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S郵便局副課長脳出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
S郵便局副課長脳出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
名古屋地裁 − 昭和57年(ワ)第605号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1989年10月06日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 H(昭和2年生)は、昭和18年9月郵便局職員として採用され、昭和52年7月から名古屋市S郵便局郵便課副課長として勤務してきた国家公務員である。

 Hの勤務時間は、日曜日及び祝日は午前9時から午後5時5分までの日勤であり、火曜日を除く月曜日から土曜日までは午後1時から午後9時までの夜勤であったが、S郵便局で副課長は従前から夜勤であっても午前10時までに出勤するのが慣行となっていたことから、Hは毎日午前10時には出勤し、午後10時頃まで勤務していた。更にHはS郵便局に勤務して以来年休を1度も取得せず、死亡する直前の週は週休日なしで勤務した。Hは1日の大半を作業現場に出向いて全体の進行を把握し、自ら率先して差立区分、配達区分作業等に従事していたほか、副課長としての机上事務の時間を十分に取れなかったことから、自宅に持ち帰って処理することもあった。

Hは昭和43年の定期健康診断で血圧が174/102を記録して以来高血圧の症状を呈し、その後一進一退を繰り返した後、昭和52年4月の健康診断において152/90となり、判定区分要指導と変更された。Hは昭和52年10月頃から疲労感を訴えるようになり、朝起床することも辛くなり、眩暈の自覚症状を訴えて診察を受けたところ、血圧が196/110であったため、血圧降下剤7日分を受け取り、同月17日にも7日分の投薬を受け、動脈硬化及び心臓肥大の所見が現れたものの、その後は通院しなかった。

同年11月になって差立業務における残物数が急激に増加し、同月16日は3万2000通と最も多量に発生した。Hは当日、午前10時に出勤し差立作業の応援業務に従事した後、午後6時50分頃夕食のために外出し、食堂を出た時点でよろよろと倒れ、救急車で病院に搬送されたが、人事不省のまま、翌17日未明脳出血によりに死亡した。
 Hの妻である原告は、Hの死亡は過重な公務に起因するとして、国家公務員災害補償法に基づき、被告に対して公務災害の認定を請求したが、被告はこれを公務外とする決定(本件処分)を行った。そこで原告は、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告がYの死亡につき国家公務員災害補償法による遺族補償給付を受ける権利を有する地位にあることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 「公務上死亡」の意義

 国家公務員災害補償法15条にいう「職員が公務上死亡」したときとは、職員が公務に起因する負傷又は疾病に基づいて死亡した場合をいうのであり、右のような公務起因性が認められるためには公務と死亡との間に相当因果関係が存在することが必要である。そして、職員が基礎疾患を有し、これが原因又は条件となって死亡した場合であってもこの理は同様であって、公務が基礎疾患を増悪させて死亡の時期を早めた場合又は公務と基礎疾患が共働原因となって死亡の直接の原因となる疾病を発症させた場合において、公務と基礎疾患の増悪又は公務と疾病の発症との間の相当因果関係が認められる限り、公務と死亡との間に相当因果関係が肯定され、公務起因性が認められるというべきである。また、公務とその他の要因が共働原因となって基礎疾患を増悪させ、それにより死亡するに至った場合にも、公務と基礎疾患の増悪との間に相当因果関係が存する限り、公務と死亡との間には相当因果関係が認められるものである。なお、相当因果関係が認められる場合であっても、当該職員が故意又は重大な過失により基礎疾患を発症させ、又はこれを増悪させるなど災害補償制度の趣旨に反する特段の事情が存する場合には、補償法14条の趣旨に照らし、公務起因性は否定されるべきである。

2 Hの本態性高血圧症と公務との関係

 S郵便局副課長としてのHの職務は、長時間、高密度の肉体的・精神的労働の継続、夜間労働など通常の健康状態の人間にとっても相当程度に肉体的・精神的負担の大きなものであったから、本態性高血圧症の基礎疾患を有するHにとっては、右疾患が安定した状態にあったとしても、極めて肉体的・精神的負担の大きなものであり、従前の職務とは職種も労働時間、密度ともに隔たりのある新職場へ配転したことの精神的負担も重なって、Hに対する重大なストレスとなって襲い、本態性高血圧症増悪の有力な要因となったことは容易に認められる。Hの症状の中には本態性高血圧症が進行していた形跡も窺われ、Hが公務に従事することがなくても同じ時期に本態性高血圧症が自然的に、あるいは遺伝因子によって増悪し、脳出血を発症して死亡したであろうという医学的可能性を完全に否定することはできないが、職務の遂行によるストレスの寄与度が極めて大きいものであり、これが要因となって本態性高血圧症が増悪した高度の蓋然性が認められるから、遺伝因子等により自然的に増悪した医学的な可能性を重視することは相当でない。

 よって、Hの本態性高血圧症が昭和52年10月以降急激に増悪したのは、Hの職務による肉体的・精神的負担、疲労が、本態的高血圧症の基礎疾患を有する同人にとってとりわけ重大なストレスを引き起こしたことに起因するものであり、本態性高血圧症に罹患しているというHの特別な事情について被告は知り又は知り得べき立場にあったものであるから、Hの職務と本態性高血圧症の増悪との間に相当因果関係を認めるのが相当である。

 右によれば、Hの本態性高血圧症の急激な増悪は同人の公務に起因するものであり、増悪して中等度ないし重症となった本態性高血圧症に罹患しているHにとって、前記職務はますます重大なストレスを引き起こすことになるものである。Hが脳出血を発症させたのは、同人の本態性高血圧症の急激に増悪したこと及び同人の職務による負担、疲労が蓄積され、ストレスが頂点に達した時期に週休日もなく、疲労回復の機会を失ったまま従前通りの職務を継続し、直接的には発症の当日に前駆症状が現れながら職務を遂行継続したことによるものと認められるから、右職務による負担と本態性高血圧が共働原因となり、相乗効果を起こして互いの寄与度を高めていき、遂に脳出血を発症させたものと推認するのが相当である。

 Hは、昭和51年7月12日から昭和52年10月11日までの間通院治療、投薬を受けず、同月17日に通院し、7日分の薬剤を受領した後脳出血発症に至るまでの間、投薬を受けていないことが認められる。しかしながら、Hの本態性高血圧症の増悪は同人の職務に起因するのであるから、仮に服薬が適正にされれば右増悪を防ぐことができたとしても、Hの職務に起因して本態性高血圧症が増悪したという評価に影響はない。またリバウンド現象については、それが必ず起こるというものではないし、当時昭和52年10月11日に服薬を再開する以前にHの症状は増悪していたものであるから、リバウンド現象が起こってHの本態性高血圧症が増悪したということは認められない。更に、Hが通院しなかった時期はHの症状が比較的安定していた時期であり、服薬を怠っていたとしても同人が故意に増悪させたのと同視し得るような著しい落ち度があったということはできず、S郵便局配転以降については当時の同局におけるHの勤務実態を考慮すると、頻繁に通院して適正な投薬を受けることができなくても無理からぬところがあると認められるから、Hが重過失によって本態性高血圧症を増大させたということもできない。したがって、右服用成績の不良をもってHの本態的高血圧症の増悪の公務起因性を否定する理由とすることはできないものである。

3 結 論

 以上の検討結果によれば、HのS郵便局における職務と基礎疾患である本態性高血圧症の増悪との間には相当因果関係が認められ、右職務とこれにより増悪した本態性高血圧症が共働原因となって脳出血を発症させ、同人を死亡するに至らせたものであるから、同人の職務とその死亡との間には相当因果関係を認めるのが相当であり、Hが死亡したことについては災害補償制度の趣旨に反するような特段の事情も認められないから、Hの死亡には公務起因性が認められる。したがって、Hの死亡は補償法15条所定の「職員が公務上死亡」した場合に該当するものであるから、原告は、Hの妻として同条に基づく遺族補償給付を受ける権利を有する地位にあることが認められる。
適用法規・条文
国家公務員災害補償法15条
収録文献(出典)
労働判例550号65頁
その他特記事項
本件は控訴された。