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地公災基金広島市支部長(H市職員)血栓症等事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金広島市支部長(H市職員)血栓症等事件【過労死・疾病】
事件番号
広島地裁 - 平成5年(行ウ)第9号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金広島市支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年06月26日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、昭和53年4月にH市職員に採用され、昭和56年4月に腎臓移植手術を受け、同年11月からN区収納課に職務復帰し、その後は外勤及び時間外勤務を免除されて専ら電話による納付折衝を行っていた。昭和59年度に入り、従前の業務が法人担当と個人担当に二分され、原告は主に前者を担当するようになった。

 昭和60年4月、原告はA区地域振興課広報公聴係に配転となったが、当時原告は病気療養中であったため職務に服さず、同年5月から書類整理等の業務に従事した。昭和61年4月、原告は課内異動により振興係に移り、主として住居表紙付作業(外勤)に従事し、5月と9月に時間外勤務、休日勤務を行ったほか、昭和62年5月には26時間の時間外勤務を行った。
 原告は、昭和60年1月に深部・下大静脈血栓症(血栓症)を発症し、更に昭和61年10月に肝炎を発症して昭和62年9月頃から増悪したところ、これらの疾病は公務に起因して発症したとして、昭和63年5月25日、被告に対し地方公務員災害補償法に基づき公務災害認定請求をした。被告は平成2年9月4日、これを公務外とする認定(本件処分)をしたことから、原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 公務起因性の判断基準

 ある死傷病が公務によって引き起こされた(公務起因性)といえるためには、公務災害補償の要件として、地方公務員災害補償法が何ら特別の要件を規定していないことからすると、当該公務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち公務と死傷病との間に相当因果関係が認められることが必要であり、かつ、これをもって足りるものと解される。ところで、地方公務員災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生じる危険性を有する公務に従事する公務員について、右公務に内在ないし随伴する危険性が発現し、公務災害が生じた場合に、任命権者の過失の有無にかかわらず、被災者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を保障しようとすることにあるものである。

 右趣旨からすれば、公務と死傷病の発生との相当因果関係を肯定するためには、第一に当該公務が死傷病を発現させると認めるに足りる危険性を有すること、すなわち当該公務が過重負荷と認められる態様のものであること(公務過重性)、第二に過重な公務と死傷病との間に条件関係が認められることが必要であり、公務過重性の判断は、平均的な公務員すなわち通常の公務に就くことが期待されている者を基準にするべきである。そして、「通常の勤務に就くことが期待されている者」とは、完全な健康体の者のほかに、基礎疾病を有するが職務の軽減を要せず通常の勤務に就き得る者、すなわち平均的労働者の最下限の者を含むと解される。

 この点、原告は、原告自身を基準にして過重性を判断すべきとするが、この見解を前提にすると、通常の公務員にとってはさして負荷ともいえないレベルの労務でもその者の健康状態からすれば危険な公務と評価し得るから公務と死亡との相当因果関係を肯定すべきことになるが、このような公務員の救済は、そのような公務を強いた地方公共団体の安全配慮義務違反を追及することによるべきであり、地方公共団体全体の拠出によって運営される公務災害補償制度による救済の範囲外に置くべきものである。

 原告は任命権者に安全配慮義務違反があった場合は、立証責任が転換されるべきと主張するが、公務過重性の判断自体は、当該公務員が「通常の勤務に就くことが期待されている者」である限り、その者の資質を問題とせず客観的な就労環境・状況から判断されるべきものである。任命権者に安全配慮義務違反があった場合に、それが就労環境・状況の一要因として考慮される場合はあるが、その場合でも公務の過重性は全体的な就労環境・状況から判断されるべきものである。したがって、任命権者に安全配慮義務違反がある場合は直ちに公務起因性の立証責任を転換すべきとする原告の主張は採用できない。

2 本件における公務起因性の判断

 昭和56年11月から同59年までの原告の担当業務の内容からすれば、腎移植患者である原告でもその従事が許される程度の公務と評価できるから、平均的労働者の最下限の者にとっても特に負荷のない公務と評価することができる。また、原告は、職場復帰前の昭和56年9月以降、同59年12月に移植腎から蛋白が漏出したことがあった以外は腎機能は良好であり、職場復帰後の同58年10月には肝機能も良好で、右血栓症を発症するまでには、特に異常が生じた様子は窺えないから、少なくともその間は格別の支障もなく右公務に従事していたものであったと推認することができる。

 そして、原告の業務は、外勤及び時間外勤務は免除されており、複雑困難なケースについては課長及び係長が引き継いで処理していたこと、昭和59年4月から12月までの電話による納付折衝件数は同僚の2分の1であったこと、以上の事実によれば、原告が血栓症を発症する前9ヶ月間の公務はそれまでの担当公務に比べて原告に過大なストレスをもたらしたものと認めることはできない。したがって、右公務は平均的労働者の最下限の者を基準として、血栓症を発症させるに足りる危険を内在した公務ということはできない。

 原告は、昭和61年8月に肝機能障害が出現したものであるところ、同年4月から従事した住居表示付定作業の業務内容は、公用車を使用し、作業自体に体力を必要とするものではなく、1日当たり3件で、所要時間は1件当たり10分から15分であることからすると、原告が直射日光の下にいた時間は1日平均1時間以内で断続的なものであったと推認することができる。原告はその業務内容は困難なものであったと主張するが、原告の担当は、既に住居表示が実施され台帳が作成されている区域において、新築された建物に住居番号を付定することであったこと、原告が実測する必要性は少なかったと推認されることからすると、原告の測量及び作図の作業はそれほど複雑困難なものではなかったと評価できる。また、原告は作業に30分以上かかったことや再調査をしたこともある旨主張するが、仮に1件につき30分以上作業時間がかかったことがあったとしても、前記認定の作業時間を大幅に上回ることが頻繁にあったとは認められない。更に原告は、夏の交通安全運動に参加し街頭でチラシ等を配布したこと、区民スポーツ大会、敬老会、区民まつりに休日出勤したこと、住居表示板の脱落点検作業や各戸へリーフレット等を徒歩で配布したり、倉庫移転作業や交通安全懸垂幕掲示作業を行ったこと等が勤務の過重であることの根拠として挙げるが、いずれも単発的なものであって、右事情の存在をもって過重な終日外勤業務が続いたと認めることはできない。以上によれば、右住居表示付定作業が、免疫機能が低下する程の疲労に陥らせ、肝機能障害を生じさせるに足りる程度の過重負荷であったと評価することはできない。
 原告は、昭和62年4月から6月まで住居関係業務に従事したが、多忙であり、市民からの問い合わせへの対応が精神的・肉体的に過重であったことから、同年9月に肝炎が増悪したと主張する。しかし、(1)住居表示付定作業の内容は前述のとおりであり、5月の外勤日数は17日であること、(2)住居表示変更証明書の交付についてはピーク時の5月が17日であり、翌6月には約3分の1に激減し、原告は時間外労働を行っていないこと、(3)窓口あるいは電話等による問い合わせや苦情等への対応には他の同僚職員も従事しており、特段の問題が発生したとも認められないことからすると、前記期間の原告の公務が自然的経過を超えて肝炎を増悪させるに足りる程度の過重負荷であったと評価することはできない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法26条、28条
収録文献(出典)
労働判例727号65頁
その他特記事項
本件は控訴された。