判例データベース

向島労基署長(W工業)急性心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
向島労基署長(W工業)急性心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 昭和54年(行ウ)第78号
当事者
原告 個人1名
被告 向島労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1987年09月10日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 M(昭和8年生)は、冠状動脈硬化症及び心肥大の基礎疾病を有し、W工業に雇用されて病院宿舎建築工事現場にてモルタル塗り作業に従事していたところ、昭和47年7月7日昼頃、作業現場で仰向けに倒れているところを同僚に発見され、直ちに病院に収容されたが、既に死亡していた。

 Mは、本件作業に、同年6月30日から死亡当日の7月7日まで、同月2日(日曜日)に休日を取ったほか、7日間就労し、概ね午前8時から午後5時まで就労し、その間午前10時からと午後3時頃から各30分間、また正午から1時間の休憩を取り、早出、残業は全くなく、出勤は午前6時30分から7時30分頃の間、帰宅は午後7時頃であった。
 Mの妻である原告は、Mの死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づく遺族補償年金給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告はMの死亡は業務上の事由によるものではないとして、これらを支給しない旨の決定(本件処分)をした。そこで原告は、本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 労災保険法12条の8第2項に援用される労働基準法79条及び80条にいう「業務上死亡した場合」に当たるというためには、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であって、労働者が業務に起因しない基礎疾病を有し、それが原因となって死亡した場合にこの相当因果関係を肯定するには、業務に起因する過度の精神的、肉体的負担によって、労働者の基礎疾病が自然的経過を超えて急激に悪化し、死亡の結果を招いたと認められるものでなければならないというべきである。

 Mは、冠状動脈粥状硬化症及び心肥大の基礎疾病を有し、かつこれは軽微な動機でも容易に心臓死を起こし得る程度の重篤なものであったところ、本件作業中右心肥大に起因して急性心臓死したものである。ところで、Mが従事していた練り方作業は、当時既に機械化されて肉体的に格別重労働というべきものではなく、本件工事現場は、作業場所が狭いことから若干やりにくい面があったとはいうものの、特に労働を過重なものにしたというほどのことはなかった。またMは練り方仕事に14年以上の経験を有していたのであり、Mが本件作業に従事した昭和47年6月30日以降死亡前日までの間を見ると、7月2日は休日であった上、その余の日については早出、残業はなく、昼休みのほか午前、午後に各30分程度の休憩を取りながら勤務しており、作業日程上も予定通り進行し順調であった。そうすると、Mの死亡前日までの勤務が同人に精神的、肉体的な疲労の蓄積をもたらしていたものとは認められない。更に死亡当日は、Mは午前8時頃からモルタル練り作業やモルタルの屋上への荷揚げ作業に従事し、これを死亡直前まで継続したのであるが、その練り作業の回転数等に照らすと、右作業が繁忙を極めたとは考えられない上、右作業は午前中4時間弱行われたに過ぎないことからすると、右程度の作業量はMの経験を考慮すると、同人を特に精神的・肉体的に疲労せしめるほど重激なものであったとは考えられない。そしてMは死亡が発見された3分程前に同僚と挨拶を交わした際においても元気そうに見受けられたことからもそのように推認される。Mの死亡当日は、最高気温30度前後の暑い日ではあったが、前数日とほぼ同程度であった上、夏季としては通常のものであり、雲もあった上、本件作業場所は庇の陰になって直射日光が当たらず、若干風通しの悪いところがある程度であったことからすると、健康に格別の影響があるようなものであったとは考えられず、そうすると当日の気象はMの健康に格別の悪影響を与えたものとは認められない。このような事実からすりと、Mは基礎疾病である冠状動脈粥状硬化症による心肥大の自然増悪が限界に達して急性心臓死したと認めるのが相当であり、Mの急性心臓死を業務に起因すると認めるには不十分といわざるを得ない。
 原告は、W工業はMに対し、その雇入れに際して健康診断を行う義務を怠り、その結果Mの基礎疾患を発見できず本件作業に従事せしめたためMの死亡を回避できなかったのであるから、Mの死亡は業務上死亡した場合に当たると主張する。しかし、その業務に従事するに至ったことについて事業主に健康管理義務違反があったか否かは、その判断を左右する要素とはならないというべきであるから、原告の主張は採用しない。
適用法規・条文
労働基準法79条、80条、
労災保険法12条の8第2項
収録文献(出典)
労働判例504号40頁
その他特記事項
本件は控訴された