判例データベース
地公災基金大阪市支部長(市立図書館)電話交換手頸肩腕症候群事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 地公災基金大阪市支部長(市立図書館)電話交換手頸肩腕症候群事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 昭和59年(行ウ)第110号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金大阪市支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1989年03月27日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和20年生)は、昭和42年7月に電話交換手として大阪市に採用され、同市立中央図書館において電話交換業務に従事していた女性である。
同図書館における通話取扱件数は、昭和46年当時は1日平均約391件であったが、同55年には1日平均156件となり、1時間中に交換作業のため動作した時間の割合は、基準の目安が75%であるのに対し、同60年3月当時の原告の率は、平均50%、最大でも62%であり、右目安を下回っていた。また、手引では、1時間中に取り扱う通話件数の目安を100件程度までとしているが、原告の状況は平均22件、最大43件と目安を大幅に下回っていた。一方、図書館における電話交換業務には利用案内や道案内も含まれており、苦情処理もほとんどの場合電話交換手が対処しており、交換業務に要する時間は長くなっていた。原告の勤務時間は9時から17時までで、2人勤務のときは1時間毎に交代しており、時間外労働はなかった。
原告は、昭和49年10月に第1子、昭和52年2月に第2子を出産したところ、昭和50年秋頃から疲労感が持続するようになり、頑固な凝りや頭痛に悩まされ、熟睡できない症状が出てきたが、診断の結果異常なしとされた。しかし、原告は昭和54年6月頃首筋から肩・背中にかけて硬直し、激痛が走る症状が出るに至り、急性頸椎症と診断された。更に原告は、昭和55年2月頃から症状が一層悪化し、嘔吐し食欲がなく、頭痛、背中から頸にかけての硬直、腰・左腕から指先までの激しい痛み・しびれのため、洗面等身の回りの事も一人でできないようになり、「頸肩腕障害」の診断を受け、同年4月21日から8月14日まで病気欠勤、引き続き同56年8月31日まで病気休職となった。
原告は、本症は公務上の災害であるとして、同年6月5日被告に対して地方公務員災害補償法による認定請求をしたが、被告は昭和56年5月20日付けで、本症を公務外と認定する処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更に再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が昭和56年5月20日付けで原告に対してなした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 公務起因性の認定基準
労働省労働基準局長が定めた「キーパンチャー等手指作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」(昭和44年基発723号)、その改正(昭和50年基発59号)等の通達による認定基準によって認定業務を行っているところ、本来公務上の災害(疾病)と私企業における業務上の疾病との間で取扱に差があってはならないことから、地方公務員の災害の公務起因性の認定に当たっては、地方公務員災害補償法及び右通達とは互いに他を補完すべきものであって、排斥するものではないと解せられる。また、右通達は現時点において最も新しい医学的常識に即した認定基準を設定していると考えられるが、これは行政庁をして適切迅速かつ斉一的に認定業務をなさしめる趣旨から設定されたものであり、裁判所を拘束する性格のものではない。
ところで、原告の従事していた公務は、右通達にいう「上肢の動的筋労作又は静的筋労作を主とする業務」に該当する電話交換手であるところ、かかる公務に従事した公務員に本症が発生した場合の公務起因性の判断に当たっては、右通達が定めているすべての要件を満たしているときには、原則として公務起因性を肯定すべきであるが、その中のある要件を欠く場合であっても、かかる公務における作業が本症の発症原因として医学経験則上納得し得るに足りる、公務の重要性及び労働負荷の特異性、有害性が認められ、そのため当該公務が単に本症発症の一つの要因たるを超えて相対的に有力な原因をなしたものと認められるときは、なお公務起因性を肯定すべきものと解するを相当とする。
2 原告の従事していた公務
原告の作業は筆記及びキー・ボタンの操作で手指を使用して行うもの(上肢の動的筋労作)である上、作業時間中は通話が入っていないときも交換機の前で一定の姿勢を保持し、待機を余儀なくされるものであり、更にブレストを外しているときは通話のたびに左手を側方挙上位に保持して行うもの(上肢の静的筋労作)であることから、原告の従事していた電話交換業務自体、上肢に負担をかけ、相当有害な業務であることが認められる。
ところで、原告の業務量(勤務時間、出勤状況、通話取扱件数)が他の電話交換手との比較において過重であったという証拠はない。原告は、昭和50年5月から一人勤務が従来により大幅に増えたこと、一人勤務のときは昼休みの1時間を除き、1日計7時間の業務を余儀なくされていたことが認められ、昭和55年8月から一人勤務のときも1時間毎に1時間の休憩が取れるようになったが、このことはそれまでの一人勤務が交換手にとって相当過重であったことを推認させるなど、本件発症までの原告の一人勤務は、かなり過重であったと認めることができる。
原告が本件発症まで使用していた椅子は、理想の椅子に比べて低く、上肢にそれだけ余分な負担をかけていたと推認できるし、キーボードに適合した手と腕の支持台が用意されていなかったことから、筋肉の負荷が増大していたことも認められる。以上の諸事情によると、原告の電話交換作業における労働負荷は、上肢・肩の筋肉に余分な負担をかけていたという意味において、相当有害であったと認めることができる。また、原告が使用していたブレストは、302gで原告に頭部の締め付け等の負担をかけていたこと、同図書館は照明・換気・騒音については格別の問題はなく、冷暖房設備も備えていたものの、暖房はやや不十分で原告は膝掛けを自ら用意して使用していたことが認められ、これらの事情は原告の心身に悪影響を与えていたものと推認できる。
以上の諸事情を総合すれば、原告の業務量は必ずしも過重であったということはできないとしても、電話交換業務自体、上肢に負担をかけ、相当有害な業務である上、交換機種が変更されてから日数が増加し、月平均約6.95日も従事していた一人勤務は、原告をして1日3ないし4時間の連続作業を余儀なくさせたもので、かなり過重であったといえること、原告の使用していた椅子に座ってする作業における労働負荷は、上肢・肩の筋肉に余分な負担をかけていたという意味において、相当有害であったことが認められ、更に原告の使用器具・職場環境等の問題点から生じたと推認される原告の心身に対する悪影響をも併せ考慮するならば、原告の従事していた公務は相当過重であったと認められるのみならず、本症発症との関連においては、その労働負荷の特異性、有害性も無視できないものといわねばならない。
3 本症の公務起因性
原告は、昭和50年頃から、頸部、上腕部等に凝り、しびれ、傷み等の症状が現れるようになり、当該業務の継続によりその症状が次第に増悪していったこと、主治医は昭和55年2月、原告の本症を「頸肩腕障害」と診断し、原告に対し理学療法、薬学療法を中心とした治療を開始したこと、原告は同年4月から8月末まで休職して治療に専念し、その結果徐々に療養効果が上がり、以前より作業負担の軽くなった職場に復帰し、昭和57年3月から1時間仕事・1時間休憩の通常の勤務形態に戻り、現在ではほぼ全快したことが認められる。右事実によれば、原告は頸肩腕症候群に罹患していたことは明らかであるところ、本症の発症部位と原告の作業姿勢の関係、原告の病訴の経過及び療養経過、本症の発症原因等に照らせば、本症が原告従事の、復帰前の過重だった当時の公務に関連して生じたものであると認められる。もっとも、同僚は原告より9歳年上の女性で、電話交換手としての経験・熟練度は原告とほぼ同じで、ほぼ同じ時間、同じ業務に従事しているが、未だ公務災害の認定申請をしていないことが認められる。しかしながら、同僚にも肩・指の傷み等の症状がないわけではないのみならず、本症は従事した業務の労働負荷に患者の素因が複雑に絡み合って発症すると考えられるところであるから、同僚に本症が発症していないことをもって、直ちに本症発症と原告の従事していた公務との間の起因性を否定すべきことにはならない。
以上の説示を総合すると、原告の本症は、原告の素因との関連性を全く否定することはできないけれども、原告の従事していた公務に起因して発症したものと解するのが相当である。即ち、原告の従事していた公務をその実態に即して考察すれば、本症発症との関連において右公務には医学経験則上納得し得るに足りる過重性及び労働負荷の有害性が認められ、また原告が当該公務に従事していなくても本症は発症していたとまでは認められず、むしろこれに従事していなければ本症に罹患していなかった可能性の方が高いと考えられ、してみると原告の従事していた公務が唯一の原因であったと認めることはできないとしても、右公務が少なくとも相対的に有力な原因になって本症が発症したものと認めることができる。よって、被告が原告に対してなした本件処分は、本症を原告の従事した公務に起因しないものと誤認した違法な処分であるから、取消を免れない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法26条、28条、45条
- 収録文献(出典)
- 労働判例546号41頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 − 昭和59年(行ウ)第110号 | 認容(控訴) | 1989年03月27日 |
大阪高裁 − 平成元年(行コ)第12号 | 控訴棄却 | 1991年05月08日 |