判例データベース
労働者派遣会社(派遣先会社)事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 労働者派遣会社(派遣先会社)事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成14年(ワ)第3273号(第1事件)、大阪地裁 − 平成14年(ワ)第10066号(第2事件)
- 当事者
- 原告 第1・第2事件原告 個人1名
被告第1事件被告 株式会社(A)
被告 株式会社(B) - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年06月09日
- 判決決定区分
- 第1事件 一部認容・一部棄却、第2事件 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 労働者派遣を主たる業とする被告Aは、平成13年9月23日、大手新聞に同年11月に開店する大型商業施設の販売員400名を募集する旨の求人広告を出した。
原告は、同年10月に被告Aの採用面接を受け、同月13日、「準内定」の通知を受け、同年11月8日、被告A事務所での研修を受け、同月12日、家電量販店である被告B梅田店(本件店舗)内で研修(本件研修)を受けた。原告は、被告Aから出勤スケジュール表の交付を受け、入社式及びオリエンテーションを同年11月19日に行う旨の案内文書の交付を受け、指示に従って、出勤スケジュール表を被告A宛送信した。
被告Aは、被告Bと業務委託契約を締結することを前提に、上記販売員の募集及び研修を行ってきたが、必要な数の販売員を集められなかったこと、募集した販売員の質が被告Bの要求水準に達しなかったことから、被告Bは開店の直前になって、被告Aと業務委託契約を締結せずに、自己で販売することを決定し、その旨被告Aに通告した。これを受けて被告Aは、同月20日、原告に対し、本件店舗での仕事がなくなった旨連絡し、代わりの仕事を案内するよう努力し、案内できなかった場合は詫び金を支払う旨説明し、同月26日、エステのテレホンアポイントの仕事を紹介したが、原告はこれを断った。そこで、被告Aは、同年12月5日詫び金3万2000円を原告の口座に振り込んだ。
原告は、地域労組に連絡し、同労組は被告Aと4回にわたり団交を行ったが、合意に至らなかった。
原告は、被告らの債務不履行又は不法行為により損害を受けたとして、得べかりし賃金相当額212万1000円、被告Aの指示により茶髪を黒く染めたことによる毛染め代1万5000円、慰謝料50万円、弁護士費用25万円を請求した。 - 主文
- 1 被告Aは、原告に対し、25万円及びこれに対する平成13年11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Aに対するその余の請求及び被告Bに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の20分の1と被告Aに生じた費用の10分の1を被告Aの負担とし、原告及び被告Aに生じたその余の費用と被告Bに生じた費用を原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 被告Aとの労働契約の成否
原告は、被告Aから平成13年10月13日に準内定の通知を受けていたところ、同年11月8日に販売員としての研修を受け、髪を色を染め直すよう指示され、誓約書、出勤スケジュール表等の提出を指示された外、被告Bは被告Aに対し、本件店舗において必要な要員を平日120名、土日200名と通知していたのに対し、本件研修を受ける予定の応募者は123名に留まっていたことも考慮すると、本件研修以後、入社式に至るまでの間に、被告Aが原告に対して労働契約を締結するために特段の意思表示をすることが予定されていたとはいい難い。以上によると、原告が被告Aの求人に応募したのは労働契約の申込み、被告Aは本件研修までの一連の行為により、黙示の承諾を与えたというべきであって、これにより原告と被告Aとの間には、いわゆる採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を入社式の同年11月19日とする解約権留保付き労働契約が成立したものと認められる。
2 被告Aの本件就労拒絶が違法か
被告Aは、本件就労拒絶を留保解約権の行使によるものである旨主張するところ、留保解約権に基づく採用内定の取消は、当該事由を理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できる場合に許されるというべきである。
そこで、本件についてこれをみるに、被告Aとの労働契約においては、原告の就業場所が本件店舗に、職種が商品販売業務に限定されていたところ、被告Aとの労働契約成立後、被告Bは、被告Aに対し、同被告の従業員が本件店舗において販売員として就労することを拒絶したのであるから、原告が被告Aとの労働契約に基づき、本件店舗で販売員として就労することは社会通念上不可能となっている。しかも、就業場所・職種を限定する前記特約が存在する以上、被告Aが原告に対し他の就業場所や他の職種での就労を命じることもできない。被告Aとの労働契約においては、このような事態に陥った場合のためにも、同被告に解約権が留保されていたものと推認するのが合理的である。
そこで、解約権留保付きの労働契約が遅くとも成立したと認められる本件研修当時、被告Aに被告Bから本件店舗での就労を拒絶されることにつき予見できたかどうかが問題となる。被告Aは本件店舗の開店に当たり、被告Bに対し、人材の一括管理を提案し、被告Bも被告Aに対し、売場毎に必要な販売促進要員数を記載した書面や自社の販売員行動基準を交付したり、研修のために本件店舗の研修室の使用を認め、自社側のトレーナーに研修を担当させるなどさせていたが、結局被告らの間で業務委託契約書はもちろん、業務仕様書も作成されず、口頭でも提供する販売員の具体的な人数や報酬総額につき合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。しかも、被告Bは本件研修の前日に、被告Aに対し、販売要員の管理を被告Aに委託せず、自社で行う旨通告しているのである。そうすると、被告らの間で本件業務委託契約が成立したとは認め難いというべきである。
しかし、被告Bは、被告Aが本件店舗に関する人員募集の広告や本件研修を行うことを許諾し、本件店舗開店10日前に行われた本件研修においては、自社側のトレーナーにもその研修を担当させ、入店証の作成を了承していたことからすると、被告Aとしては、相当程度の蓋然性をもって、本件店舗の開店までに被告らの間で本件委託業務契約書の作成及び署名・押印がされ、最終的に同契約締結の運びになるであろうとの見通しを持っていたことが推認される。そして、本件研修の時点では、本件店舗の開店が10日後に迫っており、被告Bも、被告Aに対し、同被告が採用した販売員の提供を受けることを前提に、同被告との間で本件業務委託契約に向けて行動していたのであるから、被告Aが、同契約が本件店舗の開店までには成立するであろうとの見通しを持ったこと自体はやむを得ないというべきであり、同被告において、被告Bから本件店舗における就労を拒絶されることまで想定して販売員の採用手続きの進行を中止することが期待されていたとはいい難い。したがって、原告の採用が内定したと考えられる本件研修の後、本件業務委託契約が不成立となることが確定し、限定されていた就業場所・職種での原告の就労が不可能となった以上、留保解約権に基づき原告の採用内定を取り消したことは、解約権留保の趣旨・目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから、被告Aによる解約権の行使は適法かつ有効であるといわなければならない。
原告は、本件解雇が解雇権濫用である旨主張するところ、確かに原告の本件店舗での就労が不能になったことについては、本件業務委託契約が未成立であるにもかかわらず、被告Aが原告の採用手続きを進行させたことがその一因であることは否定できず、被告A自身、本件研修の時点においても、被告らの間で契約書等は作成されておらず、被告Aが本件研修の前日には被告Bから販売要員の管理を被告Aに委託せず自社で行う旨の通告を受けていたことを考慮すると、被告Aは、原告の採用が内定したと考えられる本件研修の時点では、本件業務委託契約が未だ成立していないことを認識していたものと推認されるのであり、したがって同被告としては、本件業務委託契約が最終的に成立に至らず、被告Bから本件店舗での就労を拒絶される事態が生じることもあり得ること自体は認識していたものといわなければならない。しかし、本件研修の時点で、被告Aが、本件店舗の開店までには本件業務委託契約が成立するであろうと判断したことはやむを得ないというべきであるし、同被告が、本件店舗の開店までに被告Bから本件店舗での就労を拒絶される蓋然性が高いと認識していたわけでもなく、本件店舗の開店が10日後に迫っていたことも考慮すると、原告に対し、本件研修を行うなどその採用定続きを進めたことに、留保解約権の行使を濫用とするほどの強い背信性があるということはできない。
以上によると、被告Aが原告の採用内定を取り消したことが、解約権留保の趣旨・目的に照らして社会通念上相当として是認することができないとまではいえない。
3 被告Aの就労条件整備義務違反の有無
原告の採用が内定したと考えられる本件研修の時点においては、未だ本件業務委託契約は成立しておらず、被告Aとしても、原告の本件店舗での就労が不能となる可能性があることについては認識していたのであり、したがって被告Aは本件業務委託契約が結果的に不成立となり、原告の本件店舗での就労が不能となった場合には、留保解約権を行使せざるを得ないことを容易に予測することができたのであるから、そのような不安定な地位に原告を措いた者として、原告に対し、本件業務委託契約が不成立となり、本件店舗での就労が不能となる可能性の存在を告知して、それでも労働契約の締結に応じるか否か原告に選択する機会を与えるべき信義則上の義務を負っていたというべきである。しかし、被告Aが原告にそのことを告知したと認めるに足りる証拠はないから、同被告はこの義務を怠ったというべきである。そうすると、被告Aは不法行為に基づき、この義務違反と相当因果関係を有する原告の損害を賠償する義務があるといわなければならない。
4 原告と被告Bとの間の労働契約の成否
原告は、被告Bとの間には使用従属関係があったと主張する。しかし、原告と被告Bとの間で労働契約が成立したというためには、両者の間に黙示的に意思表示の合致があったと認めるに足りる事情が存在する必要があるところ、本件店舗で就労する予定の原告らの労働条件の決定や採用手続きは人材派遣業者である被告Aが独自の判断で行っていたもので、それらの点について、被告Bが被告Aを支配し、実質的に決定する関係にあったとは認め難いし、原告が労働契約の相手方を被告Bと認識して行動していたと認めるに足りる証拠もない。かえって、原告は、被告Aが人材派遣会社であることを認識しながら、その求人募集に応募し、同被告との雇用契約であることが明記されている誓約書並びに承諾書の提出を求められるとともに、同被告による本件就労拒絶後も主として同被告と新たな就業場所について交渉していたのであって、原告が被告Bの指揮命令下で就労することはなかったことも考慮すると、原告と被告Bとの間に黙示的に労働契約が成立したとは到底認 めることはできない。
原告は、本件業務委託契約が労働者派遣法や職業安定法に違反する違法な労働者供給契約である旨主張するが、本件業務委託契約が前記各法律に違反するか否かは必ずしも明らかではないし、仮に本件業務委託契約の内容に法律に違反する点があったとしても、原告と被告Bとの間に直接の労働契約が成立したものと認めることはできない。
5 被告Bの就労条件整備義務違反の有無
被告Bは、本件業務委託契約の締結交渉において、被告Aに対し、売場毎に必要な販売要員促進要員数を記載した書面や自社の販売員行動基準を交付したり、被告Aが募集した人員に対する研修を行うために本件店舗の研修室の使用を認めただけではなく、被告B側のトレーナーもその研修を担当し、被告Aが被告Bの名称を使用した本件店舗に関する人員募集の広告を行うことを認めるなど、被告Aが採用した販売員の提供を受けることを前提に、被告Aとの間で業務委託契約締結に向けて行動しており、被告Aに対し、本件業務委託契約成立への期待を与えたばかりか、本件店舗での研修に参加した原告に対しても、本件店舗で就労できる旨の期待を抱かせたことは否定できない。
しかし、被告Bとしては、本件店舗の新規開店に当たり、営業の中核となる販売員の提供をも含む本件業務委託契約を締結するか否かを自ら決定する自由を有していることは当然であり、被告Bは被告Aに対し、必要な要員を平日120名、土日200名と通知していたところ、被告Aが募集することができた人員は本件店舗の開店まで10日に迫った時点においても、全員で123名に過ぎず、その中でも被告Bの服務規程に反している者が6名も認められたのであるから、被告Aが募集した応募者の質も考慮して、被告Aとの本件業務委託契約の締結を取り止めたからといって、信義則に反するとまではいえない。
6 原告の損害の有無とその額
原告は、得べかりし賃金額を損害として主張するが、被告Aが原告の採用内定を取り消したこと自体は適法かつ有効であるから、原告の主張は失当である。原告は、被告Aの告知義務違反により、被告Aとの労働契約を締結するか否かを自由に決定する機会を喪失したというべきであり、このことや諸般の事情を考慮すると、原告が同被告の前記告知義務違反の行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である。そして、弁護士費用は5万円と認める。 - 適用法規・条文
- 民法415条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例878号20頁
- その他特記事項
- 本件第2事件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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