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地公災基金埼玉県支部長(K市職員)脳卒中死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金埼玉県支部長(K市職員)脳卒中死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 昭和61年(行コ)第55号
当事者
控訴人 地方公務員災害補償基金埼玉県支部長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年06月29日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 Tは、昭和31年5月K市役所に採用され、昭和53年4月より開発部管理課長として職務に従事してきた。Tの管理課長就任時には区画整理事業に対する土地所有者からの異議申立てが多く、そのすべてが管理課長の解決範囲になったため、Tはその解決に相当苦労した。

 昭和53年12月の定期市議会では、質疑に関する応答準備、打合せ、議員への根回し等を行ったほか、長時間にわたって待機を余儀なくされ、市長の施政方針演説の草稿作りを行った。また同月、管理課の管理に係る公園で、市職員が石を放り投げて子供に怪我をさせ、Tが示談交渉に当たったが、難航した。

 昭和54年2月14日から2泊3日で、審議委員を引率した旅行(本件旅行)が行われ、Tは中心になって、その企画、実施に当たった。本件旅行は、1日目は熊本、2日目は長崎県平戸に宿泊したが、3日目に当たる同月16日朝、Tは意識不明のところを発見され、病院に搬送されたが、脳卒中により死亡した。

 Tの妻である被控訴人(第1審原告)は、Tの死亡は公務に起因するものであるとして、被告に対し地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定請求をしたところ、控訴人(第1審被告)はTの死亡は公務に起因したものではない旨の決定(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として審査請求、更に再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
 第1審では、Tの脳梗塞の発症とこれによる死亡は、日頃の過重な業務による疲労に加え、本件旅行による著しいストレスが加わって生じたものとして、Tの死亡と公務との間の相当因果関係を認めて本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
地方公務員災害補償法31条における「職員が公務上死亡」した場合とは、国家公務員災害補償法15条、18条におけるのと同様に、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係があることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故を発生した場合をいうと解すべきである。しかしながら、右相当因果関係が認められるためには、死亡の原因となった負傷又は疾病の発生が公務に従事したことを唯一の原因とすることまでを必要とするものではなく、公務とは無関係の他の原因、例えば被災職員が既存の疾患(基礎疾患)を有しているような場合であっても、それが自然に増悪したものではなく、公務の遂行が基礎疾患を増悪させるなど公務が疾病発生の相対的に有力な原因であると認められる場合には、被災職員がかかる結果を予知しながらあえて公務に従事するなど災害補償の趣旨に反する特段の事情が認められない限り、右疾病を公務に起因するものと解するのが相当である。そして、本件のように脳卒中のような循環機能障害疾病にあっては、その要因が必ずしも突発的、異常な出来事によるものとは限らないのであるから、死亡災害の公務起因性を判断するに当たっては、発病までの相当期間にわたる激しい公務の継続によって徐々に疲労が蓄積し、かくて蓄積された著しい疲労、公務による身体的肉体的ストレスが相対的に有力な原因となって循環機能障害を発症させたと認められるときは、公務上の災害に該るものと解される。

 Tは、風邪及び肋間神経痛治療のため比較的頻繁に診療を受けていたこと、血圧は変動が激しかったものの、未だ高血圧症と名付けるほどのものではないこと、諸検査によっても特に異常な所見は認められていないことなどの事実に医学上の一般的見解を併せ考えると、Tは本件旅行に参加した当時、既に動脈硬化症に罹患していたものと推認するのが相当であるが、その程度は自然増悪によって脳梗塞を容易に発症せしめるに足るほどの基礎疾患ではなかったと認められる。

 Tは、几帳面な性格で責任感が強く、職務遂行に熱心であったが、管理課長に就任してからは、従前に比べて著しく多忙となり、これに伴って超過勤務時間も増加したため、従来の就寝時間の遵守及び睡眠時間の確保が困難となり生活様式の変更を余儀なくされたこと、管理職の職務は特に地権者や地域住民との体外折衝が多く、特別の配慮が要請されるものであったこと、特にTは、とりわけ昭和53年12月頃からは、区画整理事業に関し、地元住民らとの交渉が難航し、本件旅行直前までその対応に苦慮していたこと、昭和53年12月の定例市議会期間中、長期間の議会待機を続けたこと、同月25日に公園内における人身事故が発生し、Tは本件旅行前に至るまでその処理に当たったこと、加えてTは、昭和53年秋頃から本件旅行の立案・手配等に従事し、年が明けてからは3月に迫った区画整理事業の完成記念式典の準備のため奔走したこと、夜間や、土曜午後、日曜などの時間外勤務も少なくなかったことなどが認められ、これらを総合すれば、Tは本件旅行に出発する前に、既に相当程度の慢性的疲労状態に陥っていたものと考えられる。

 更に、本件旅行は、九州熊本、長崎を2泊3日で視察する強行日程であったところ、Tは総勢17名の実質的遂行責任者として、旅行が日程どおり円滑に遂行され、かつ参加者全員が満足するよう絶えず事務全般に気を配り、その実現に勢力を注ぎ続け、細かな雑務に至るまで率先して行い、宴会の準備及び進行役を務め、審議委員の部屋を回って懇談するなど、丸2日間にわたり早朝から夜遅くまで立ち働いたこと、Tは九州への旅行及び飛行機の搭乗が初めてで、しかも往路の飛行機が激しく揺れたため不安を抱いたこと、更に旅行2日目には長崎地方が寒波に見舞われたことなどの事実があり、これらによれば、Tは本件旅行中、日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したことにより、精神的・肉体的疲労が深まり、その程度は旅行第2日目の終了時点において最高度に達していたものと推認できる。
 そうすると、Tの脳梗塞の発症は、開発部管理課における多忙な業務、特に昭和53年末及び同年度末の多種多様な業務が、Tを慢性的疲労状態に陥らせ、更にこれに本件出張旅行中における多量、異質な業務の遂行による著しい精神的・肉体的疲労とストレスが加わって、これらがTの動脈硬化症を急激に増悪せしめるとともに、その血液の性状に悪影響を与えたことによるものと推認するのが相当である。以上によれば、Tの死亡は公務との相当因果関係がないとはいえず、右死亡と公務との間には相当因果関係があると認められる。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条、45条
収録文献(出典)
労働判例528号98頁
その他特記事項