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N社飲酒運転交通事故死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
N社飲酒運転交通事故死事件【過労死・疾病】
事件番号
津地裁 − 平成18年(ワ)第455号
当事者
原告 個人2名 A、B
被告 株式会社
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年02月19日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、土木建築工事、設計施工などを業とする会社で、Kは平成14年4月、養成社員(関連子会社の建設業者の子を一定期間預かって被告の社員として就労させ、その間に事業承継者としての技術的・経営的ノウハウを身につけさせる制度)として被告に入社した者である。

 Kは、入社2ヶ月後から本件作業所に配属されたが、この作業所における工事は、山岳地の工事で、経験を積んだ者でさえ過酷と感じるほど厳しいものであった。その中で、Kは毎日深夜まで残業し、土日も出勤する場合があったところ、被告では、平成13年頃から時間外労働の1ヶ月の時間数を最大で50時間と定め、それ以上の時間外手当を支給しなかった。その結果、Kは良好だった健康状態が、睡眠不足等により悪化したため、Kの父である原告Aはこの状態を見かねて、平成15年11月頃、被告に対し残業時間の改善を要望した。被告では、本件作業所において、Kら作業員に時間外割増賃金を一定額以上支給していなかっただけでなく、そもそも書面による協定が労働基準監督署に届け出られていないことについて把握していない上、本件作業所においてタイムカードがないなど、社員の就業時間に関する管理は極めて杜撰であった。

 このような中、平成16年1月になると、本件作業所で行っている工事の工期が迫り、Kの残業時間が一層増加し、同月5日から連日のように深夜まで事業が続いた。同月13日午後6時半頃から、午後8時頃まで、Kは現場代理B、一般監督C、D及びEとともにお好み焼き屋で飲食し、その後C及びEと居酒屋に飲みに行った後、一旦作業所に戻った。Kはそこで宿泊するつもりであったが、CとEがKの車で自宅まで送るよう要求したため、Kが飲酒運転をしたところ、午後10時過ぎに交通事故を起こし、3人全員が死亡した。
 Kの両親である原告A、Bは、被告はKを違法で過酷な時間外労働に従事させ、上司によるパワーハラスメントを放置したとして、雇用契約に基づく安全配慮義務違反ないし不法行為を主張し、慰謝料としてそれぞれ100万円を請求した。なお、原告らは、選択的請求として、原告Aと被告がKの養成に関して準委任契約を締結していたとして、それに基づく安全配慮義務違反も主張し、3000万円の慰謝料請求の一部として、それぞれ100万円を請求した。
主文
1 被告は、原告らに対し、それぞれ金75万円及びこれに対する平成18年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 時間外労働について

 Kは、被告に入社してから2ヶ月足らずで本件作業所に配属されてからは、極めて長時間に及ぶ時間外労働や休日出勤を強いられ、体重を十数キロも激減させ、絶えず睡眠不足の状態になりながら、仕事に専念してきたことが認められる。それにもかかわらず、被告では、時間外労働の上限を50時間と定め、これを超える残業に対しては何ら賃金を支払うこともせず、Kがどれほどの残業をしていたかを把握することを怠っていたことが認められる。原告AからKの残業を軽減するよう申し入れがあったことに対しても、およそ不十分な対応しかしていない。

 このような被告の対応は、雇用契約の相手方であるKとの関係で、その職務により健康を害しないように配慮すべき義務としての安全配慮義務に違反していたというほかない。したがって、この点に関し、被告には雇用契約上の債務不履行がある。そして、同時にこのような被告の対応は、Kとの関係で不法行為を構成するほどの違法な行為と言わざるを得ないから、この点についても責任を負うべきである。もっとも、被告は原告Aとの関係で準委任契約を締結したとは認められないから、被告にこの点に関する責任までは認められない。

2 パワーハラスメントについて

 Kの指導に当たったCは、Kに対し「お前みたいな者が入って来るので、部長がリストラになるんや」などと理不尽な言葉を投げつけたり、Kが子会社の代表取締役の息子であることについて嫌みを言うなどしたほか、物を投げつけたり、机を蹴飛ばすなど、辛く当たっていたことが認められる。また、Kは1人で遅くまで残業せざるを得ない状況になったり、徹夜で仕事をしていたことが認められる。更に、Kは勤務時間中にガムを吐かれたり、測量用の針の付いたボールを投げつけられて足を怪我するなど、およそ指導を逸脱した上司による嫌がらせを受けていたことが認められる。本件交通事故が発生した日の前日も、Kは徹夜でパソコン作業に当たっていたが、上司らがKの仕事を手伝っていた様子は窺えない。

 これらの事実からすれば、Kは本件作業所に配属されてからは、上司から極めて不当な肉体的精神的苦痛を与えられ続けていたことが認められ、本件作業所の所長はこれに対し何らの対応もとらなかったどころか、問題意識さえ持っていなかったことが認められる。その結果、被告としても、何らKに対する上司の嫌がらせを解消すべき措置をとっていない。このような被告の対応は、被告の社員が養成社員に対して下請会社に対する優越的地位を利用して養成社員に対する職場内の人権侵害が生じないように配慮する義務(パワーハラスメント防止義務)としての安全配慮義務に違反しているというほかない。したがって、この点に関し、被告には雇用契約上の債務不履行責任があると同時に、このような被告の対応は、不法行為を構成するほどの違法な行為であると言わざるを得ないから、この点に関しても責任を負うべきである。もっとも、被告は、原告Aとの関係で準委任契約を締結したとは認められないから、被告にこの点に関する責任までは認められない。

 本件交通事故当日の飲食には、所長は参加していないし、BやDもお好み焼き屋で飲食しただけで、その後の居酒屋には行っていないことなどからすれば、KがCからパワーハラスメントを受けていたとしても、職務の一環としてこれらの飲食に参加しなければならない強制力があったとまでは認めることはできない。KがCらからの飲食の誘いを断り切れなかったとしても、それはKとしては、あくまで自由意思で参加したものというべきであり、被告の職務の一環として飲食を共にしたということまではできない。したがって、この点に関して、原告らが被告に何らかの責任を問うことはできない。

 また、C、E及び原告が居酒屋での飲食後に本件作業所に戻った時点で、KがCやEから自宅まで車で送るよう求められたのに応じて自ら運転してCやEをそれぞれ自宅まで送ることにしたことが認められるが、これを被告の職務の一環であったということまではできない。したがって、これに応じてKが飲酒運転をした結果、本件交通事故を起こしたことについても、それ自体を被告の職務の一環ということはできず、この点に関して、原告らが被告に何らかの責任を問うことはできない。

3 慰謝料について

 以上によれば、被告は、雇用契約におけるKが健康を害しないように配慮すべき義務(勤務管理義務)としての安全配慮義務に違反するとともに、被告の社員が養成社員に対して被告の下請会社に対する優越的立場を利用して養成社員に対する職場内の人権侵害が生じないように配慮する義務としてのパワーハラスメント防止義務に違反したことに伴う慰謝料及びこれらに関する不法行為に基づく慰謝料を支払うべき責任があることになる。

 ただ、Kが余りに過酷な時間外労働を恒常的に強いられ、上司からさまざまな嫌がらせを受け、肉体的にも精神的にも相当追い詰められていた中で本件交通事故が発生したことからすれば、原告らが、本件交通事故がKの飲酒運転が原因であるから被告には一切責任がないとする被告の態度に憤慨するのも至極当然である。すなわち、このことは、Kが強いられてきた時間外労働が余りに過酷で度を超したものであり、上司から受けたさまざまな嫌がらせが極めて大きな肉体的精神的苦痛を与えていたと考えられるほど、違法性の高いものであったことの現れである。
したがって、慰謝料額を検討するに当たっては、このような違法性の高さを十分考慮する必要があり、本件に現れた全ての事情を総合的に考慮すると、Kに生じたその慰謝料額としては、いずれの請求に基づく慰謝料としても、150万円をもって相当というべきである。
適用法規・条文
民法415条、709条
収録文献(出典)
労働判例982号66頁
その他特記事項