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山形労基署長(Y交通運転手)動脈瘤破裂死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
山形労基署長(Y交通運転手)動脈瘤破裂死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
仙台高裁 − 平成7年(行コ)第11号
当事者
控訴人 山形労働基準監督署長
被控訴人 個人1名
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年03月17日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
 G(昭和14年生)は、昭和36年7月にY交通に入社し、定期路線バスと貸切バスの運転業務に従事し、昭和56年4月に運転士班長に任命され、運転業務以外に勤務時間外において販売活動を強いられるなどした。

 Gは、昭和58年6月27日から災害当日(7月3日)まで7日間連続して勤務し、災害当日は日曜日であり、Gにとって休日の予定であったが、Gはその前日に勤務を命じられ、初めて通過する予定の道路を定期バスの流用で、ハンドルが切りにくく馬力も弱いバスを運転した。Gは途中死亡事故に遭遇し、昼前に定義温泉に到着して客を降車させたところ、運転席で意識がない状態だったため、救急車で病院に搬送されたが、翌4日午前零時過ぎに心筋梗塞により死亡した。

 Gの妻である被控訴人(第1審原告)は、Gの死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき控訴人(第1審被告)に対し遺族補償給付の支給を請求したところ、控訴人は労災給付を支給しない旨決定(本件処分)した。被控訴人はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、本件災害前日までのGの労働状況が他の運転士に比べて著しく過重であったとは断定できないが、相当程度の疲労を蓄積していたこと、休日も返上して勤務していたこと、初めて通過する予定の道路の確認作業が困難であったこと、死亡事故を目撃してショックを受けたこと等により、高血圧症状の悪化、動脈瘤の破裂を招いたとして、業務と死亡との間に相当因果関係を認め、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第1、第2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 労災保険法による保険給付

 労災保険法による保険給付の制度は、使用者の労働者に対する労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであるから、被災労働者の疾病が労災保険法による保険給付の対象となるといえるためには、右疾病が労働基準法による災害補償の対象となるものであることを要し、同法による災害補償の対象となる疾病は同法75条1項所定の業務上の疾病に該当すること、具体的には同条2項に基づく労働基準法施行規則35条所定の別表1の2の各号のいずれかに該当することを要するものというべきところ、本件疾病が労災保険法による保険給付の対象となるといえるためには、右別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要するものというべきであり、業務と疾病の間に相当因果関係があることが必要であると解すべきである。そして、労働者災害補償制度が業務に内在ないし随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に発生した損失を補償するものであることに鑑みれば、労働者が基礎疾病を有しており、これが一因となって災害が発生した場合に、業務と災害との間の相当因果関係を肯定するには、業務に内在ないし随伴する危険が現実化して、基礎疾病を自然的経過を超えて著しく増悪させ、よって災害が発生したことを要するものというべきである。

2 Gの業務と本件疾病発症との因果関係

 Gの業務は、精神的緊張や長時間の拘束を伴うワンマンバスによる定期バスあるいは貸切バスの運行とそれに付随する作業であり、その勤務は、早朝出社し夜遅く終業する場合があり、昭和58年5月31日から同年6月10日までは連続して勤務し、また同年5月31日から同年7月2日までの拘束時間の平均は10時間36分、6月の1運転日当たりの平均走行距離は120.3km、同年4月及び5月の残業時間が59.5時間であり、そのほか班長としての職務や健康寝具販売等にも従事していたものであり、このような勤務がGに肉体的疲労や精神的負担と睡眠不足をもたらしていたこと、また本件発症当日運転した車両が、定期バスを代用したパワーステアリング機能のないバスであったこと、地理不案内の場所への長距離回送を伴う業務であったこと等の事情が、肉体的、精神的負担の一因となったことは首肯できないわけではない。

 しかし、Gは昭和36年入社から長期間にわたり、発症当日運転した車両と同様の性能のバスの運転を行っていた経験があり、また当該車両は前年まで貸切バスとして使用され、その後定期バスに転用されたものであり、バス自体の性能に問題があったとはいえないものであり、Gは行程の全部について全く土地勘がなかったわけではなく、当日の走行距離の点を考え合わせても、Gにとって発症当日のバスの運転が通常の業務と基本的に異なるものであったとはいえないこと、発症当日の気温は7月としては低温であったが、Gは半袖の夏服を着用し、走行中運転席脇の窓を開けており、寒さを感じていない様子であったことに照らすと、当日の気温がGに肉体的な負担となったとは認め難いこと、途中交通事故のため交通渋滞に遭遇し、Gは交通事故現場を見ているが、事故による死者を目撃したとまではいえず、その後のGの様子に変化はなく、Gが事故現場を見たことにより大きなショックを受けたとは認め難いこと等を考慮すると、当日のGの運転業務が、通常負担する肉体的精神的負担を超えるような強度の肉体的精神的な負担を余儀なくさせたものと認めることはできない。

 また、本件発症の前日は、走行距離168.4km、乗務時間4時間30分の定期バスによる運転業務であり、13時30分には終業していること、発症前1週間において、Gがバス運転等業務に従事したのは5日間のみであり、かつこの間の労働時間は1日平均6時間51分であって、その業務量はそれまでの日常業務と比較して格別過剰なものではなかったこと、Gの勤務状況が労働協約の範囲内にあり、Gの6月中の勤務実態を経験年数・年齢がほぼ同じ同僚運転士と比較しても格別の相違があるわけではなく、6月の1運転日当たりの平均走行距離を比較するとかなり少ないのであって、残業時間の点を考慮しても発症前1ヶ月間のGの業務が過重なものであったとは到底いえないこと、Gの発症前1年間の労働時間も同僚運転士と殆ど差異のないものであること、健康寝具販売等については、Gが勤務時間外に行って大変であったというならば、遺族補償給付請求の手続きの当初の段階から言及されて然るべき事柄であるにもかかわらず、遺族補償給付請求の手続きにおいて被控訴人は健康寝具販売等について言及していない上、これに係るGの具体的活動内容や程度について具体的な裏付けを欠くものであり、班長の職務についても、手当がつくものではなく、班長の職務が責任の重い管理的業務とはいえないこと等に照らすと、これらの事情をもってGの業務量を評価するに当たって重要視することができるとはいえないものである。これらを総合考慮すると、Gの本件発症の前日及びその前1週間ないし1年間の勤務状況をもって、身体的・精神的に過重な労働であったということもできないというべきである。

 しかも、Gのバルサルバ洞動脈瘤はその成因が先天性のものと認められるところ、Gは昭和55年5月から本態性高血圧症の投薬治療を受け、昭和58年6月末頃は血圧が正常値と高血圧の境界領域にあったが、Gの業務の量や状況に照らして、その業務が過度の精神的緊張、ストレスを伴うような過重なものであったとはいえず、高血圧を増悪させる因子としてその他に年齢、寒冷暴露、栄養摂取の不均衡などが挙げられていることに照らすと、Gの業務が同人の高血圧症を自然的経過を超えて増悪させたものとは認め難い。そればかりでなく、バルサルバ洞動脈瘤の破裂の契機となる高血圧が、排便、性交、せき等の日常生活上の行為によっても生じ、バルサルバ洞動脈瘤が労作時だけでなく安静時でも破裂するものであり、バス運転中の昇圧反応が、日常生活の排便時、食事中、入浴中の昇圧程度と大差ないとされていることに照らすと、Gのバルサルバ洞動脈瘤の破裂が、バス運転業務に限らず、日常生活上のあらゆる機会に発生してもおかしくない状況にあったことは否定できない。
 以上要するに、Gのバルサルバ洞動脈瘤の破裂は、バルサルバ洞動脈瘤が加齢とともに自然的経過のもとに徐々に増悪した結果である可能性が大きいというべきであって、その破裂について、業務に内在する危険が現実化し、その自然的経過を超えて著しく増悪させた結果であると認めることはできず、業務との間に相当因果関係があるとすることはできないというべきである。
適用法規・条文
労災保険法12条の8、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例715号53頁
その他特記事項
本件は上告されたが、棄却された(最高裁平成9年(行ツ)149号 1998年3月10日判決)