判例データベース
P社(本訴)事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- P社(本訴)事件
- 事件番号
- 神戸地裁 - 平成15年(ワ)第1068号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人1名、外国法人 - 業種
- 卸売・小売業・飲食店
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年08月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告会社は、洗濯洗剤関連製品、紙製品等の研究開発、販売等を目的とする外国法人であり、原告(昭和23年生)は、昭和52年1月にV社に入社し、昭和62年7月に被告会社に移籍した者である。 平成13年4月当時、被告会社は経営効率改善の一環として、原告が担当していたMDOのCMK(市場戦略・市場調査)の業務内容や職務分担を見直し、原告の上司として着任した被告は、原告の業務がなくなると判断して、原告に対し特別優遇措置を用意して退職を勧奨したが、原告はこれを拒否した。 同年5月24日、被告は、人事本部長D、法務本部長E、営業統括本部長F及び人事部Gとともに原告と面談し、原告のMDOのCMKでの職務の70%を占めていた業務であるスキン・ジャパン(システムを通じて日本の消費者の消費動向・嗜好データを集約して分析する業務)が廃止になり、その他の業務はGBS(ビジネスサービスの提供を担当する部門)に移管されると説明した上で、(1)引き続き被告Cの部下になる、(2)新任務では特に仕事はないが、毎日会社に出て来る、(3)新職務はバンド1に位置付けられる、(4)給与は減らさないが、ストック・オプションの権利がなくなる、(5)特定の仕事はないが、社内公募で他の職務を探すことはできる、(6)同僚の業務を妨げない、(7)原告の職場を移動する、ことを内容とするスペシャル・アサインメント(SA)を内示したところ、原告は、引き続き従前の職場に留まり、本件SAに合意しない旨の文書を送付した。 原告は、管理職ユニオンに加入し、3回にわたる団交を持ったところ、被告会社は原告に対し、平成14年1月17日付け書面により、同月22日をもって原告をGBSのマーケット・メジャメント(MM)に異動し、バンド2に位置付ける等を内容とする本件職務記述書を交付した(本件配転命令)。これに対し原告は、本件配転命令には従わないこと、従前通りの職位、職場であれば就労する意思があることを通知したところ、被告会社はそれ以降の賃金の支払いを停止した。 原告は、平成14年8月27日に賃金支払等を求める仮処分命令の申立てをなし、裁判所は平成15年3月12日、本件SA及び本件配転命令を無効と判断し、被告会社に月額50万円の賃金の仮払を命ずる仮処分決定をなした。 原告は、本件SAは配転命令であるところ、その根拠がないこと、人事権の濫用に当たること、バンド3からバンド1への降格を伴う著しい不利益があることから無効であること、本件配転命令は、労働契約違反であること、シニアマネージャーという専門性が高い業務に従事していた原告を単純な事務的業務に就けることは人事権の濫用に当たること、バンド3の地位にあった原告をバンド2に降格し、バンド3の上司の指揮監督下に置くことは権限の著しい縮小であること、ストックオプションを受ける地位を奪われ、今後の昇給も期待できないことは著しい経済的不利益に当たることから無効であると主張して、被告会社に対し、給与及び賞与の支払い、並びに被告らに対し、昇給の機会を奪われたことによる損害200万円及び精神的苦痛に対する慰謝料300万円を請求した。
- 主文
- 1 原告と被告P&G・ファー・イースト・インク(以下「被告会社」)との間において、被告会社が平成14年1月17日付けでなした配置転換命令に、原告が従う義務がないことを確認する。
2 被告会社は、原告に対し、平成14年2月から平成15年4月までの各月につき、別紙1未払賃金の一覧表・未払賃金額欄記載の各金員並びに同各金員のうち同年1月分の金員を除く各金員に対する同一欄表・支給日記載の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員、内金63万9246円に対する同年1月26日から同年9月24日まで年5分の割合による金員及び内金36万9246円に対する同月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
(1)被告会社は、原告に対し、本判決確定の日まで、平成15年5月から毎月25日限り金63万9246円、同年以降、毎年6月の第1金曜日限り金171万円、毎年12月の第1金曜日限り金176万7000円(但し、同年12月5日は金159万9800円)を支払え。
(2)原告の被告会社に対する本判決確定の日の翌日以降に期限が到来する賃金(給与及び賞与)の請求にかかる訴えを却下する。
4
(1)被告らは、原告に対し、連帯して、金150万円及びこれに対する被告会社は平成15年5月24日から、被告Cは同年6月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。5 訴訟費用は、これを7分し、その1を原告の、その余を被告らの負担とする。6 この判決は、主文第2項、第3項(1)、第4項(1)に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件スペシャル・アサインメントは違法、無効であったか
使用者は、個々の労働契約において特に職種又は勤務場所を限定している例外的場合を除いて、労働力に対する包括的な処分権に基づき、労働者に対し、その職種及び勤務場所を変更する配転命令権を有していると解されるところ、本件において例外的事由は認められず、むしろ、被告会社の就業規則には、勤務地の変更を伴う異動に関する規定が設けられており、これは被告会社に勤務地の変更を伴わない配転命令権があることを前提にしているものと見ることができるし、原告と被告会社間の労働契約上も、正当な事由がない限り、被告会社がその運営上命ずる異動(勤務地変更・配置転換)に従う旨の合意が存するから、被告会社は原告に対する配転命令権を有するものと認められる。もっとも、被告会社が配転命令権を有するとしても、これを無制約に行使し得るものではなく、その行使が人事権の濫用に当たる場合には、当該配転命令は無効となると解される。そして、人事権の濫用の有無の判断は、業務上の必要性と、従業員が受ける不利益との比較考量によるべきであり、業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは従業員に対し通常甘受すべき程度を超える不利益を負わせるものであるときなどには、当該配転命令は人事権の濫用に当たると解するのが相当である。 被告会社は、本件SAは実質的には待機命令であって、配転命令の判断基準でその有効性を判断すべきでない旨主張するが、本件SAは、原告に対し、社内で他の職務を探すことを新たな職務とし、職場の移動も命じており、また職位をバンド3からバンド1に変更していることからすると、新たな職務の特殊性を考慮しても、単なる待機命令であるとはいえず、原告の職種の変更をもたらすもので、配転命令に当たるというべきである。 原告には、市場調査に関し、MDO-CMKにおいてスキャン・ジャパンと同時並行的に行っていた職務があり、スキャン・ジャパン以外の職務が全てGBSに移管されるのではなかったし、少なくとも引継ぎ事務などの仕事があったものと想定される。そうだとすると、本件SAの発令の時点で、MDOのCMKにおいて、原告がなすべき職務がなかったとはいえず、それにもかかわらず、被告会社が早々に原告に従前の仕事を止めさせ、専ら社内公募制度利用して他の職務を探すことだけに従事させようとしたのは、実質的に仕事を取り上げるに等しく、いたずらに原告に不安感、屈辱感を与え、著しい精神的圧力をかけるものであって、恣意的で合理性に欠けるものというべきである。 被告会社は原告に対し、原告に社内公募制度を利用して新たな職務を見つけるよう指示しているが、社内公募制度の利用は、通常の職務を継続しながらでも可能であり、敢えてそれに専念させる必要はなく、むしろそれだけに専念すると、勤務時間の多くを無為に過ごさざるを得なくなり、それは原告に強い疎外感や心理的圧迫感をもたらすであろうと思われる。被告会社としては、原告が退職勧奨を拒否し、被告会社に残ることを明言している以上、自ら原告の意見を聴取し、業務上の必要性や適正な人材配置を検討し、原告のために新たな職務を確保すべきであったと考えられる。以上により、本件SAは、業務上の必要性を欠いていたと認めるのが相当であり、原告に不安感、屈辱感を与え、精神的圧力をかけて任意退職に追い込もうとする動機・目的によるものと推認することができる。 原告は、本件SAにより、職位をバンド3からバンド1に低下させられたところ、給与額の低下はないものの、招来の昇給の可能性がないことになり、経済的不利益がある。また被告会社は、定期昇給がないことから、給与レンジの変更と昇給の可能性とは直結しないかのように主張するが、一定の成績を上げればそれに応じた一定の昇給を得られるという機会は、従業員として等しく補償されているものと考えられるから、給与レンジによって昇給の可能性が制約され、その機会さえ保障されないことは不利益といわざるを得ない。更に原告は、通常の職務も与えられず、新たな職務を探すことだけに従事させられたものであり、自己の能力を発揮する機会を与えられず、正当な評価を受ける機会を保障されないという職業生活上の不利益を受けたものということができる。以上によれば、原告は本件SAにより、通常甘受すべき程度を超える不利益を受けるものと認められる。 以上の次第で、本件SAは、業務上の必要性を欠いているし、原告を退職に追い込もうとする動機・目的をもってなされたものであり、更には原告に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、人事権の濫用に当たり、無効であると認められる。
2 本件配転命令の効力
本件配転命令により原告をGBSのMMに異動させることが業務上の必要性を欠くとはいえないが、本件配転命令は、原告の職位をバンド3からバンド2に低下させるものであるところ、新職務の中心であるCBDのためのマーケット・メジャメント・データ分析及び助言という職務が原告のMDOのCMKにおける業務と同一であり、これが単純な事務的業務でなく原告の知識・経験を生かせる業務であり、職務の専門性等において差異がないと思われる。また被告会社は業務を拡大して新職務を設けたのであるから、バンド3のポジションを増やすことも支障がないはずであり、その他の点も、原告の職位を敢えてバンド2に低下させる理由として薄弱である。のみならず、原告において勤務成績不良等の職位低下をさせられてもやむを得ない事由があったことは認められないし、原告と被告会社との本件紛争の発端となった退職勧奨も、経費節減等の目的による被告会社の組織改革に起因しており、原告に何らかの責任があったものではない。そして、本件配転命令が原告に不利益を与えるものであることを考慮すると、その業務の必要性については厳格に考えるべきである。 以上によれば、本件配転命令は、原告をGBSのMMに異動させ、上記のような新職務を担当させるとの限りでは業務上の必要性を欠くとはいえないが、原告の職位をバンド3からバンド2に低下させた点は、業務上の必要性が乏しいというべきである。 原告は、本件配転命令が、原告を退職に追い込もうとする動機・目的によるものであると主張するが、原告の新職務が単純な事務的業務であるとはいえず、むしろ、被告会社は、もはや原告が自主的に退職することは考えられなくなった状況で、真に原告に就労の機会を設けたものと見ることができる。しかしながら、原告が、本件配転命令により、その職位をバンド3からバンド2に低下させられることは、当面給与の減額がないとしても、給与レンジの相違から、将来の昇給の可能性を制約される点で不利益を受けることは明らかである。 また、バンドは、被告会社の昇進、昇格及び昇給の基準となるものであり、個々の従業員の業績や経験、能力、職責等に応じて職位が上昇するものであること、原告も長年の業績を評価されてバンド3に達したものであること、本件配転命令による原告の異動先であるGBSのMMにはバンド3に位置付けられた従業員Jがおり、原告がバンド2の位置づけで異動すると、Jが原告の上司となり、従来より権限が縮小されること、Jは過去に原告の部下であったことが認められる。更に原告がバンド2に低下すると、ストック・オプションを受ける資格を失い、それが具体的な経済的損失に直結するものではないものの、そのような資格を失うこと自体が不利益であると認めて差し支えない。そして、原告が本件配転命令により受ける不利益は、通常甘受し難いものと認められる。 以上によれば、本件配転命令は、原告をGBSのMMに異動させ、職位をバンド3からバンド2に低下させる点は、業務上の必要性が乏しく、不当な動機によるものであり、また通常甘受し難い不利益を受けるものと認められるから、人事権の濫用と評価すべきである。そして本件配転命令のうち、原告の職位をバンド3からバンド2に低下させる部分と、その余の部分(新職務を担当させる部分)とは一体のものであり、これを切り離し、原告において前者の部分についてのみ従うことが可能であったとも認められないから、結局本件配転命令は全体として無効であるとみて差し支えない。
3 被告らの損害賠償責任の成否
被告会社は、原告に対し、労働契約上の附随義務として、原告を適切に就労させ、不当な処遇をしてその人格の尊厳を傷つけないよう配慮すべき義務を負っていると解するのが相当である。しかしながら、被告会社は、原告に対し、違法・無効な本件SAをなし、かつこれに従うことを強要して原告を通常の業務に就かせず、被告らの言動も相まって、原告をして、その能力を発揮して正当な評価を受ける機会を与えないばかりか、退職に追い込むべく原告の不安を煽り、屈辱感を与え、精神的圧力をかけたものであるし、更に人事権を濫用して原告の職位をバンド3からバンド2に低下させる本件配転命令をなした上、原告がこれに従わないことを理由に原告に対する賃金の支払いを停止し、仮処分手続きをとることを余儀なくさせ、また社内のネットワークから排除するなどしたのであるから、上記配慮義務に違反したものとして、原告に対し、債務不履行による損害賠償責任を負うというべきである。 被告は、被告会社の原告に対する違法行為を主導したものであるから、原告に対し不法行為責任を負うと認められる。
4 損害額
原告が、被告らの上記配慮義務違反ないし不法行為により通常の職務に就くことができず、能力を発揮し、昇給の機会を得ることができなかった無形の損害を50万円とし、不安感や屈辱感、精神的圧力等を味わったことによる精神的苦痛に対する慰謝料を100万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例880号52頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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