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仙台労基署長(M電工)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 仙台労基署長(M電工)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 仙台地裁 − 昭和63年(行ウ)第4号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 仙台労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1994年10月24日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- K(昭和16年生)は、昭和40年4月にM電工に入社し、昭和54年7月に仙台ショールームに転属となり、企画、運営、部下3名の管理及び指導に当たるとともに、訪問客に対する商品の説明、住宅設備機器の紹介、見積もり等の相談の仕事に従事していた。
Kは、昭和57年5月末、役職位への任用の条件となる開発研修の参加者として選出され、研修期間は同年6月5日から翌58年3月末までとされた。研修の内容は、一般教養試験、モチベーション検査、グループテーマ研究、課題レポート、個人テーマ研究で、課題レポートについては、3回にわたってB5判罫紙5枚のレポートを提出したが、個人テーマ研究には着手していなかった。研修では、その一環として、同年10月20日から2泊3日の合宿研修が行われ、1日目は午前10時30分から翌日の午前零時過ぎまで、2日目が午前5時30分の起床から午後10時過ぎの就寝まで続き、睡眠時間が5時間から5時間30分くらいであった。そして、合宿3日目、早朝2kmのジョギングが行われたところ、Kはその途中休憩中に倒れ、救急車で病院に搬送されたが、同月24日午後8時頃、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により死亡した。
Kの妻である原告は、被告に対し、昭和58年4月20日、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告は昭和59年3月31日付けで、Kの疾病は業務に起因することの明らかな疾病とは認められないとして、不支給処分(本件処分)とした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対し昭和59年3月31日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の認定方法
労災保険法による保険給付が労働基準法に規定された危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることに鑑みれば、遺族補償、葬祭料等の保険給付を受けるために必要な要件である業務起因性の認定に当たっては、業務と死亡の原因となった負傷又は疾病との間に条件的因果関係があることのみならず、かかる負傷又は疾病が業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められる関係、すなわち相当因果関係があることが必要である。そして、業務と関連性のない基礎疾患が共働して右疾病を発症させたという事情がある場合において、業務と右疾病の発症との間の相当因果関係が肯定されるためには、業務が右疾病の発症に対して、他の原因に比べて相対的に有力な原因となったと認められることが必要であると解するのが相当である。
また、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と業務との間の相当因果関係を判断する場合においては、基礎疾患である脳動脈瘤を増悪ないし破裂させる要因、有害因子、危険因子として、日常生活の多様な生活出来事が含まれるという事情が存在することから、業務が他の要因に比べて相対的に有力な原因となったと認められるためには、発症に関する一切の事情を総合考慮して、右疾病の発症前及び発症時の業務内容が、当該労働者にとって身体的、精神的に過重な負担となり、右基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させ、右疾病の発症を招来したと認められることが必要であり、かつこれをもって足りると解するのが相当である。
2 業務とくも膜下出血発症との間の条件的因果関係
Kには、合宿研修参加以前、肥満、糖尿病、高血圧症などはなく、直近の血圧も正常であって、特に身体的異状もなかったこと、合宿研修参加間近の10月16日にはゴルフに出かけ、最低18ホールをプレーしても特に異常がなかったこと、合宿研修第2日目のジョギング後、頭痛を訴えていたものの、その後はくも膜下出血の症状を示すものがなかったことなどの事実に、脳動脈瘤破裂の発生機序を考え併せれば、Kが倒れる直前に行われた合宿研修3日目の早朝のジョギングによる血圧上昇により、Kの既存の脳動脈瘤が破裂し、くも膜下出血を発症させたものと認められる。したがって、Kの死亡と合宿研修という業務との間には条件的因果関係が認められる。
3 業務とくも膜下出血発症との間の相当因果関係
Kは、日常業務と並行して課題レポートに取り組み、3回にわたって合計4冊の課題図書が提示され、1回当たりに与えられた読書ページ数は260ないし470頁の分量があり、レポートも各B5罫紙5枚の分量からすると、Kはかなりの勢力をつぎ込んで取り組んだものと認められる。しかしながら、課題図書の内容は一般教養の範囲を超えない程度のものであって、Kの能力からすれば特に難解なものではなかったと認められ、Kの日常業務は内部勤務であって、既に習熟した内容であり、出勤日数も特段多いわけではなく、遅くとも午後7時頃には帰宅できたことからすると、かかる日常業務は疲労を蓄積するほどのものではなかったと認められる。以上を総合すれば、提出直前の深夜に及ぶレポート作業が、一時的には相当程度の身体的、精神的な負担となったと推認されるものの、従前日常業務に加えて熱心に電機に関する勉強を継続していたKの生活状況や能力からすれば、Kにとって課題レポート作成業務自体が大きな負担になっていたとは認め難い。
合宿研修では、Kは夕食当番を担当した関係で、1日目、2日目の夕食前の休憩時間を十分に利用できなかったこと、1日目と2日目の間の睡眠時間がかなり短く、合宿研修1日目の疲労が回復できなかったと考えられること、2日目の朝食後、Kが頭痛を訴えていたことからすると、早朝ジョギングが運動習慣のないKにとって身体的に大きな負担となった可能性が高いこと、2日目のグループ討論発表会の終了後、Kは午後10時過ぎに1人で寝ていたことを併せ考えると、合宿2日目までの研修業務は、Kにとって身体的に大きな負担をもたらしたものと認められる。
Kは、役職位への昇進が遅れていたこと、開発研修には所属最高責任者の推薦によって参加した経緯があるなどの事情から、開発研修には相当な意気込みをもって臨まざるを得ない状況にあったと認められる。また、合宿研修の内容が日常業務とは全く異質のものであり、特に事例研究はM電工の課長が講師を務め、研修参加者が順番に司会をしたり意見を述べさせられるものであったため、Kにとって精神的緊張を余儀なくされるものであったと認められること、Kは同宿者らと面識がなく、合宿中十分にリラックスすることはなかったと推認されることなどの諸事情からすれば、合宿研修中に受けたKの精神的負担は、日常業務と比較して、かなり大きかったと認められ、合宿2日目までの研修業務は、Kにとって相当強い身体的、精神的な疲労をもたらしたと認められる。
合宿研修3日目のジョギングについて検討すると、走行距離は往復2kmであり、折り返し地点で10分程度の休憩をとって片道を7,8分で走るものであったものの、Kの日常業務にはこれに匹敵するような有酸素活動を伴うものがなく、Kには運動習慣もなかったことから、かかるジョギングを行うことは身体的負担が大きく、危険なものであったと認められる上、Kは前日までの合宿研修により相当強い身体的・精神的負担を受け、このようなジョギングを行うには極めて不適切な身体状況にあったと認められること、当時の気温が10.6度と、前日の最高気温と比較して約11度の差があって、これによる血圧上昇も考えられること、更に脳動脈瘤は自覚症状がなく、発見が困難な疾患であったことから、その破裂を警戒、予防することができないなどの諸事情が認められる。これらに加え、「Kのくも膜下出血の直接誘因として、直前の寒冷下でのジョギングが関連し、前日の前兆もジョギングによる身体的負荷がかかわった可能性がある」との鑑定結果を総合考慮すれば、合宿研修2日目までの合宿研修業務による疲労が、合宿研修3日目の早朝のジョギングによる身体的負担を著しく高め、Kの脳動脈瘤を自然的経過を超えて急激に増悪させ、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を発症させたものと認めるのが相当である。以上のとおりであるから、Kの死亡と業務との間には相当因果関係があると認め、業務起因性を認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例662号頁55
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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