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仙台労基署長(M建設)くも膜下出血事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 仙台労基署長(M建設)くも膜下出血事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 仙台地裁 − 昭和62年(行ウ)第3号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 仙台労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1989年09月25日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- Tは、農業の傍ら、土木、建築作業員として働き、本件事故の2年ほど前からM建設に勤務していた。同社では通常の土木作業のほか、鳶職のような仕事を比較的多く担当し、事故以前3ヶ月間の勤務状況は、昭和59年1月が24.5日、2月が25日、3月が27日となっており、一般の労働者との比較においても労働日数がかなり多かったということはできるが、残業はほとんどなかった。
昭和59年4月1日午前11時頃、Tは、同社の施工に係る民家の新築工事現場において柱立て作業に従事中、家屋の梁から落下した。Tは直ちに病院に運ばれたところ、Tの疾病は「右側頭部擦過傷、重症くも膜下出血、水頭症、前交通脳動脈瘤」であり、Tはその治療のため3回の手術受け、その後治療を続けたが、昭和60年5月14日死亡した。
Tは、昭和59年5月30日、被告に対し、労災保険法に基づき休業補償給付の支給を請求したが、被告はTの休業は業務上の事由によるとは認められないとして、同年11月5日不支給とする処分(本件処分)をした。Tは本件処分を不服として審査請求をしたが棄却され、再審査請求をしたところ死亡したため、Tの妻である原告がこれを引き継いだが、これも棄却の裁決を受けた。原告は、本件くも膜下出血は本件落下による衝撃により発症したものであること、仮にTが梁の上でくも膜下出血を発症したものであるとしても、同人は昭和59年3月27日頃から身体の不調を訴えており、これはくも膜下出血の予兆たる症状であったのに、本件事故当日は休日でありながら、建て前のため出勤し、強度の身体的・肉体的緊張を余儀なくされる業務であったから、本件疾病は業務に起因するものであるとして、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 一連の事実及び他にTが梁から転落する原因が証拠上全く認められないことからすれば、Tは梁の上で前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症したため、意識障害を起こし、梁から落下したものと認めるのが相当である。
原告は、仮にTのくも膜下出血が梁の上で発症したものとしても、落下の際の衝撃がこれを更に増悪させた旨主張する。しかし、本件現場に居合わせた同僚らは落下の際Tが頭を打ったとは思わない旨述べていること、落下の際Tはヘルメットを被っていること、同僚がTを受け止めようとしたことが相当程度落下の衝撃を和らげたと考えられること、医師の意見書では頭部にはっきりした外傷はないとされていることなどの事実を総合すれば、受傷の際脳に受けた衝撃は、ほとんど無視し得る程度のものであったと考えられる。したがって、梁の上で既に発症していたくも膜下出血が右受傷の際の際の衝撃により増悪したとする主張は採用できない。
次に原告は、仮に本件くも膜下出血が梁の上で起きたものであるとしても、Tは事故の数日前から体調が悪かったのであるから、梁の上での作業は強度の精神的・肉体的緊張を余儀なくされる業務であったということができ、本件くも膜下出血は業務に起因することの明らかな疾病である旨主張する。ところで、どのような場合に脳動脈瘤が破裂しやすいかについては、一般に、一過的な血圧の上昇が原因ではないかと考えられており、このような一過的な血圧の上昇は日常生活において容易に生ずるものであり、必ずしも肉体的・精神的過激な行為等が脳動脈瘤破裂の引き金になるとは限らないことが認められる。そこで、このような疾病について業務起因性が肯定される場合があるのか、あるとしたらそれはどのような場合であるのかを検討するに、
(1)発症の際現に行っていた業務が、業務の内外を問わず、日常経験することが極めて少ないような血圧の上昇をきたすものであることが経験則上理解し得る程度に強度の肉体的又は精神的負担のあるものである場合
(2)労働者が、通常であれば医師の診察を受けるべきであると判断される程度の身体の不調があるにもかかわらず、他の者ではその業務を代替できないためなど業務上の理由で、休養を取り医師の診察を受けることが事実上期待できない状況で業務を継続した後に当該疾病を生じた場合であって、右身体の不調と当該疾病との間に合理的関連性が認められる場合
など、通常人の合理的な判断として、当該業務が相対的に有力な原因となって当該疾病を生じさせたと認めるのが相当である場合には、当該疾病の業務起因性を肯定すべきものと思料する。
事故当時Tが行っていた作業が、異例の血圧上昇をきたすほどに肉体的、精神的に過激なものであったかについて検討するに、Tは高所作業に慣れていたこと、掛矢で梁を叩く作業は建築作業員として日常的な作業であることなどから、当該作業がそれほど過激なものであったとは認めることはできない。Tの身体の不調は、脳動脈瘤破裂の前駆症状であったか、あるいは脳動脈瘤破裂の誘因たる症状であったものか明らかではないが、脳動脈瘤破裂との関連性は否定できないものと思われ、あらかじめ医師の診察を受けておれば、くも膜下出血の大発作の事態は避けられた可能性が高い。しかしながら、Tら作業員は欠勤が事実上も制約されていたとは認められず、Tの担当していた業務は高所における作業ではあるが、他の作業員が代替することは可能であったと考えられ、実際、3月23日と24日にはTは欠勤しているのであって、Tが休養して医師の診察を受けようとすれば、それは十分可能であったと認められる。したがって、Tのくも膜下出血は、業務に起因することの明らかな疾病と言うことはできない。 - 適用法規・条文
- 労災保険法14条
- 収録文献(出典)
- 労働判例551号63頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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仙台地裁 − 昭和62年(行ウ)第3号 | 棄却 | 1989年09月25日 |
仙台高裁 − 平成元年(行コ)第12号 | 控訴棄却 | 1991年11月27日 |