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宗教団体教祖・信者控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
宗教団体教祖・信者控訴事件
事件番号
東京高裁 - 平成10年(ネ)第2716号
当事者
控訴人個人2名 A、B

被控訴人個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年07月22日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
 控訴人(第1審原告)A及び同Bは夫婦で、宗教団体S学会に入信していたところ、妻である控訴人Bは、S学会の会長である被控訴人(第1審被告)に昭和48年6月、昭和58年8月、平成3年8月の3回にわたって強姦、暴行を受けた。控訴人Bは、平成4年5月、被控訴人の強姦行為等を記載し、被控訴人に郵送したところ、幹部から解任の通知を受けたほか、無言電話や尾行などの嫌がらせや、新聞や雑誌等で激しい非難を受けた。

 控訴人Bは、3回の強姦により被った精神的損害に対する慰謝料4000万円と弁護士費用567万円、その夫である控訴人Aは慰謝料2500万円と弁護士費用402万円を請求し(旧請求)、その後控訴人らは、被控訴人が昭和42年8月頃から控訴人Bに対し、継続してセクハラ行為を行った旨の主張を追加して損害賠償を請求(新請求)した。
 第1審では、(1)過去3回の強姦を理由とする損害賠償請求に、強姦を含む継続的なセクハラ等を理由とする損害賠償請求を追加することは許されないとし、(2)強姦を理由とする損害賠償請求について消滅時効を認めるなどして、控訴人らの請求を規約したことから、控訴人らはこれを不服として控訴に及んだ。
主文
本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。
判決要旨
 新請求の不法行為は、30年以上の長期間にわたる継続的行為であるが、控訴人のいうとおり旧請求の不法行為を含んでいる。しかし、原告が、ある行為を長期間の継続的行為の一部として主張する場合でも、当該行為についての損害賠償請求権について、時効が進行することは妨げられない。時効が完成している場合には、時効にかかった損害の請求はできないのであるから、それが継続的不法行為の一部の行為であると主張されても、当該行為は、その存否を含めて裁判所の審理の対象とならないものといわねばならない。そうすると、旧請求の不法行為については、時効が完成しているかどうかを審理すべきであるのに対し、新請求の不法行為については、時効が完成していない部分に限定して、不法行為の存否等を審理すべきこととなる。このように、新旧の請求は、審理すべき事項が異なるものといわざるを得ない。

 次に行為主体についてみると、旧請求では、被控訴人が自ら直接行為に及んだ個人として登場しているのに対し、新請求では、被控訴人が単に組織の長として不法行為の要をなしたというに止まらず、S学会やその会員、関係団体等が不法行為の主体として登場しており、後者は実質上団体の行為を対象とするものであるから、審理の方法が複雑化し、審理に要する期間は長期化することが予想される。更に、被侵害利益等についても、旧請求においては強姦行為による貞操侵害という単純な構造であったのに対し、新請求においては輻輳した法律上及び事実上の主張が予想される。

 確かに、控訴人Bが新請求を追加した時期は、提訴後間もない時期であり、しかも控訴人Bは、新請求を追加する前に、継続的な不法行為の主張をするなど、新請求の追加について布石を置いた主張をしている。しかしながら、新請求と旧請求とは、訴訟としての共通性が殆ど見当たらず、これは両者の請求の基礎が異なっていることによるものといわざるを得ない。そうすると、控訴人Bの新請求の追加は、訴えの変更の要件を満たさないものといわざるを得ず、これを許容しなかった原審の措置は正当としてこれを是認すべきものである。

 原判決の認定した事実によると、控訴人Bは、平成4年4月頃には、3回の強姦行為について、被控訴人に対し抗議し、告発する決意を固め、同年5月には、右決意のもとに、「あなたの今までの行動を全部世間に発表し、宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける」と記した手紙を2回にわたり被控訴人宛てに送付し、平成5年12月15日にはS学会を脱退しているというのである。そうすると、控訴人Bが、仮にその主張するような束縛を受けていたとしても、遅くとも平成4年5月までには控訴人主張の宗教団体による呪縛から解放されていたことが明らかである。したがって、控訴人Bが3回の強姦行為により被ったという損害賠償請求権は、本件訴えの提起までの間に3年の消滅時効が完成しており、被控訴人がこれを援用したことによって消滅したものといわなければならない。
 控訴人らは、消滅時効の援用や除斥期間の主張は信義則違反ないし権利濫用により許されないと主張する。しかしながら、控訴人Bは、遅くとも平成4年5月には宗教的な呪縛が取り除かれ、自由に自己の権利を行使し得る状況になったのであるから、その後に消滅時効の完成に必要な期間が経過し、これによって完成した消滅時効を被控訴人が援用したとしても、何ら信義則違反や権利濫用になるものではない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
判例タイムズ1017号166頁
その他特記事項