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T社内部告発事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- T社内部告発事件
- 事件番号
- 富山地裁 - 平成14(ワ)第17号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年02月23日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、貨物自動車運送事業等を業とする会社であり、原告は昭和45年3月、大学を卒業して被告に入社した者である。
原告は、昭和48年に岐阜営業所に異動した後、運送業界においてヤミカルテルが取り決められていることを知り、昭和49年7月末、Y新聞名古屋支局に本件ヤミカルテルを告発し、同年8月1日付けの同紙にその記事が掲載された。更に原告は、同年8月公取委中部事務所に本件ヤミカルテルを告発し、運輸労連幹部に対しても本件ヤミカルテルを破棄させるよう努力すべきと主張した。また同年12月、原告は岐阜営業所を訪れた副社長に対し、不正行為を止めるよう直訴したが、副社長はこれを拒絶した。
昭和49年9月、原告は神奈川県の営業所に異動となり、運輸省や日消連に対しヤミカルテルの実態を訴えたところ、昭和50年1月に東京本部に異動となり、内部告発を理由に幹部から厳しく退職を迫られた。原告は同年10月に旧教育研修所に異動になり、他の職員と隔離されて2階の個室に配席され、トレーラーコースの清掃管理や草刈り、研修生の送迎等の雑務しか与えられず、昭和48年に主事補・4級に昇格した以降昇格もなかった。被告の職員は一般に毎年4号ずつ昇級するが、原告は昭和63年までは2号又は3号、平成元年から平成4年までは1号の増加であった。また、同期同学歴入社の者の中で原告を除き最も昇格が遅い者でも、遅くとも昭和52年には5級に、昭和59年1月には7級に昇格している。
被告は、昭和51年3月頃、県議会議員方に市役所職員である原告の兄を呼び出し、原告の退職を説得するよう依頼し、同年4月には暴力団員が原告方を訪れ、原告や家族に対し危害を加えるような言動をして脅迫し、原告の退職を要求した。また、被告の取締役は、原告に対し直接退職を迫っただけでなく、兄に対しても、原告を説得できないのなら市役所を辞めさせると脅迫した。
平成4年6月、研修機能が旧教育研修所から厚生年金会館内(新教育研修所)に移ることとなったが、原告は宿直を伴うような仕事には変わりたくない旨主張して新教育研修所への異動を拒否した。その後の話合いで原告は所長から説得を受けて異動に同意したが、その職務は概ね旧教育研修所時代と同様に補助的な業務で、平成12年6月になってようやく6級に昇格した。
原告は、四半世紀を超える長期間にわたり、本来の業務を取り上げられて昇格停止などの経済的差別を受けたとして、(1)その精神的苦痛に対し慰謝料1000万円、(2)昇格差別等による財産的損害3970万円、(3)弁護士費用430万円を被告に対し請求した。これに対し被告は、不当な差別はなかったと主張するほか、原告主張の事実の多くは時効により消滅している旨主張して争った。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、1356万7182円及び内金1188万5811円に対する平成14年2月3日から、内金168万1371円に対する平成16年6月5日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は1項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 内部告発の正当性
被告が、現実に、(1)他の同業者と共同して本件ヤミカルテルを結んでいたこと、(2)容積品の最低換算重量を正規の重量を超える重量に設定し、輸送距離の計算を遠回りの路線で行うなどして認可運賃を超える運賃を収受していたことが認められる。また、原告がこれらを違法又は不当と考えたことについても合理的な理由があるから、内部告発に係る事実関係は真実であったか、少なくとも真実であると信ずるに足りる合理的な理由があったといえる。
(1)の本件ヤミカルテルは公正かつ自由な競争を阻害し、ひいては顧客らの利益を損なうものであり、(2)はより直接的に顧客らの利益を害するものであるから、告発内容に公益性があることは明らかである。また原告はこれらの是正を目的として内部告発をしていると認められ、原告が個人で、かつ被告に対し内部告発後すくに自己の関与を明らかにしていることに照らしても、およそ被告を加害するとか、告発によって私的な利益を得る目的があったとは認められない。
内部告発方法の妥当性についてみると、原告が最初に告発した先は全国紙の新聞である。
報道機関は本件ヤミカルテルの是正を図るために必要な者といい得るものの、違法な行為の内容が不特定多数に拡がることが容易に推測され、少なくとも短期的には被告に打撃を与える可能性があることからすると、労働契約において要請される信頼関係維持の観点から、ある程度被告の被る不利益にも配慮することが必要である。
原告は、副社長に対して直訴しているが、経営のトップに準じる者にいきなり訴える方法はいささか唐突に過ぎるきらいがあり、しかもその内容は主として中継料の問題であり、原告はヤミカルテルを是正すべきとは明確に言わなかったことからすると、この直訴や所長に対する訴えでは、本件ヤミカルテルを是正するための内部努力としてやや不十分であったといわざるを得ない。しかし、他方、本件ヤミカルテル及び違法運賃収受は、被告が会社ぐるみで、更には運送業界全体で行われていたものである。このような状況からすると、管理職でもなく発言力の乏しかった原告が、仮に本件ヤミカルテルを是正するために被告内部で努力したとしても、被告がこれを聞き入れて本件ヤミカルテル廃止等のために何らかの措置を講じた可能性は極めて低かったと認められる。このような被告内部の当時の状況を考慮すると、原告が十分な内部努力をしないまま外部の報道機関に内部告発したことは無理からぬことというべきであって、その方法が不当であるとまではいえない。
以上のような状態、すなわち、告発に係る事実が真実であるか、真実であると信じるに足りる合理的な理由があること、告発内容に公益性が認められ、その同期も公益を実現する目的であること、告発方法が不当とまではいえないことを総合考慮すると、原告の内部告発は正当な行為であって法的保護に値するというべきである。
2 原告に対する不利益な取扱いの有無―1
被告は、少なくとも原告がY新聞への内部告発に関与したことを明確に意識していて、原告の行動を強く嫌悪し、とりわけ原告本人のみならず、原告の兄に対して威迫とも受け取れる発言までして原告を退職させようとしている事実は、嫌悪の程度が極めて強度であったことを窺わせる。以上によれば、被告が、原告の内部告発に対する報復として、原告を旧教育研修所に異動させた上、業務上の必要がないのに原告を2階の個室に置いて他の職員との接触を妨げ、それまで営業の一線で働いていた原告を極めて補助的で名目もない雑務に従事させ、更に昭和50年10月から平成4年6月までという長期間にわたって昇格させないという原告に不利益な取扱いをしたこと及び原告に対する退職強要行為をしたことは明らかである。
原告を旧教育研修所に異動させたのは、原告の適性を考慮したものではないことは明らかであり、原告を2階の個室で勤務させたことには合理性がない。また被告は、原告が旧教育研修所に異動してから一切昇格しなかったのは、原告の勤務態度に問題があったためと主張するが、原告の仕事ぶりが劣悪であったと評価すべき具体的事情は認められないし、被告は原告に対し熱意や積極性が現れにくい種類の仕事しか与えていなかったのであるから、その仕事ぶりを原告に不利に評価することは著しく不公平である。また原告が報道機関に投書するなどして、「異動拒否」、「退社の決意」を公然と表明した事実が認められるが、これらは被告による処遇に抗議する意味で行ったものと認められ、これを仕事や昇進への熱意や意欲のなさと結びつけることが正当とはいえない。以上によれば、被告の主張する事実は、いずれも人事考課等において、原告を不利益に評価するには足りないものであるか、不利益に評価することが法律上許されないと解すべきものであるから、昇格格差を生じさせる等の取扱を合理的に説明し得るものではないというべきである。
被告が原告を旧教育研修所に異動させた上、2階の個室に配席し、極めて補助的な雑務をさせていたこと、原告に昇格がなかったことは、いずれも原告が内部告発を行ったことの報復として、原告を不利益に取り扱ったものと認められ、また被告の原告に対する退職強要行為も、原告の内部告発を理由として行われたものと認められる。
3 原告に対する不利益な取扱の有無―2
新教育研修所に移った後には物理的に他者との接触を妨げられる状態ではなくなっていたものの、ほとんど雑務しか与えられず、昇格が停止されていたことは、旧教育研修所の処遇と同様なものである。そうすると、新教育研修所に移った後の処遇も、原告の内部告発を嫌悪したことを理由としてなされたものと認められる。しかし原告は、新教育研修所へ移る際に、主として休日が日曜日でなくなるとの理由で異動を拒んだり、被告が提案した異動先を一蹴し、希望する異動先を聞かれても現実的でない希望を述べていて、これらは配置、異動、担当業務の決定及び人事考課、昇格等(以下「配置等」)の人事権の行使に際して原告に不利益に評価されてもやむを得ない事情である。その後人事部長の指示で点呼等の仕事があったことに照らしても、この頃原告に対する処遇を見直す機運があったことが強く窺われるから、この時点で異動に応じるなどしていれば、担当する仕事の面でも昇格等の面でも、現在までとは多少なりとも異なる取扱いを受けた可能性があったというべきである。そうすると、新教育研修所に移ってからの原告に不利益な殊遇は、基本的には内部告発を理由とするものであるが、原告に対する正当な評価に基づく部分も含まれていると認められ、これらは因果関係ないし損害額の算定において考慮されるべきである。
4 責任原因
人事権の性質上、その行使は相当程度使用者の裁量的判断に委ねられるが、このような裁量権もその合理的な目的の範囲内で、法令や公序良俗に反しない限度で行使されるべきであり、これらの範囲を逸脱する場合は違法であるとの評価を免れない。また、従業員は、雇用契約の締結・維持において、配置等について使用者に自由裁量があることを承認したものではなく、これらの人事権が公正に行使されることを期待しているものと認められ、このような従業員の期待的利益は法的保護に値するものと解される。
これを本件に即していえば、原告の内部告発は正当であって法的保護に値するものであるから、人事権の行使においてこのような内部告発を理由に不利益に取り扱うことは、配置等の本来の趣旨目的から外れるものであって、公序良俗に反するものである。また従業員は、正当な内部告発によっては配置等について他の従業員と差別的待遇を受けることがないという期待的利益を有するものといえる。そうすると、原告を旧教育研修所に異働させて個室に置いた上雑務にのみ従事させ、新教育研修所においても同種の仕事しか与えなかったこと、原告の昇格を停止したことは、人事権の裁量の範囲を逸脱する違法なものであって、これにより侵害した原告の期待的利益について、不法行為に基づき損害賠償すべき義務があるというべきである。
従業員は、雇用契約の締結・維持において、人事権が公正に行使されることを期待し、使用者もそのことを当然の前提として雇用契約を締結・維持してきたものと課される。そうすると、使用者は信義則上、合理的な裁量の範囲内で人事権を行使すべき義務を負っているというべきであり、その裁量を逸脱した場合には債務不履行責任を負うと解すべきである。本件では、原告の内部告発は正当な行為であるから、被告がこれを理由に原告に差別的な処遇をすることは、その裁量を逸脱するものであって、正当な内部告発によっては人事権の行使において不利益に取り扱わないという信義則上の義務に違反したというべきである。したがって、被告は原告に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
5 消滅時効の成否
被告の各行為は、原告の内部告発を嫌悪し、これを理由としてなされたものであって、継続的な同一意思に基づくものであるとはいえるが、不法行為又は債務不履行の具体的内容は原告に精神的損害を与えたことであって、これらの損害は、各賃金支払期又は日々発生しているのであって、当然に一体の1個の行為であるとはいえず、あくまで個々の不法行為又は債務不履行が継続的に行われたに過ぎないものと認められる。そうすると、本件訴えを提起した平成14年1月29日の3年前の日より前になされた不法行為に基づく損害賠償請求権と、10年前の日より前になされた債務不履行に基づく損害賠償請求権は、いずれも時効により消滅したというべきである。6 損害の発生及びその額並びに因果関係の有無
平成4年1月29日より前になされた差別的処遇(債務不履行)に基づく損害賠償請求権そのものは時効により消滅したものであるが、同日以降の差別的処遇は、昭和50年10月から長期間にわたって一貫してなされた処遇と基本的に同質のものであるから、同日以後の差別的処遇に基づく精神的損害の評価に当たってもこのような事情を考慮するのが相当である。もっとも、平成4年6月に新教育研修所に移った際の原告の態度には、その後の処遇において不利益に取り扱われる原因となってもやむを得ないものがあったというべきであり、このことは精神的損害の算定に当たっても減額要素として考慮せざるを得ない。以上の事情を総合考慮すると、精神的損害に対する慰謝料の額は200万円と認めるのが相当である。
原告は、差別的取扱いがなければ、少なくとも同期同学歴入社のうち平均的従業員と同程度には昇格していたとして、原告の賃金額の算定基準を、同期同学歴入社の従業員の平均賃金額とすべきである旨主張するが、本件においては、同期同学歴入社従業員の平均賃金額をあるべき賃金額として想定することはできない。なぜなら、原告と同期同学歴入社の者で現在被告に在籍している者は原告を除いて5、6名に過ぎず、このような少人数で算定しても、処遇の一般的傾向を的確に反映したものとはならない可能性があるからである。しかも、元々同期同学歴で入社した者は25名であり、現在その4分3が既に退職してしまっているのであるから、現在在籍している従業員は、平均的従業員として観念される者よりもある程度積極的な評価を受けている可能性が多分にあり、原告がそのような者らと同時期に同等の評価を当然に受けていたとは言えないと考えられる。したがって、原告が得られたであろう賃金額の算定基準を、同期同学歴入社の従業員の平均賃金とすることはできない。
ところで、原告と同時期同学歴入社の中で、原告を除いて最も昇格の遅い従業員は、昭和62年8月に7級から6級に降格され、その後一旦は7級に復帰したものの、平成12年6月に再び6級に降格されていることが認められる。原告の賃金と同期同学歴入社の者の平均賃金と格差は、平成13年末現在では概ね3370万円、原告の賃金と原告を除いて最も昇格の遅い従業員との格差は、同現在で約2667万円であることは被告の認めるところであり、原告を除いて最も昇格の遅い従業員は、原告以外の同期同学歴入社の者と比較してかなり昇格が遅れているといえる。他方原告には、平成4年6月までは人事考課上欲に不利益に評価されるべき事実があったと認めるに足りないから、内部告発を理由とした差別的な評価がなければ、少なくとも2度の降格処分を受け、同期同学歴入社の者と比較してかなり昇格が遅れている上記従業員と同程度の賃金を得ることが可能であったと認めるのが相当である。
また平成4年6月以降については、前記のとおり、原告にも人事考課上不利益に評価されてもやむを得ない事情があったことが認められ、結局、同時点以後の考課査定については、内部告発を理由とする違法な差別的評価に基づく部分と正当な人事評価に基づく部分とが混在しているものと認められる。そこで最も昇進の遅い上記従業員の賃金額を一応の標準とした上、内部告発を理由とする違法な差別的評価に基づき生じた賃金格差は、この者との賃金格差のうち、7割を下回るものではないと認めるのが相当である。
以上によれば、平成4年1月29日から同年5月までの差額分は44万1267円、同年6月以後の分1432万2737円となり、平成14年1月から平成15年12月までの2年間については、各年の賃金格差は少なくとも平成13年の賃金格差80万0653円と同程度と認めるのが相当である。このうち内部告発を理由とする違法な差別的評価に基づき生じた部分は7割を下回るものではないから、損害額の合計額は1046万7182円となり、弁護士費用は110万円をもって相当と認める。 - 適用法規・条文
- 民法167条、415条、709条、724条
- 収録文献(出典)
- 労働判例891号12頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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