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地公災基金大阪府支部長(S市西消防署)脳梗塞事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金大阪府支部長(S市西消防署)脳梗塞事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁 − 平成6年(行ウ)第33号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金大阪府支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年07月29日
判決決定区分
認容
事件の概要
 原告は、昭和36年5月にS市消防本部に採用され、本件疾病発症当時はS市西消防署(西署)副署長の地位にあった。

 昭和61年2月24日、原告は朝主治医の診察を受けた後、午前8時40分頃に西署に出勤し、午前9時30分頃より、署長ら幹部の参加の下、原告が議長となって定例の幹部会議が開催された。その会議の最中、当日休んでいた職員Aから原告に電話があり、電話口で泣きながら「薬を飲んだ」と告げ、一方的に電話は切れた。Aは酒や賭け事が原因で多額の借金を負っており、原告はAが西署に配属された2年程前から、Aとその家族についても公私にわたり種々面倒を見てきており、原告にとっては単なる一部下を超える存在であった。

 原告は会議を中座し、A宅に駆けつけると、Aはパジャマ姿で泣いており、原告は屑籠の中にカプセル薬取り出した殻40個を見つけた。原告は嫌がるAに病院行きを命じ、一旦階段を駆け下りて自動車を棟の横に付け、再び階段を駆け上がってAを抱きかかえるようにして階段を下り、Aを車に乗せて病院へ急行した。病院に到着した原告は、Aを抱き抱えるようにして、看護婦に事情を説明してAに診察を受けさせた。その後医師がAを検査室に連れて行くように看護婦に指示し、看護婦から言われて原告は受付まで車椅子を取りに行き、Aを車椅子に乗せて検査室に運び、更に検査終了後、Aを抱きかかえるようにしてICU室に運んだ。

 原告は、Aが血圧測定を受けているとき、急に心臓が高鳴り出し、血圧を測ったところ、看護婦に高いと言われ、2、3分安静にした後、急ぎの仕事のため、階段を駆け下り、約230mを走って駐車場まで行き、西署へ戻った。原告は帰署後昼食を取り、仮眠室で新聞を読んでいたが、手の自由が利かないため、救急車で病院に運ばれて入院治療を受け、「脳梗塞後遺症」と診断された。
 原告は、本件疾病は公務に起因するものであるとして、地方公務員災害補償法に基づき、被告に対し、公務災害認定を請求したところ、被告は公務外の災害であると認定した(本件処分)。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対して昭和63年6月1日付けでした公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 本件疾病の公務遂行性の存否

 原告は、部下であるAからの自殺をほのめかす電話を受け、Aの救命活動に従事した後、西署に戻る途中で本件疾病を発症したものということができるところ、右一連の活動は極めて緊急性の強いものであったことが明らかである。そして、原告は電話を受けた後、署長に報告し、署長からの「現場を確認しに行ってくれ」との指示を受けて、司令車を使ってAの自宅に急行し、Aが実際に薬を飲んだことを発見したため、当然に必要な対処としてAを病院に搬送したのであり、本件救命活動は全体として署長の指示に基づいて行われたものということができる。また、副署長の職務には部下の人事管理も含まれており、その上原告は、当時の消防本部次長から指示を受けて、いわゆる問題職員であったAの公私にわたる指導を行ってきたのであり、これらの事情をも総合すると、本件救命活動は公務に含まれるものというべきであり、本件公務遂行性はこれを肯定することができる。

2 本件疾病の公務起因性の存否

 地方公務員災害補償法26条1項にいう「職員が公務上疾病にかかった場合」とは、職員が公務に起因して疾病にかかった場合をいい、公務と疾病との間に相当因果関係が認められなければならない。そして、右因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるというべきである。

 本件疾病発症当日の原告の行動、とりわけ本件公務が原告の部下であって日頃から特に公私にわたって面倒を見てきたAから、自殺をほのめかす電話がかかってきたという極めて異常な出来事に端を発し、Aの自宅に駆けつけた後、Aを説得して病院に連れて行き、診察を受けさせ、西署への帰途につくまでの約3時間弱の間、原告は、Aの容態を心配し、極めて強度の精神的緊張を持続させていたことは容易に認め得るところである。その上、原告がその間全力疾走や駆け足、Aを抱えるなどして異動した距離は約1200mを下らないのであり、その間適宜水分を補給した事実も認められないことなどをも考慮すると、原告は強度の身体的負荷を負ったものということができる。

 そして、原告は消防署に勤務していたとはいえ、今までに災害現場での救助活動の経験はなく、本件当時の主たる職務は副署長として人事管理や業務計画の立案といったいわばデスクワークが中心であったことに照らすと、本件発症当日の職務が精神的身体的に過重なものであったということができるのである。加えて、原告は、本件に先立つ約6日前の衛生管理者試験受検のための往復の行程で風邪を引き、本件当時体調が万全とはいえなかったことも考慮されるべきである。

 確かに、本件疾病がラクナ梗塞症であるとすると、右発生の危険因子は、高血圧と加齢とが最大のものであることが窺えるところ、原告は昭和57年頃から高血圧の治療を継続してきたが、それにもかかわらず、毎年の定期健康診断での血圧は高い水準を保っていたのである。しかしながら、このような脳梗塞を引き起こす「直接の」原因は医学的に明確ではないところ、主治医によれば、原告の本件疾病発症当日の診察の結果でも、原告の症状が急激に著しく増悪する徴候は認められなかったというのである。そして、一般的にストレスや過労の存在が動脈硬化や動脈硬化性疾病を促進する因子となり得ることも医学上否定されないことをも勘案すると、原告の本件発症当日の極めて精神的身体的負荷の強い行動が、本件疾病発症に大きく影響しているものと認めるのが相当であるから、本件公務により原告の脳梗塞がその自然的経過を超えて急激に著しく増悪し、本件疾病を発症したものと推認することができる。
 したがって、本件公務は、本件疾病発症の相対的に有力な原因に当たるものというべきであり、両者の間には相当因果関係があるものと認めることができる。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法26条
収録文献(出典)
労働判例699号14頁
その他特記事項