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財団法人元総務部長諭旨解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
財団法人元総務部長諭旨解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成19年(ワ)第12413号
当事者
原告 個人1名
被告 財団法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年06月12日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、白血病患者などに骨髄移植を仲介する事業を行う財団法人であり、原告(昭和25年生)は平成5年被告に採用され、平成17年4月から総務部長の地位にあった者である。

 被告においては、期間の定めのある雇用契約の職員が大部分を占め、そのほとんどが期間満了後も雇用期間が延長されていたところ、平成16年8月にH常務(事務局長兼務)が着任して以降、契約職員の雇止めが頻発し、契約職員の間に契約更新についての不安感が拡がった。H常務は、「契約更新に関して緊張感が足りない」、「ダメな者については雇止めする」旨の発言を部長会等ですることもあった。総務課長であったQは、うつ病に罹患し、平成17年1月から病休に入り、2年後に一旦復職したが、再び病気療養に入ったが、職員に宛てたメールの中で、「新しい常務さん(H常務)への極度のストレスから今までの全てのストレスが吹き出した」、「50歳位の七三の髪型の方(H常務)を見ると足がすくむ」、「氏(H常務)のような方は初めて」などと、H常務の言動がうつ病に影響しているとの認識を示した。H常務は、経理課長に学歴差別的な発言をし、職員に対し、「残業できないのであれば臨時職員という道もある」などと言い、マスコミに勤務していた女性職員に対し、個人面接時に「頭はさび付いたろう。向上心がない」などと指摘し、Kら2名の女性職員に対し、しつこく携帯のメールアドレスを聞くなどした。更にH常務は、札幌での地方事務局職員の採用面接に、女性職員Kを同行すると決め、その旨通告したところ、Kはショックを受けて原告に相談し、原告は「体調不良でドタキャンすれば良い」とアドバイスした。なお、H常務は、公務員時代に職場の複数の女性職員に対してセクハラを行ったとして、厳重注意処分を受けたことがあった。

 原告は、上記のような事実を記載した本件報告書を作成したほか、平成17年6月には、NPO全国骨髄バンク推進連絡協議会宛のメールで、H常務について「ほとんどが独裁体制で、職員への言動は毎日がパワーハラスメントのオンパレードという状態」などと告げていた。また、原告は、H常務について、パワハラやセクハラ等に該当する問題行動があるとして、同月、監督官庁である厚生労働省のS室長と面談し、H常務の言動についての是正を求めた。被告の元理事は、厚生労働省の元局長やS室長らに対して、H常務の言動を告げたこともあって、同省幹部は同年7月被告理事長に対し、H常務のパワハラ、セクハラについて調査を要請した。

 この要請を受けて、大阪在住の理事長は同年8月26日に上京したが、原告はセクハラ被害ということから、理事長の要請にもかかわらず被害女性を同行せず、本件報告書を理事長に交付して、雇止めの撤回、職場環境の改善等を要求した。

 H常務は、同年10月5日、原告を同月12日付けでシステム改善担当参事とする異動を内示し、同日辞令が交付された。原告は、H常務の言動についての調査も行わないまま半年程度で総務部長を解任されて降格されるのは納得できないとして、異動凍結を求め、職員有志らもその凍結をS室長に要請した。原告は、その後理事長に人事の凍結を要請した外、国会議員、厚生労働省幹部、ボランティア団体等に対し、H常務による業務運営の是正を求めた。

その後原告は、平成18年4月に、広報渉外部参事へ配置換えになり、自主退職に応じないとして、同年9月26日付けで懲戒処分としての諭旨解雇処分を受けた。被告が原告を解雇したのは、(1)本件報告書に記載されたことは虚偽であり、職場内の秩序・規律を乱し、被告の名誉・信用を毀損したこと、(2)杜撰な情報管理により被告の運営を生じさせたこと、(3)(イ)人事情報を内示段階で漏洩し、凍結の働きかけを行ったこと、(ロ)株式会社SRLとの業務委託更新契約に関して業務懈怠により被告の信用を損なったこと、(ハ)システム開発の説明資料の作成に関して上司の指示に従わなかったほか、会議で暴言を吐いたことを理由としている。
 原告は、懲戒解雇事由はなく、本件降格人事及び解雇は不法行為に当たり無効であるとして、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払いの賃金・賞与と慰謝料1000万円を請求した。
主文
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は原告に対し、

(1)平成18年10月から本判決確定に至るまで毎月25日限り金53万7574円

(2)平成18年12月から、内燃12月10日限り金103万7179円、6月30日限り金95万4165円及びこれらに対する各支払日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、金50万円及びこれに対する平成18年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件懲戒事由(1)

 仮にH常務に、かかるパワハラ、セクハラとも解される問題行動があるのであれば、これを理事長に伝え、是正を図ること自体は総務部長の職責ともいうべきもので、勿論懲戒事由となるものではない。かえって、総務部長である原告が、H常務のかかる問題行動を認識しながらこれを放置し、理事長への報告を怠って、被告が組織として適切な措置をとることを阻害した場合には、任務懈怠として問責されることもあり得るというべきである。ところで、原告が本件報告書を理事長に提出した行為は、内部告発的色彩を有するものとはいい得るが、セクハラ・パワハラ窓口も設置されていない被告において、総務部長である原告が、事務局長(H常務が兼務)の職務遂行に際しての事務局職員に対する不適切行為を是正、指導するように理事長に求めることは、その職責に属するものと評価でき、「内部告発」そのものと見るのは正鵠を得ていない面があると解される。

 本件報告書は、理事長に対して、H常務の問題行動を指摘して、その是正を求めることを主眼とするものであり、同報告書が理事長に提出されたことで、直ちにH常務について指導や不利益な処分がなされるものではなく、いわば本件報告書は、被告がH常務に対して何らかの是正手段を講じるに当たっての端緒となるものに過ぎない。したがって、本件報告書のような文書を提出する場合には、その内容中に客観的事実と一致しない部分があるとしても、それ故に本件報告書を提出することが、直ちに違法不当であって、懲戒事由に該当するということはできない。

 被告においては、従来契約職員の雇止めはほとんどない運用であったところ、H常務が着任してから雇止めが増加したことなど本件報告書に記載された事実関係と基本的な部分では合致する事実が存したと認められる。また、パワハラ、セクハラと解される事項として記載された7名の職員に関する事柄については、基本的に本件報告書の指摘に沿った事実が存在したことも認められ、これらの事実に照らすと、パワハラ、セクハラと評価される可能性の高い、多くの不適切な問題行動がH常務に存在したことは明らかであり、いわゆる誹謗中傷文書とは一線を画する内容というべきである。

 パワハラやセクハラの被害が存在するのにこれを放置しておけば、加害者の行動がエスカレートして、より深刻な被害が発生したり、更に別の被害者が発生するなど、就業環境がより悪化する場合もあるのであって、当該被害者がこれを公にすることを希望していない場合であっても、就業環境を維持・配慮する職責を担う者は、かかる被害を上長に報告して、組織として適切な措置を講ずることができるよう配慮する必要があるというべきである。

 以上のことからすれば、枢要な地位にあるH常務の不適切な行動について記載された本件報告書が、基本的には真実性のある文書と評価すべき以上、これを総務部長である原告が作成して、理事長に提出すること自体は、その職責を果たすもので、懲戒事由に該当するということはできない。

2 本件懲戒事由(2)

 本件報告書に記載された内容は、プライバシーに深く係わる情報であって、これらの情報管理には慎重を期すべきところ、原告は総務部長として、当該情報が外部に漏出することがないようにすることは勿論、被告内部においても、必要な範囲に当該情報が保持されるよう努める義務(情報管理義務)を負っていたというべきである。

 本件報告書は、そのコピーを被告の副理事長、常任理事等だけでなく、理事長面談に同席した職員や元理事にも交付されたところ、被告理事会の構成員以外の者に対する情報伝達が、前記情報管理義務に違反することは明らかである。また、原告が、ボランティア幹部らに対し、本件一連の事態を説明して支援を求めた際には、いきおい本件報告書の内容やその真実性にも触れざるを得なかったものと解される。以上の事実に照らすと、原告は前記情報管理義務に反して、本来前記情報を保持すべきでない多数の者に、本件報告書に記載された情報を伝達していたといわざるを得ない。そして、本件各報道に至ったのは、新聞記者のボランティア団体幹部への取材の結果であるから、結局、本件各報道における前記情報の発信源は、元をたどれば原告ということになり、少なくとも、原告の情報管理の不十分さによって、本件各報道に至ったものといわざるを得ない。以上の次第で、本件懲戒事由(2)に該当する事実を認めることができるというべきである。

 しかしながら、本件においては、被告は基本的に真実性のある本件報告書を無視し、原告に本件降格人事を行おうとしたものであるところ、本件各報道に至ったのも、被告が、本件報告書の提出を受けて、的確な調査をした上で、これに基づいて是正すべきは是正するという当然の事柄を怠り、原告に対しては本件降格人事をもって臨むという不適切な対応をしたことによるとも言い得るものである。よって、原告が前記情報管理義務に違反して、被告が主張する事態に至ったことについては、被告にもその責任の一端はあるというべきである。そして、切羽詰まった原告が、H常務の問題行動の是正を図ろうとして、本件報告書をボランティア幹部らにまで交付するなどして、前記情報管理義務に違反した行為について、これを社会的相当性があるとまでは評価できないとしても、本件解雇の有効性を判断する際に、前記事情は十分考慮すべきものである。

 以上のことを総合考慮すれば、結局、本件懲戒解雇事由(2)に該当する事実はあるが、これを理由とする本件解雇は重きに失し、客観的に合理性を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。

3 本件懲戒事由(3)

 被告の職員の人事権は理事長にあるのであって、外圧をかけて横車を押すような形で職員人事を凍結しようとする行為は相当でなく、懲戒事由にも該当するといわざるを得ない。しかしながら、原告がかかる行動をとったのは、不当な本件降格人事に対する対抗措置として行われた面があり、少なくとも被告において、かかる原告の行為を招来したといえる部分があるのであって、そのような事情の下で本件解雇をするのは、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。

 原告については、SRL社の業務委託契約更新について懈怠があったと認めることができ、原告も責任を認めているが、SRL社との契約更新手続きを懈怠したことによって、原告に現実的な損害が発生した事実を認めるに足りる証拠はないし、かかる懈怠によって本件解雇を認めるのは、いずれにせよ重きに失するというべきである。

 原告は、当時の上司となる移植部長から、平成18年2月16日頃、平成18年度システム開発に関する説明資料をまとめるよう指示され、その後作成を催促されたが、実際に提出されたのは同年9月下旬であった。また同年2月17日、会議の席上において、移植部長の指摘に対し、原告が反論して「うるさい」と発言したこともあった。これら事実を総合すると、懲戒事由に該当する事実は認められるものの、本来かかる事実のみで懲戒としての解雇とするのは、重きに失し、著しく相当性を欠くものといわざるを得ない。4 不法行為についての判断
 本件報告書は、原告の総務部長としての職責に基づいて、作成・提出されたものであり、これに指摘されたパワハラ、セクハラと思われる事項についての記載は、基本的には真実であるところ、被告は、H常務のパワハラ、セクハラ問題は事実無根であるかのような対応をし、原告に対して不当な本件降格人事をもって臨んだものである。本来被告としては、事務局トップであるH常務の不適切な行動について指摘する本件報告書を真摯に取り上げて、内部調査等を実施した上で、H常務に対する適切な指導や処分を講ずるべきであったが、これをせず、本件降格人事を行い、無効な本件解雇をするに至ったもので、このような一連の経緯からすると、かかる対応には、少なくとも過失があったと言わざるを得ず、被告は原告に対する不法行為責任を負い、被告の前記一連の措置によって原告が蒙った精神的苦痛に対する賠償をすべきである。しかるところ、本件解雇の無効を求めて、原告が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し、未就労の期間の賃金・賞与の支払いを命ずることで、原告の精神的苦痛が慰謝される面があること、原告が情報管理義務に違反した結果、セクハラ被害等の情報も含まれる本件A報告書の内容が流出して、本件各報道に至り、被告の社会的信用も毀損される事態も生じたこと、原告は、職員人事に関して、いわば外圧による解決を図ろうと行動した面もあること、その他の本件諸般の事情を総合すれば、本件の慰謝料額としては、50万円をもって相当とする。
適用法規・条文
民法709条、
労働基準法18条の2(現行労働契約法16条)
収録文献(出典)
労働経済判例速報2046号3頁
その他特記事項