとしても、原告に何ら不利益を課すものでも、不当な要求をするものでもないといえるから、原告は正当な理由なくこれを拒否したものと認められる。上記原告の拒否行為は、上司である所長の合理性のある命令に従わないという点で相当ではないといえるが、その拒否は1度であったから、就業規則の遵守事項「職場秩序を乱すような行為」に当たるとまでは言い難く、更に
懲戒解雇事由の「会社の秩序、風紀を乱したとき」にも当たらないというべきである。したがって、解雇理由4も認められない。
(4)解雇理由5について
 原告が平成18年10月から平成19年5月までの間、新たな企業と契約を締結することはなかったものの、自らの営業担当会社の他店舗等の新規取引を獲得していたこと、所長から指導された後は、これまでの営業先以外の会社等も訪問して新規開拓の努力をしていたことが認められ、原告が新規の派遣先を獲得する努力を怠っていたとの被告の主張は採用できない。
(5)解雇理由6について
 被告は主張を裏付ける証拠として、所長の本件メモを提出するが、本件メモが採用できないことは前記のとおりである。
(6)解雇理由7について
 原告の、「爺」「お前」のような発言は、例え酒席の上とはいえ不適切な発言と認められるが、所長から指導を受けた後には、原告が同じ言動を繰り返した事実は窺えず、直ちに同僚と信頼関係が築けないとか、自己中心的で協調性がないとまではいえない。したがって、解雇事由に該当すると認めるには足りない。
(7)解雇理由8について
 原告が被告の備品であるノート型パソコンに油性マジックで「ワープロ」と書き込んだ事実は認められるが、「ふざけんじゃねーぞ」「何がパソコンだ」などと言ったことを認める証拠はなく、仮にかかる言動があったとしても、周辺の従業員が恐怖心を覚えたとの被告の主張は採用できない。「ワープロ」の文字は電源スイッチ左横のスペースに記載され、字体も大きくはなく、消去も可能であるから、これが「職場秩序を乱すような行為」「会社の秩序、風紀を乱したとき」に該当するとまでは認められない。
(8)解雇理由9について
 原告が、被告の許可を得ずに、被告から貸与された社有車を子供の保育園への送迎に使用していた事実は争いがない。しかし、上記行為については被告から注意すれば足りるところ、原告に直接注意した事実を認める証拠はない。原告が被告からの度々の注意を無視して上記行為をしていたというのであればともかく、そのような状況にはなかった原告の上記行為が、直ちに会社の秩序、風紀を乱すとまでは認められない。
(9)解雇理由10、11について
 原告は、平成19年7月30日、社有車のタイヤ交換を行った際、車体左側下部を変形させたことは争いがないが、過失により変形させたとしても、これをもって直ちに職場秩序を乱す行為であったとは認められず、本件解雇は理由がない。また、原告がキャビネットを破損した事実を認めることはできない。
(10)解雇理由12について
 原告は、元妻との訴訟のために、裁判所に提出する書類を勤務時間中に作成したこと、労働局へ提出する雇入通知書を作成したこと、私的なものの印刷やコピーをしたこと、勤務時間中に関係行政機関を訪問していたことが認められるが、所長からかかる行為を止めるようにとの注意を受けた形跡が窺われないことからすると、解雇事由に該当するとは認められない。
(11)解雇事由13について
 原告は、弁護士との相談や保育園行事等で、平成18年12月には8回、平成19年1月には1回、2月には1回、3月には3回、4月には2回、5月には5回、6月には3回、7月には9回早退していることが認められるが、遅刻についてはこれを認める証拠はない。
ところで、原告は父子家庭であるから、早退等の機会が多くなることはやむを得ないことと思われ、元妻との訴訟が係属していたから、弁護士との相談のために早退することはある程度はやむを得ないことであって、原告は早退に際して、所長に一応連絡を入れていたことなどを併せ考慮すると、正当な理由のない早退が多いとまではいえない。
(12)解雇理由14について
 営業所における担当職員間の連携に起因する問題であることが窺われ、原告のみに責任があるとはいえず、解雇事由に当たらないことは明らかである。
(13)解雇理由15について
 営業所の他の従業員の1リットル当たりの走行距離が10kmから14kmの間で推移しているのに対し、原告のそれは約3kmとなっていることが認められ、これにその間有給休暇と休日であったことを考えると、不自然な感は否めないが、かかる事実から直ちに、ガソリン代相当額を被告から不正に受領していたとまで認めるには足りないというべきであり、解雇事由の事実を認めることはできない。2 解雇権濫用の有無
 本件解雇理由のうち、解雇理由9を除いては、いずれも解雇理由とされた事実が認められないか、又は事実は認められたとしても就業規則に違反するものと認めることはできない。また、解雇理由9についても、就業規則の遵守事項「許可なく、職務以外の目的で会社および取引先会社等の施設、車両、機械器具、工作物、物品等を使用しないこと」にしばしば違反し、就業に適さないことに該当するとしたとしても、被告が原告に対して社有車を私用に利用することを控えるように再三注意した事実も窺えず、その意味で被告は黙認していたとも考えられ、このような些細なことをもって原告を解雇するのはその制裁としては重きに過ぎて合理性を失するものといわなければならない。加えて、本件解雇の解雇理由自体抽象的なものが多い上に、本件解雇通知にはそれぞれの解雇理由が就業規則のいかなる条項に該当するのか全く示されておらず、解雇の手続きとしても不相当であることなどを総合考慮すると、本件解雇は、客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することはできないというべきであって、権利の濫用として無効である。3 未払賃金等
 原告は被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあるところ、被告は本件解雇時以降、原告の就労を拒絶していると認められるから、原告は被告に対し、本件解雇以降の未払賃金451万8800円、賞与72万円、健康保険の負担の増加19万5160円を請求することができる。
 本件解雇は、解雇権の濫用として無効であるから、不法行為を構成するというべきである。原告は本件解雇によって従業員としての地位を奪われ、賃金収入による生活の手段もなくなり、その後仮処分を申し立て、更に本件訴訟を提起することを余儀なくされたことから、精神的苦痛を受けたことは容易に推察できる。しかし、他方、原告は被告に雇用されるに当たり、父子家庭であるという特殊な事情のもと、「地域限定勤務雇用のため、転勤・出張については一切命じないこととする」との条件を付しての雇用であったのであるが、上記のような特殊の事情があったとしても、原告の営業所従業員らに対する対応の仕方には若干問題もあったと認められる。更に被告が仮処分命令に従って賃金仮払いに応じていることなどを総合考慮すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、30万円をもって相当とする。また弁護士費用は3万円が相当である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働経済判例速報2042号3頁
その他特記事項