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S薬品過労死損害賠償請求控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
S薬品過労死損害賠償請求控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
名古屋高裁 − 平成19年(ネ)第948号、名古屋高裁 − 平成20年(ネ)第9号(附帯控訴)
当事者
控訴人(附帯被控訴人) 株式会社
被控訴人(附帯控訴人) 個人2名 A、B
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年09月17日
判決決定区分
控訴棄却、附帯控訴一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)は、薬局の経営等を目的とし、ドラッグストア等のチェーン店を展開している会社であり、T(昭和53年生)は大学を卒業した平成12年3月に控訴人に入社し、E店に配属になった者である。

 Tは、同年10月以降E店唯一の薬剤師となり、店長代行が交替した頃から平日に休みを取れなくなり、概ね5分の3が通し勤務になったほか、残業が増加した。平成13年5月から6月初めまでは、E店での特売、A店の開店協賛セール等が実施され、Tはその接客や商品の補充作業に追われた。Tは同年6月6日夜、同僚2人と焼肉店に行き、その後交際しているFのアパートを訪れ、共にケーキを食べて酎ハイを飲み、ベッドで横になったところ、翌朝、心肺停止の状態で死亡が確認された。

 Tの両親である被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)らは、Tが特に死亡前1ヶ月間著しい長時間労働を強いられ、それによって死亡に至ったとして、控訴人に対し、安全配慮義務違反を理由として、逸失利益1億4200万円余、慰謝料5000万円、葬儀費用655万円余、弁護士費用2000万円を請求した。
 第1審では、Tが従事した業務は、その労働時間に照らして著しく過重であり、質的にも負担が大きかったこと、特に死亡前1ヶ月間に休日が1、2日しかなかったことなどを考慮すると、Tの業務と死亡との間に相当因果関係があり、被告は安全配慮義務違反があったとして、被告に対し原告らそれぞれに約4150万円の損害賠償を支払うよう命じた。これに対し被告はその取消しを求めて控訴する一方、原告も損害賠償額の引上げを求めて附帯控訴した。
主文
1 被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決主文第1項及び第2項を次のとおりに変更する。

(1)控訴人は、被控訴人Aに対し、4349万0447円及びこれに対する平成13年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)控訴人は、被控訴人Bに対し、4349万0447円及びこれに対する平成13年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 控訴人の本件控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
4 この判決の第1項(1)及び(2)は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 Tの労働時間について

 平成13年5月8日から同年6月6日までの期間において、Tは合計338時間11分の拘束を受け、このうち労働時間は合計310時間11分と認められ、労働基準法32条1項所定の1週40時間の規制に従って時間外労働時間を算出すると、Tの時間外労働時間は約138時間46分となる。

 Fが、Tも誰かが残業するときは一緒に残るようにとの指導を受けていたと述べていること、同僚も労働基準監督署による聴取の際に、閉店後なるべく全員で店を出るようにとの指示を受けていたこと、これらに加え、Tの帰宅時間に関するFや被控訴人らの説明、Tのメール記録から窺われる終業時刻等を併せ考慮すると、遅番及び通し勤務であったこの間、Tは店舗が施錠されるまで居残っていたものと認めるのが相当である。

2 Tの業務と死亡との間の相当因果関係の有無

 Tの業務は、薬剤師としての接客業務以外に、販売促進用の製品や商品の補充等もあり、大量の商品の運搬、陳列などの肉体労働を行ったり、複数の業務を効率良くこなすために店舗内を走り回ることもあり、一定の身体的負荷のかかるものであった。また、TがE店に配属されてから半年も経たない平成12年10月16日以降、Tは同店唯一の薬剤師となり、管理薬剤師となったため、責任ある立場で業務に従事し、医薬品に関する接客業務においては、副作用や禁忌などの慎重な配慮が求められ、精神的に負荷のかかる状態となった。また、保健所の立入調査の際に、薬剤師が不在である事態を避けるため、平日に休みが取りづらくなる一方、通し勤務や残業が多くなり、死亡1ヶ月前の平成13年5月8日から同年6月6日までの期間において、時間外労働時間はおよそ138時間46分に上がることになるところ、これに通勤時間等も考慮すると、必要な睡眠時間の確保も難しい状態となった。更に同年5月21日以降は、店長代行Dの異動に伴い、Tがその業務の一部をも担当するようになり、店長が不在の場合には事実上店舗の責任者としての役割も求められる立場となったが、当時Tは入社後1年を経たところであり、職業経験も未だ十分とはいえない状態であったため、精神的負荷は更に増大した。

 このように、Tの業務は、平成12年10月16日以降、量的にも質的にも心身の負担となるものであり、疲労を蓄積させるようなものであったといえる。特に、死亡する1ヶ月前の期間は、恒例のセールのほか、A店開店協賛セールのために多忙を極め、その後もDの異動に伴う業務が加わった結果、同期間中における労働密度は一層高くなったというべきであり、これらの過重な業務は、心室細動などの致死性不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症の原因となり得るものであったと認められる。

 Tの死因について、死後病理解剖等は行われておらず、解剖医学的に確定することはできないから、本件においては、医学的知見を前提に、経験則に照らして総合的に検討し、業務と死亡との因果関係の有無を判断せざるを得ない。そして、上記因果関係の立証は、自然科学的証明ではなく、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りると解するのが相当である。

 Tは、入社前は健康であったが、N店唯一の薬剤師となって以降、体調不良の状態が続き、平成13年5月中旬以降は甚だしい疲労状態になり、Fに対し「死ぬかも知れない」などと訴えていたこと、死亡の前日は特段変わった様子もなく、ケーキを食べ、酎ハイを飲んで午前2時頃就寝したこと、そして午前5時頃までの間に隣で寝ていたFが気付かないまま死亡したこと、当時Tには死に至るような原因疾患があったとは窺えないことが認められる。Tの上記のような行動から、Tは就寝後に発症したと考えられ、発症後極めて短時間に心肺停止に至ったものと認められる。このように、発症後、隣に寝ていたFに異常や苦痛を伝える時間もないほど極めて短時間に心停止に至ったか、又は重篤な意識障害に陥った病態を来す疾患としては、心臓突然死の可能性が高く、その原因疾患としては、心筋梗塞、狭心症など冠動脈疾患のほか、心筋症、原発性不整脈、心臓弁膜症及び先天性心疾患などが考えられるところ、健康診断の結果から、心筋症や心臓弁膜症、先天性心疾患であった可能性は低く、これに対し原発性不整脈のうちの特発性心室細動等は、瞬間的に重篤な意識障害を来たし、続いて心停止となることから、最も可能性の高い疾患であり、特発性心室細動等の致死性不整脈により、極めて短時間に心停止に至ったものと推認される。

 以上によれば、Tは相当程度の身体的及び精神的な負担のある業務を長時間継続してきた上に、その死亡する前1ヶ月間においては、労働時間が300時間を超え、時間外勤務時間も130時間を超えるといった状態で、しかもその間に2日しか休みがなかったことなどから、過重な業務の継続による疲労の蓄積等により、上記のような特発性心室細動等の致死性不整脈が原因となって死亡するに至ったものと推認することができ、これによれば、Tの業務と死亡との間には相当因果関係が存するということができる。

3 控訴人の安全配慮義務違反の有無

 一般に、使用者は、その雇用する労働者に対し、雇用契約に基づき、当該労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務(安全配慮義務)を負うと解される。本件において、控訴人もTに対してかかる義務を負っており、その具体的内容として、労働時間等について適切な労働条件を確保する義務を負っていたものというべきである。しかるに控訴人は、平成13年5月8日から6月6日までの間において、およそ138時間46分にも上る時間外労働にTを従事させ、またこの期間中、Tに対し僅か2日間の休日しか与えず、これによりTは疲労を過度に蓄積していったものであり、控訴人には安全配慮義務違反があったものというべきである。また控訴人は、Tを過重な長時間労働の環境に置き、これに加え、質的にも精神的負荷の高い業務が増加従していたにもかかわらず、Tの業務の負担量に何らの配慮もすることなく、その状態を漫然と放置していたのであって、かかる控訴人の行為は、不法行為における過失(注意義務違反)をも構成するものというべきである。 

 以上によれば、控訴人は、安全配慮義務に違反しており、Tの死亡に対して債務不履行責任を負うとともに、注意義務違反による不法行為責任を負うものと認められる。

4 損害額

Tは、死亡当時24歳で、控訴人に入社後1年強しか経過しておらず、今後も昇給する可能性が合理的に期待されていたというべきである。かかる昇給可能性に照らせば、Tは平成13年賃金構造基本統計調査第1巻第1表の企業規模1000人以上の企業・産業計・男性労働者・大卒・全年齢の年間平均給与額を下らない762万9000円を67歳まで受給できた蓋然性が推認できる。また、Tが死亡時独身であったことを考慮すると、生活費控除率は50%とするのが相当であり、中間利息控除をすると、Tの死亡による逸失利益は6692万8835円と認めるのが相当である。

Tが過重な業務に従事して死亡したことにより被った精神的苦痛の慰謝料は2200万円とするのが相当であり、葬儀費用は140万円をもって相当と認める。

被控訴人らは、労働者災害補償保険金として、遺族補償一時金1164万9000円、葬祭料69万8940円を受け取っているから、これを相殺し、弁護士費用としては500万円をもって相当と認める。
被控訴人らが子であるTを、24歳という若さで亡くしたこと、その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人らの精神的苦痛を慰謝するには、遺族固有の慰謝料として各200万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
民法415条、709条、
労働基準法32条1項
収録文献(出典)
労働判例970号5頁
その他特記事項