判例データベース
国立大学教授名誉毀損事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 国立大学教授名誉毀損事件
- 事件番号
- 平成18年(ワ)第28959号(甲事件)、平成19年(ワ)第6002号
- 当事者
- 原告個人1名(甲事件・乙事件原告)
被告個人1名 A(甲事件被告)
被告国立大学法人X大学(乙事件被告・甲事件被告補助参加人) - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年03月24日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は、平成15年4月から平成18年7月23日に解雇されるまで、X大学大学院研究科の教授であった者であり、甲事件被告Aは、平成18年4月からX大学大学院研究科長を務めている者である。
被告Aは、研究科委員会の席上で、原告がX大学による解雇に対して仮処分を申し立てたが却下され、労働審判を申し立てたがこれも却下されたため、今度は訴訟を提起した旨発言した(発言1)。また被告Aは、原告が女子学生Mの上着の裾をたくし上げ、その背中に薬用クリームを塗った事実、原告がMに対してホテルでの同室を迫った事実、原告がMに対し成人映画のDVDを見せた事実、それらの結果、MがPTSDを発症した事実を摘示した(発言2)。
原告は、被告Aによる本件各発言により、(1)その社会的評価や名声を失い、多大な精神的苦痛を被ったこと、(2)同僚達との連絡が一切途絶えたこと、(3)中国の教授との交流が途絶え、その結果朝鮮民主主義人民共和国社会科学院との交流も途絶えたこと、(4)外出を控えざるを得なくなり、最終的には東京への引っ越しを余儀なくされたことなどを主張し、本件各発言によって被った精神的損害に対する慰謝料として、被告Aに対しては不法行為に基づき、被告法人に対しては国家賠償法に基づき、それぞれ1000万円、弁護士費用100万円を支払うよう請求した。 - 主文
- 1 乙事件被告国立大学法人X大学は、原告に対し、6万円及びこれに対する平成18年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の甲事件被告に対する請求及び乙事件被告国立大学法人X大学に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、甲事件、乙事件ともに、原告の負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Aに対する請求(甲事件)について
被告Aの本件各発言が、被告法人X大学研究科委員会において、同研究科長の立場で行われたことは当事者間に争いがない。ところで、国立大学法人である被告法人の設置・運営するX大学の職員である被告Aは、みなし公務員ではないが、国家賠償法1条1項にいう「公務員」は、国又は公共団体が行うべき公権力を実質的に行使する者も、同条項にいう「公務員」に含まれると解される。
(1)国立大学法人の成立の際に存在していた国立大学の職員が職務に関して行った行為は、一般に公権力の行使に当たると解されていて、本件のような大学院の委員会における活動も、全て公権力の行使に当たると解されていたこと、(2)国立大学法人は、国立大学を設置・運営することをその業務としており、委員会等における活動の実態等においては格別の変更はないこと、(3)国立大学法人等の成立の際に、一定のものは国立大学法人がこれを承継する事とされていること等を総合すると、国立大学法人は国家賠償法1条1項にいう「公共団体」に当たり、その職員が行う職務は純然たる私経済作用を除いては一般に公権力の行使に当たると解するのが相当である。そうすると、国家賠償法により国又は公共団体が責任を負う場合、公務員個人は責任を負うものではないから、被告Aが直接原告に対してその責任を負うことはないと解するのが相当である。2 被告法人に対する請求(乙事件)
発言1については、仮処分等が却下された後に更に訴訟を提起することは、それ自体何ら非難されるべきことではないから、発言1は原告の社会的評価を低下させるものとはいえず、発言1を理由とする損害賠償請求は理由がない。
発言2については、一般聴衆の普通の注意と聴き方をもってこのような発言を聴いた場合、聴衆は、原告が女子学生に対してセクハラを行い、その結果同学生がストレスを感じて拒絶の意思を示すようになり、PTSDを発症したとの印象を受ける。したがって、発言は原告の社会的評価を低下させる。発言2が43名の教員及び数名の事務員が出席した研究科委員会で行われたものであるところ、特定の者とはいえ多数の者の面前で行われたものであることは明らかであるから、発言2の公然性を認めることができる。
発言2は、被告Aが研究科長の立場で、同研究科所属の原告に対する本件解雇の説明をするとともに、セクハラ再発防止策を検討するに当たって原告のセクハラの内容を説明したものであり、その内容が公共の利害に関する事実に係り、かつ公益を図る目的に出たものというべきである。
原告が女子学生Mの背中に薬用クリームを塗ったことは当事者間に争いがなく、その際Mの上着の裾が同人のブラジャーから約5cm下の位置にまでたくし上げられていたことが認められる。原告がMの背中に同クリームを塗った部位はいずれもMの手が届く範囲であること、同クリームを持参し、同クリームの塗布を勧めたのは原告であること、原告が同クリームの塗布を勧めた理由はアトピーの持病を抱えるMの肌に海水温泉がしみるからであり、同クリームを塗った時期はMが海水温泉に入浴する前であることがそれぞれ認められる。そして同クリームが水中でも効能を発揮する薬品でないことは明らかであるから、Mがあえて同クリームを塗ろうとする動機は見当たらない。これらの事情に照らせば、Mの上着の裾は、原告がたくし上げたか、少なくとも原告の指示によってMがたくし上げたものと推認することができる。そうすると、仮に原告の指示によってMがたくし上げたとしても、薬塗布の事実はその重要な部分において真実性の立証があったものと認められる。よって、発言2の各摘示事実のうち薬塗布の事実による名誉毀損を理由とする損害賠償請求は理由がない。
Mは、原告から同室を迫られて実際に同室した日と述べる平成17年7月9日の1ヶ月後、原告に対して「集合の時間がとっても早いんです。先生の部屋に泊まっても良いでしょうか」という内容のメールを送信したことが認められ、Mがその内心において原告との同室を嫌がっていたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告がMに同室を迫った事実については、真実性の立証があるとは認められない。被告法人は、指導教官である原告は学生に対し大きな力を持っているから、原告から同室を求められた場合に、Mがこれをストレートに拒否することができない立場にあったことも十分考えられると主張するが、原告からの同室の求めを断ることができないからといって、あえて積極的に自ら同室を求めるメールを送信するとまでは考え難いし、Mが内心において原告との同室を嫌がっていたことを窺わせる客観的事実もない。
原告がMに対して韓国映画「世紀末」のVCDを貸したことは当事者間に争いがない。「成人映画」とは、一般に性描写や暴力描写を基準に青少年の鑑賞を規制した映画を意味するところ、「世紀末」は韓国において18歳未満の鑑賞を規制した映画であり、成人映画であることが認められる。そうすると、原告がMに対して成人映画を見せた事実は、「DVD」と「VCD」、「見せた」と「貸した」の違いはあるものの、当該事実の重要な部分においては真実性の立証があるものと認められる。よって発言2の各摘示事実のうち成人映画の事実による名誉毀損を理由とする損害賠償請求は理由がない。
Mは、原告からセクハラを受けて、同意はしていなかったし、何かを求められると断っていた旨供述するが、メールのやり取りを見ると、Mが原告を嫌っていたことを窺わせるものはない。少なくとも、Mの上記証言によっては、拒絶の事実について真実性の立証があったとはいい難い。したがって、拒絶の事実については、真実性の立証があるとは認められない。また、原告との関係において、MがPTSDを発症するような強烈なストレスを体験したとは認められず、PTSDの事実について真実性の立証があったとは認められない。
以上によれば、被告Aの各発言の摘示事実のうち、発言2の同室を迫った事実、拒絶の事実及びPTSDの事実による名誉毀損について、被告法人の損害賠償責任を認めることができる。3 損害について
原告とMは、大学院の指導教官と学生の関係にあり、原告にはMに対する優越的な地位等を利用したセクシャル・ハラスメントやパワーハラスメントとならないような行動が求められていたところ、交際や性的関係の強要、出張先や学会への同行の強要、出張先等で不必要に自室に呼んだりすること、身体への不必要な接触は、いずれもハラスメントの一態様である。そして、原告がMの背中に薬を塗布した事実、Mとホテルで同室した事実、成人映画のDVDを見せた事実は、いずれも指導教官として不適切な行為であることはいうまでもない。本件においては、同室を「迫った」事実、拒絶の事実及びPTSDの事実については立証がなく原告の名誉が違法に毀損されたというべきではあるが、原告が大学院の指導教官として不適切な行為をしていたことを報告したという限度では、被告Aの各発言はむしろ当然の発言でもあり、その際にいささか配慮を欠いたに過ぎないとも評価し得るところである。
また、原告の主張するかつての同僚達との連絡が途絶えたこと等は、いずれも本件解雇によって生じたものであって、本件名誉毀損発言によって生じたものとはいえない。更に本件名誉毀損発言は、43名の教員及び数名の事務員のみが出席した非公開の研究委員会において、口外禁止の下で行われたものであるから、雑誌記事等による名誉毀損に比べると、原告の被った精神的苦痛はそれほど大きいものとはいえない。
これらの事情その他本件に現れた一切の事情に照らせば、本件名誉毀損発言によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、5万円と認めるのが相当であり、弁護士費用の額は1万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条1項、
民法715条 - 収録文献(出典)
- 判例時報2041号64頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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