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三田労基署長(T社)虚血性心不全死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
三田労基署長(T社)虚血性心不全死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 平成8年(行コ)第76号
当事者
控訴人 三田労働基準監督署長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年03月26日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
 K(昭和15年生)は、昭和49年9月に、日刊新聞等を印刷するT社に入社し、約12年間の制作部勤務を経て、昭和62年2月、印刷部に配転された。

 T社は、昭和63年6月頃から金杉工場を越中島工場に移転することを開始し、同年6月より12月までの間、両工場を同時に稼働させ、これに対応するための「特別勤務体制」をとった。

 Kは、同年9月10日に特別勤務に就いたが、翌11日は新聞休刊日、翌12日は公休日であったから、13日午前4時まで勤務せず、同月17日も休日であった。Kは18日午後4時から翌19日午前4時20分まで金杉工場で勤務し、仮眠後の午前9時45分頃からバスで越中島工場に移動し、午前10時20分頃から11時30分頃まで稼働してから昼食、休憩を取った後の午後1時55分頃、輪転機近くに倒れ、医師の診察を受けたが既に死亡していた。検視の結果、冠状動脈硬化症による虚血性心不全と検案された。

 Kの妻である被控訴人(第1審原告)は、Kの死亡は過重な業務に起因するものであるとして、亀戸労働基準監督署長に対し労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、同署長は控訴人(第1審被告)に回送し、控訴人は、Kの死亡は業務上とは認められないとして、不支給決定処分(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として労災保険審査官に対し審査請求をしたが、3ヶ月を経過しても同審査官による決定がなかったため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、Kの通常の勤務が特に過重だったとはいえないものの、特別勤務体制下における過重な業務によって危険因子が自然的経過を超えて死亡を発生させたものであるとして、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
1 Kの発症と業務との関係

 特別勤務体制が組まれた後のKの業務は、それが工場移転が完了するまでの限定された期間であることがあらかじめ判明していたとしても、従前業務に比して客観的にみても肉体的、精神的負担が加重されていたものということができるし、年齢が比較的高く、業務に十分習熟していなかったKにとっては、他の作業員よりも負荷が大きかったと認めるのが相当である。
 Kの糖尿病については昭和62年11月頃から昭和63年5月頃までは一応良好にコントロールされていたが、その後Kは同年5月の受診を最後に受診せず、糖尿病の自己管理を怠ったものといわざるを得ないのであるが、多忙のため日常生活のパターンが不規則になったり、業務等により肉体的、精神的負荷が加わると、糖尿病治療に必要な規則的食事、運動、服薬が乱れ、その結果糖尿病のコントロールが悪化することがあるといわれているところであり、本件においても、印刷業務への配転の後、越中島工場移転に伴う特別勤務体制が導入され、従前業務に比して肉体的、精神的に加重されるようになってから、Kはそれまでほぼ定期的に受診してきた糖尿病治療を怠るようになっていたことが認められること等からすると、Kが糖尿病の自己管理を怠ったことについては、配転後の勤務体制の変更による生活習慣の変化や新しい業務による精神的、肉体的疲労が強く影響しているものと認めるのが相当である。なお、仮に当時のKにおいて喫煙習慣の強化があり、それが同人の健康状態に悪影響を及ぼしたものとすれば、このような好ましくない喫煙習慣の強化自体に対しても、右業務が影響したことを否定し難い。

2 Kは、昭和62年2月から通常の勤務体制下でも従前業務に比して肉体的、精神的負担のある業務に従事するようになり、仕事の一応の手順等に慣れてきた段階で、工場移転に伴う特別勤務体制下での業務(越中島工場への移動勤務を含む)に従事することによって、更に従前業務に比してより恒常的な肉体的、精神的負荷が増加するに至っていたところ、それ自体も右勤務体制下で業務に従事する労働者にとってはかなり負担の重い業務であったと思われるが、Kは右特別勤務体制下による生活リズムの変化や右業務による精神的、肉体的疲労等によって、持病である糖尿病の自己管理の適切さを欠くに至り、糖尿病を悪化させた結果、右業務による精神的、肉体的負荷が相乗して本件発症に至ったものと推任することができる。これらの事情を総合すると、本件発症は工場移転のための臨時的な特別勤務体制下の業務に内在する危険が現実化したことによるものと認めるのが相当である。したがって、本件発症は本件業務と相当因果関係があり、業務に起因するものというべきである。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例760号88頁
その他特記事項