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派遣労働者解雇仮処分事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- 派遣労働者解雇仮処分事件
- 事件番号
- 宇都宮地裁栃木支部 - 平成21年(ヨ)第1号
- 当事者
- その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年04月28日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は、全国に48の営業所と3つの工場を有し、労働者派遣業を主たる業務とする会社であり、I自動車との間の労働者派遣契約に基づき、同社栃木工場に37名の労働者派遣を行っていた。一方債権者は、派遣労働者として債務者に雇用され、平成20年10月1日から平成21年3月31日まで契約を更新されてI自動車に派遣されていた。
債務者は、平成20年11月中旬に、I自動車から同年12月26日付けで労働者派遣契約を解除するとの通知を受け、これを受けて同年11月17日付けで、債権者ら派遣労働者に対して同年12月26日をもって解雇する旨解雇予告をし、解雇予告通知書に署名押印を求め、残った有給休暇5日分を有償で買い上げることを伝えた。債権者を含む派遣労働者らは、この指示に従い退職届及び休暇届を作成し、債務者はこれらを全て徴収した。
債務者は、本件退職届によって、派遣労働者との間で労働契約の解約の合意が成立したものと判断したが、債権者は、債務者が退職届について退職に合意することを意味する文書であるとの説明を一切しておらず、退職を承諾したものではないこと、本件解雇は労働契約期間中の解雇であり、解雇権濫用法理より厳格な「やむを得ない事由」を必要とするところ、整理解雇の4要件を満たしていないことから、本件解雇は無効であるとして、従業員としての地位の確認と、賃金79万円余の支払いを請求した。
これに対し債務者は、債権者との間で合意解約が成立していること、仮に合意解約が認められず、本件解雇予告通知書の交付が解雇と解されるとしても、債務者の親会社のグループの業績が平成20年9月以降大幅な減収になっており、債務者の業績悪化も深刻であるから、民法628条ないし労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」があると主張して、本件労働契約終了の正当性を主張した。 - 主文
- 1 債務者は、債権者に対し、金50万9600円を仮に支払え。
2 債権者のその余の請求を却下する。
3 申立費用は、債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件労働契約の合意解約の成否
債務者は、債権者ら派遣労働者に対して、書面の交付と口頭による本件解雇の予告の正規の通知をしたほかに、別途、合意退職を申し入れた事実は存在せず、債務者が債権者ら派遣労働者に対して、派遣労働契約を合意解約する新たな申込みの意思表示を口頭でしたとの債務者の主張が事実に反することは明白であり、債務者主張の本件労働契約の合意解約が成立していないことは、明らかである。のみならず、債務者は、債権者が所属する労働組合との労使交渉において、債権者が退職届を任意に債務者に提出したことをもって、債務者と債権者との間で労働契約の合意解約が有効に成立したと主張し、本件仮処分手続きにおいても、合意解約の主張の撤回を一貫して拒否し、派遣労働者に対して正規に解雇予告をしたという明白な事実ですら一貫して認めようとしないことからすれば、債務者は、後日、債権者ら派遣労働者から解雇の効力を争われることのないよう、任意の合意契約の体裁を整えて、派遣労働契約を全て解消することを企図して、その意図を秘して、派遣労働者全員に対し退職届を作成するよう、逐一指示してこれを徴収するに至ったものと推認することが十分可能であって、かような債務者の解雇手続きは、労使間に要求される信義則に著しく反するものであり、明らかに不相当であるといわざるを得ない。
2 本件解雇の有効性の有無
本件労働契約は期間の定めのある労働契約であることは、当事者間に争いがないところ、期間の定めのある労働契約は「やむを得ない事由」がある場合に限り、期間内の解雇(解除)が許される(労働契約法17条1項、民法628条)。このことは、その労働契約が登録型を含む派遣労働契約であり、たとえ派遣先との間の労働者派遣契約が期間内に終了した場合であっても異なるところはない。
この期間内の解雇(解除)の有効性の要件は、期間の定めのない労働契約の解雇が権利の濫用として無効となる要件である「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労働契約法16条)よりも厳格なものであり、このことを逆にいえば、その無効の要件を充足するような期間内解除は、明らかに無効であるということができる。そこで、本件解雇の有効性について、解雇権濫用法理として、整理解雇の4要件として挙げられている、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避の努力、(3)被解雇者選択の合理性、(4)解雇手続きの相当性の要件を判断することとする。
債務者は、I自動車から労働者派遣契約を解除する通知を受けた後、派遣労働者を解雇する以外の措置を何ら取っていない。債務者が本件のように直ちに派遣労働者の解雇の予告に及ぶことなく、派遣労働者の削減を必要とする経営上の理由を真摯に派遣労働者に説明し、希望退職を募集ないし勧奨していれば、これに応じた派遣労働者が多数に及んだであろうことは推認するに難くなく、そうすれば期間内の解雇に敢えて及ぶことはなかったであろうと推測することができる。
債務者は、債権者との派遣雇用契約書において、派遣労働者の責によらない本契約の中途解約に関しては、他の派遣先を斡旋する等により新たな就業機会の確保を図る旨約定し、本件解雇予告通知書においてもその旨告知し、派遣労働者に対して解雇を承諾する文言欄に署名押印を求めていながら、本件解雇予告以降、債権者に対して具体的な派遣先を斡旋するなど、就業機会確保のための具体的な努力を全くしていない。このことは、I自動車栃木工場を派遣先とする他の派遣会社が現に派遣労働者に対して新たな派遣先の斡旋活動をしている事実や、本件と同種の事案で、他の派遣会社が派遣労働者に対して新たな就業先を斡旋している事実を併せ考慮しても、看過し難い態度であるというべきである。
債務者は、派遣労働者の解雇の必要性に関して、債権者ら派遣労働者に対して、I自動車との労働者派遣契約が終了することを一方的に告げるのみであって、人員削減の必要性を全く説明しておらず、かえって、今回の解雇が当然のものであるかのように一方的に解雇の手続きを進めたといわざるを得ず、その解雇手続きは相当なものということはできない。のみならず、本件における解雇手続きは、派遣労働者らによる任意の意思決定に基づく「合意解約」との体裁を整えて、派遣労働契約を全て解消する意図を秘して、派遣労働者全員に退職届を作成するよう、逐一指示して行われたものと認められ、この解雇の手続きは、労使間に要求される信義則に著しく反し、明らかに不相当である。
債務者の経営状況等は相当に厳しいものと評価することができるが、他方、債務者の財務状況について、(1)利益剰余金は98億円余という多大の金額であり、(2)自己資産比率は、一般的に30%を超えれば優良と評価されるところ、約60.5%と健全であり、(3)流動比率は一般的に200%以上が理想的とされるところ、約243%と健全であり、(4)当座比率も一般的には100%以上が理想とされているところ、123.6%と健在であることが一応認めることができる。したがって、債務者が本件解雇の予告をした平成20年11月の時点で、派遣労働者全員に対し、希望退職の募集をしたならば、これに応じた派遣労働者が多数に及んだものと推認されるところ、上記債務者の財務状況によれば、平成20年1月以降に、債権者ら少数の派遣労働者との間の派遣労働契約を期間内にもかかわらず敢えて解消し、同年1月から3月までの期間内の賃金の支出を削減する必要性は、およそ認め難いといわざるを得ない。
上記各事情を総合すれば、本件解雇について、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に該当することは自明であり、したがって本件労働契約の期間中の解雇(解除)について「やむを得ない事由」があると解し得ないことは明白である。以上によれば、本件解雇は、明らかに無効というべきである。 - 適用法規・条文
- 民法628条、労働契約法16条、17条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例982号5頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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