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Y社ほか暴行事件

事件の分類
その他
事件名
Y社ほか暴行事件
事件番号
東京地裁 - 平成15年(ワ)第22280号
当事者
原告個人2名 A、B
被告個人4名 D、G、I、J、株式会社(Y社)、有限会社2社(E社、T社)
その他脱退前被告 株式会社(F社)
その他F社引受承継人 株式会社(W社)
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年10月04日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 労働者派遣事業等を目的とする被告E社及び被告T社は、電機事業等を目的とする脱退前被告飯田橋F社から、地域指定の代理店の店舗内における携帯電話機の販売業務を委託する契約を締結しており、また家電量販店被告Y社は、E社との間で携帯電話契約の取次ぎ等を内容とする代理店契約を締結していた。

 原告A(昭和52年生)は、平成14年10月下旬からT社と契約し、同年11月15日からY社上野店において就労を開始し、同年12月20日以降Y社錦糸町店で就労するようになった。原告Aは、平成15年3月13日まで、Y社店舗において、E社及びF社が受託した携帯用電話機の販売業務に従事したところ、この業務従事期間中に次の事件が発生した。

 (1)平成14年11月29日、T社の社内において接客訓練中、T社社員である被告Jが販売促進用ポスターを丸めた紙筒様の物で、原告Aの頭を約30回殴打し、更にグリップボードによって、ある程度力を込めて約20回頭部を殴打した(第1暴行)。

 (2)同年12月頃、E社の売場において、Y社社員である被告Dが、仕事上のトラブルについて謝罪していた原告Aの大腿を3回にわたって強く蹴った(第2暴行)。

 (3)平成15年3月13日、原告Aが遅刻したにもかかわらず出社時刻について虚偽の連絡をしたことを巡り、同日深夜、E社の社内において、E社社員の被告Iが、社長である被告Gの見守る中、原告Aの左頬を手拳で数回殴打し、右大腿部を膝で蹴り、頭部に対し肘や拳骨で約30回にわたって殴打した(第3暴行)。

 (4)翌14日、原告Aが出勤しなかったため、被告Iが原告Aの母である原告B宅を訪れ、原告Bの面前で、原告Aを四つんばいの状態にさせ、手拳や肘で殴打したり、足や膝で蹴るという暴行を合計約30回にわたって加えた(第4暴行)。

(5)第4暴行の後、原告Aは、被告Iの指示で、E社において遅刻したこと及び入店時刻について虚偽の連絡をしたことについての謝罪を強いられた(強制謝罪)。

 原告Aは、平成15年4月10日、第3暴行事件及び第4暴行事件について、被告Iを傷害罪で告訴し、被告Iは第4暴行事件について罰金30万円に処せられた。
 原告Aは、第1暴行事件、第2暴行事件により受けた精神的苦痛に対する慰謝料として、それぞれ100万円、第3暴行事件による精神的苦痛に対する慰謝料として200万円、第4暴行事件及び強制謝罪による精神的苦痛に対する慰謝料として300万円をそれぞれ請求した。また原告Bは、息子への暴行に接したことにより、急性ストレス反応状態に陥り、その状態を脱した後も重度のうつ状態が1年以上継続し、300日間は寝たきりの状態になり、作家として執筆できない状態となった旨主張した。その上で、執筆できないことによる逸失利益1650万円、精神的損害に対する慰謝料500万円、転居費用200万円、治療費96万円強等合計2584万1778円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告T社及び被告Jは、原告Aに対し、連帯して20万円及びこれに対する被告T社は平成15年10月19日から、被告Jは平成15年11月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告Y社及び被告Dは、原告Aに対し、連帯して10万円及びこれに対する平成15年10月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告E社、被告G及び被告Iは、原告Aに対し、連帯して31万0500円及びこれに対する被告E社は平成15年10月17日から、被告Gは平成15年10月12日から、被告Iは平成15年10月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告E社及び被告Iは、原告Aに対し、連帯して100万5770円及びこれに対する被告E社は平成15年10月17日から、被告Iは平成15年10月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 被告E社及び被告Iは、原告Bに対し、連帯して403万1438円及びこれに対する被告E社は平成15年10月17日から、被告Iは平成15年10月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。              

6 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

7 訴訟費用は、原告らに生じた費用の20分の1と被告T社に生じた費用を被告T社の負担とし、原告らに生じた費用の20分の1と被告Jに生じた費用を被告Jの負担とし、原告らに生じた費用の20分の1と被告Y社に生じた費用を被告Y社の負担とし、原告らに生じた費用の20分の1と被告Dに生じた費用を被告Dの負担とし、原告らに生じた費用の5分の1と被告E社に生じた費用を被告E社の負担とし、原告らに生じた費用の20分の1と被告Gに生じた費用を被告Gの負担とし、原告らに生じた費用の5分の1と被告Iに生じた費用を被告Iの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告飯田橋フェニックス企画株式会社引受承継人に生じた費用を原告らの負担とする。
8 この判決は、第1項から第5項までに限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 第1暴行事件の有無及びその程度

 被告T社及び被告Jは、ポスターを筒状に丸めたもの及びクリップボードの表面で原告Aの頭を軽く叩いたこと、叩いた回数は多くても10回程度である旨主張するが、第3暴行事件及び第4暴行事件の告訴状にも記載されていること、紙筒からクリップボードに持ち替えていること、被告Jが尋問において原告Aの身体に覚えさせるため叩いた旨供述していることからすると、この行為はかなり強度なものであったことが窺われる。

 以上によれば、第1暴行事件、すなわち被告Jが会話練習の際、原告Aに対し、怒号を発して、ポスターを丸めた紙筒様の物で頭部を強く約30回殴打したこと、同紙筒が破損したため、机上のクリップボードを取り、その表面及び側面を使って、ある程度力を込めて原告Aの頭部を約20回殴打したことが認められる。なお、被告T社及び被告Jは、第1暴行は教育目的であって違法性がない旨主張するが、暴行の程度等を考慮すると、教育目的があったとしても違法性がないとは認められない。

2 第2暴行事件の有無及びその程度

 原告Aは、平成14年12月頃、被告Y社上野店で就労中、顧客から電話で携帯電話端末の取り置きを受け付けたが、その旨の表示をしなかったため、他の顧客に販売されて同商品の在庫がなくなっていた。原告Aは他の派遣社員とともに被告Dに経緯を説明して謝罪したところ、被告Dは激昂し、間髪を入れず、膝で原告Aの右横から大腿の外側膝付近を3回にわたって強く蹴った。被告Y社は、業務に関連して行われた第2暴行事件について使用者責任を負う。

3 第3暴行事件の程度

 原告Aは、平成15年3月13日、午前10時30分と指示されていた入店時刻に遅刻し、就業開始時刻が午前10時55分となったが、被告Iに対し、時間通り入店したと虚偽の電話連絡をした。これを知った被告Iは原告Aを事務所に呼び出し、怒鳴りつけるとともに、襟首を掴んで左頬を手拳で数回殴打し、膝で大腿部を蹴り、頭部に対して肘や拳骨で殴打する暴行を約30回加えた。また被告Iは、Y社錦糸町店の便所を掃除して、掃除結果を確認するために便器を舌で舐めることを強要する発言をした。

4 被告Y社の被告J及び被告Iに対する指揮監督

 原告らは、被告Y社において被告J及び被告Iに対して指揮監督をしていたことを裏付ける事情として、原告Aの派遣形態が実質的には脱退前被告において被告T社及び被告E社から人員の派遣を受けて指揮監督し、更に被告Y社においてその人員の派遣を受けて指揮監督をするという二重派遣構造である点を指摘する。被告Y社が上野店及び錦糸町店において、被告Aを指揮監督していたことを窺わせる事情のあることは否定し難いが、仮にY社が原告Aを指揮監督していたと認められたとしても、その事実自体は被告Y社において、被告J及び被告Iを指揮監督していたことに直接結びつくとは認められない。

 Y社従業員である被告Dが、脱退前被告従業員であるKに対し、原告Aの接客時における笑顔が不十分である旨伝えたこと、Kはこれを被告Jに伝え、被告T社において原告Aに会話練習を行わせたこと及び被告DがKに対し原告Aから他の者に変更するよう依頼したことが認められる。しかし上記要請の相手は、脱退前被告の従業員であるKであり、その内容も原告Aに対する教育方法について具体的に指示したものではない。また、被告T社及び被告E社における原告Aに対する研修は、両社において独自に作成した資料・マニュアルにより行われており、第1暴行事件が行われた会話練習も被告Jが発案したもので、研修・教育内容について被告Y社の関与は認められない。更に被告T社は、被告Y社上野店から排除された原告Aを、ほとんど時間的間隔を置かず、また新たに特別の教育をすることなく被告Y社錦糸町店で就労させることとし、被告Y社はこれを受け入れている。

 以上によれば、被告Y社が被告T社及び被告E社の教育を担当する従業員に対して、原告Aの教育について指揮監督をしていた事実を裏付けるに足りる事情は認められないというべきである。

5 被告Y社及び脱退前被告の安全配慮義務の内容

 安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として一般的に認められるべきものである。そして、上記安全配慮義務の具体的内容は、当事者双方の地位及び安全配慮義務の問題となる具体的状況等を考慮して検討する必要がある。本件において、安全配慮義務が問題なっている第1暴行、第3暴行及び第4暴行の内容、それらが行われた具体的状況、そこに至る経緯、具体的な予見可能性の有無、並びにY社及び脱退前被告と被告J及び被告Iとの関係等を考慮すると、仮にY社及び脱退前被告が何らかの安全配慮義務を負うとしても、上記各暴行に関して、原告Aの身体等に対する危険を防止する義務があったとまで認めることはできない。

 本件強制謝罪についても、被告Iが原告Aを原告B宅から脱退前被告東京営業部に赴かせ、脱退前被告従業員のL、Mに対し謝罪させたという行為の内容、その行為の行われた場所及び被告Iの意図からすると、被告Y社に本件謝罪強制に関して、原告Aの身体等に対する危険を防止する義務があったと認めることはできない。脱退前被告においても、被告Iが原告Aを東京営業部に赴かせた点についてはもとより、同営業部に赴いた原告Aが被告Iにより謝罪を強制されたことについても、これによる危険を防止するということが、脱退前被告の安全配慮義務に含まれると認めることはできない。また、被告Y社と脱退前被告との関係及び第2暴行の内容・経緯等を考慮すると、仮に脱退前被告が何らかの安全配慮義務を負うとしても、第2暴行に関して、原告Aの身体等に対する危険を予見し、これを防止する義務があったとまで認めることはできない。

6 第3暴行事件についての被告Gの共同不法行為責任

 被告Gは、被告E社事務所内の被告Iの後に位置する机の前に座って第3暴行を見ていたにもかかわらず、これを制止しなかったことが認められ、第3暴行は頭部に対し肘や拳骨で殴打する暴行が合計約30回に及んでおり、被告Gにおいて暴行を早期の段階で制止する余地は充分あったと認められる。そして、被告Gが被告E社の代表者の立場にあり、第3暴行が被告E社の事業を遂行するために行われたことをも考慮すると、被告Gが第3暴行を制止しなかったことは、明らかに違法な権利侵害行為に当たるというべきである。

7 第4暴行事件及び本件謝罪強制についての被告Gの共同不法行為責任

 被告Iは、原告B宅に赴く際、事前に被告Gに対し原告Aと面談する旨連絡した事実が認められ、被告Iが原告Aと直接会って、原告Aが連絡なく出勤しない真意を問い質した場合、原告Aの対応の仕方によっては、被告Iが原告Aに暴力を振るうかも知れないと予想することが可能であったといえるかも知れない。しかし、第4暴行事件は、原告Aが被告Iの説得に全く耳を貸そうとせず、退職の意思が強固で翻意の見込みが全くないと判断されるような状況において、被告Iが原告Aの言動に激昂し、職務遂行と余り関係なく、主に原告Aに対する個人的な感情に基づいて敢行されたものであり、本件謝罪強制もその延長線上にあると認められることからすると、被告Gにおいて第4暴行事件及び謝罪強制を相当程度具体的なものとして予見し、これを回避する措置を執るべき注意義務があったとすることはやや困難である。よって、被告Gが、被告Iによる第4暴行及び強制謝罪を防止しなかったことが権利侵害行為に当たると認めることはできない。

8 損害額

 第1暴行の程度、第1暴行が同じ部屋に被告T社の従業員数人のいる状態で行われたこと、他方原告Aはその後も被告T社の派遣社員として就労を続けていることなどの事情を考慮すると、原告Aが第1暴行により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は20万円とするのが相当である。第2暴行の程度、第2暴行が被告Y社の店舗内で行われたこと、そのきっかけが原告Aの落ち度にあり、それにより被告D及び被告Y社も一定の迷惑を被っていることなどの事情を考慮すると、原告Aが第2暴行により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は10万円とするのが相当である。第3暴行の程度その他の事実等を考慮すると、原告Aが第3暴行により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は30万円とするのが相当である。第4暴行の程度、これによる傷害の程度及び謝罪強制の内容等を考慮すると、第4暴行及び謝罪強制により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は100万円とするのが相当である。

 原告Bは、第4暴行が始まった際、被告Iの暴行を阻止しようとしたが、被告Iに怒鳴られ、暴行を見続けたことにより、急性ストレス反応状態に陥り、その状態を脱した後も重度のうつ状態又はうつ病の状態が1年以上継続しており、収入のほとんどを得ている小説等の執筆が不能となった。第4暴行の行われた状況(原告Bの目前で行われた点など)、これによって受けた原告Aの傷害の程度、原告Bに生じた障害の重篤性等に照らすと、第4暴行は原告Bに対する関係でも権利侵害に当たると認められる。
 原告Bの損害額は、執筆活動が不能となったことによる逸失利益403万8294円、治療費等67万0903円、入通院慰謝料105万円と認められる。一方、急性ストレス反応が通常の場合以上に長期間持続し、その後うつ状態又は重度のうつ病となり、執筆不能の状態が長期化したのは、もともと原告Bに軽度のうつ病があったことが原因となっていることが認められ、そうすると、損害の公平負担の理念から、民法722条2項を類推適用して、その損害の合計額から3割を減額し、原告Bの請求できる損害額は403万1438円となる。
適用法規・条文
民法709条、715条、719条、722条2項
収録文献(出典)
労働判例904号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。