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地公災基金東京支部長(Kポンプ所)心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金東京支部長(Kポンプ所)心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 昭和57年(行ウ)第82号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金東京都支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年10月11日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 T(大正12年生)は、昭和36年4月に東京都水道局に工員として採用され、昭和49年5月から東京都下水道局Kポンプ所勤務となった。

 Tは、昭和36年4月から昭和46年9月までは、3週を1サイクルとし、その間に1直(0時から8時45分)、2直(8時から16時45分)及び3直(16時から翌日0時45分)をそれぞれ6日間連続して勤務し、昭和46年10月から昭和48年5月までは、3週を1サイクルとし、週休日を挟んで2直勤務を3回連続で行い、2日の週休日を挟んで3・1通し勤務を3回連続して行うことになり、昭和48年6月から週44時間制が採られるようになったため、同月から昭和51年8月までは、4週を1サイクルとし、3・1通し勤務5回、週休、直休各1回、3・1通し勤務1回、2直勤務2回、週休1日、2直勤務2回、3・1通し勤務1回、直休、週休各1日という形で勤務した。

 Kポンプ所におけるTの作業内容は、点検作業(各直1回実施され、約20分から30分を要する)、監視作業(監視室において機器の運転状況の確認と警報のキャッチを行う)、ポンプ運転作業及びディーゼル高圧発電機運転作業並びに保全作業で、保全作業は業務内容の軽重によってAランクからDランクまでの4段階に分けられ、Cランクは比較的労力を要する作業、Dランクは比較的重労働に相当する作業であるところ、Tが昭和50年4月1日から昭和51年8月25日までに勤務した355直のうちCランクは22回、Dランクは5回であった。

 本件災害前2ヶ月間の勤務状況は、出勤日数38日(1直13日、2直12日、3直13日)、週休8日、直休4日、夏休6日であり、この間の超過勤務は、合計14日間、時間合計36時間であり、直勤務者は1班4名が原則であるが、特に7月と8月は夏休の関係で6回にわたって4人未満で2直勤務が行われた。

 本件災害前1週間の勤務状況は、週休、直休各1日の後、3・1通し勤務を行い、2直勤務を2日続けた後週休1日を取り、更に2直勤務を2日続け、超過勤務は4日間で10時間、総勤務時間は58時間であった。被災当日の8月25日、Tは午前8時30分に業務に就き、午前9時30分頃から新人と2人で日常点検等を行い、午前11時頃監視室に戻り、昼休みを挟んで午後1時30分まで監視業務を行った後、汚水ポンプの点検をすると言って地下1階に降りて行ったが、地下1階に通ずる階段の踊り場にうつ伏せに倒れているところを発見された。Tは額と口から出血しており意識不明の状態で、直ちに病院に運ばれたが、午後2時20分に死亡が確認された。
 Tの妻である原告は、Tの死亡は公務に起因するものであるとして、被告に対し、地公災法に基づく公務災害の認定を請求したところ、被告は本件災害を公務外の災害と認定(本件処分)した。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたので、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 職員の死亡に公務起因性があるといえるためには、死亡と公務との間に相当因果関係のあることが必要であり、基礎疾病に罹患している者がそれを増悪させて死亡した場合には、少なくとも、公務の遂行が基礎疾病を誘発し又は急激に増悪させて死亡の時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたといえることが必要である。

 Tは1日の休日を挟んで日中の勤務である2直を4日間連続した後に本件災害に遭遇したことに鑑みると、被災前の勤務が通常の勤務に比較して過重なものであったとは認められず、したがって、被災前の公務が過重であってその遂行が基礎疾病を急激に増悪させて死亡の時期を早めたものということはできない。

 原告は、Tが15年余の間にわたって従事してきた深夜勤・交代制勤務という公務そのものが狭心症という基礎疾病を急激に増悪させたと主張する。深夜勤・交代制勤務の従事者は、日勤者と比較して疲労や睡眠不足が生じやすく疲労が蓄積しやすいこと、そのため従事者は胃腸傷害、循環器疾患などの健康障害に陥りやすいこと等の記載があり、日本産業衛生学会交代制勤務委員会は、昭和53年5月に労働省に提出した意見書において、原告主張のとおりの提言をしたことが、それぞれ認められる。しかし、深夜勤・交代制勤務がそのような特質を有し、その従事者に対して循環器疾患などの健康障害を及ぼすおそれがあるとしても、体質その他の個人差のあることは否定できないし、しかも、長期間にわたる健康への影響を考える場合には、当然のことながら、加齢現象をも無視することはできない。したがって、長期間にわたって深夜勤・交代制勤務に従事した者に循環器疾患などの健康障害が生じた場合に、それが深夜勤・交代制勤務を原因として発症したとみるべきかどうかは極めて問題である。

 これを本件についてみると、Tが従事してきた深夜勤・交代制勤務は15年余に及ぶが、勤務自体として特に精神的負担及び肉体的負担が大きいものではなく、また3・1通し勤務の下でも、次の3・1通し勤務との間には、右勤務による疲労や睡眠不足も相当程度まで回復することの可能な勤務間隔があったとみて妨げがないから、Tが従事してきた深夜勤・交代制勤務が、右狭心症を急激に増悪させて死亡の時期を早める原因となったとまでは認めることができない。

 また、原告は、Tの狭心症の発症そのものが長年の深夜勤・交代制勤務によるものであると主張する。しかし、深夜勤・交代制勤務が循環器系疾患を高率で発症させることが学問的に見解が確立しているといえるかは疑問であるし、頻回夜勤と心血管系の障害との因果関係は、一つの仮説ないし可能性を示すに止まるから、Tの狭心症の発症そのものが長年にわたる深夜勤・交代制勤務を原因とするものと断定することは困難というべきである。

 原告は、Kポンプ所配転に伴う精神的負担の増大及びKポンプ所の点検作業における階段の昇降という肉体的負担がTの狭心症を増悪させたと主張する。Kポンプ所のポンプ等の運転方式は遠方操作、遠方監視型であるが、それまでのポンプ等の運転方式は、殆どが手元操作型であったことが認められる。しかし、Tは昭和35年以来一貫してポンプ所の直員として作業をしてきており、基本的な仕事内容に変更はないこと、Kポンプ所の監視作業が特に精神的緊張を伴うものでないことから、Kポンプ所転勤に伴う精神的負担の増大がTの狭心症を増悪させたと解することはできない。また、Kポンプ所の点検作業における階段の昇降は、特に肉体的に負担となる程度のものではなく、これがTの狭心症を増悪させたものとはいえない。

 原告は、Kポンプ所の作業環境がTの狭心症を増悪させたと主張するが、騒音の数値、臭気の程度、夏季における冷房の程度、冬季における沈砂池作業の頻度等を考慮すると、それほど劣悪なものとはいえず、Tの狭心症を急激に増悪させて死亡の時期を早めたとまで評価することはできない。原告は、東京都下水道局にはTの健康管理上に適切さを欠く面があり、これがTの病状の進行を早めたと主張する。同局は、昭和47年8月及び昭和48年8月の循環器系健康診断において、Tにつき「心電図所見心筋傷害像、冠硬化症、C2」との判定を行っていながら、その後特段の措置をとっておらず、Tの病状把握に適切さを欠く面がなかったとはいえない。しかし、Tは昭和49年の循環器系健康診断を受けておらず、昭和50年10月の同健康診断に当たっては問診票に狭心症の治療を受けていることを記載しない等Tの側にも問題がないわけではなく、また使用者の管理が適切であったか否かは、公務起因性の判断要素の一つにはなってもその決定的な要素ではないと解されるから、東京都下水道局にTの病状把握について適切さを欠く面がなかったとはいえないからといって、直ちに公務起因性を肯定することはできない。

 なお原告は、Tが階段で転倒したことが心筋梗塞を誘発したこと及びTの発見が遅れたことが死亡という結果を招いたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、本件災害について、深夜勤・交代制勤務という公務そのものが狭心症という基礎疾病を誘発し又はこれを悪化させて死亡の時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたものということはできない。したがって、Tの死亡を公務起因性があるとは認められないから、これを公務外と認定した被告の本件処分に違法はないことになる。
適用法規・条文
地方公務員最愛補償法31条
収録文献(出典)
労働判例571号5頁
その他特記事項