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地公災基金岡山県支部長(K市役所職員)心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金岡山県支部長(K市役所職員)心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
岡山地裁 − 平成5年(行ウ)第7号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金岡山県支部長
業種
農業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年12月22日
判決決定区分
判決
事件の概要
 T(昭和22年生)は、大学卒業後の昭和47年4月にK市役所に技術職員として採用され、建設局土木課、同局施設課、児島支所工務課に勤務した後、昭和59年4月1日から同62年3月31日まで岡山県に出向し、同年4月1日からK市に復帰して、下水道局下水建設部建設一課に所属し、係長として勤務していた。

 昭和47年5月から同59年3月までの期間中におけるTの公務は特に過重なものではなかったが、Tはこの期間中、高血圧症、高尿酸血症、筋緊張性頭痛の病名で治療を受けており、血圧降下剤の投薬による継続的な治療を受けていた。

 昭和59年4月から同62年3月31日までの間、Tは岡山県に出向して児島湖流域下水道工事のうち幹線管渠築造工事を担当した。本工事は、県としてノウハウの蓄積に乏しく、大規模な工事であり、職員数に比較して事業量が多く、工事自体も複雑であったことなどから、Tは数週間単位で午後9時から10時頃まで残業が行われ、通勤に時間を要することもあって、帰宅時間が深夜にわたることも少なくなかった。また、地元住民の理解を得ることはTら係の職員にとって大きな精神的負担となっていた。この頃、Tは月1、2回の頻度で受診し、高血圧症、高尿酸血症、高脂血症等の投薬治療を受けていた。

 昭和62年4月から平成元年11月までの当時、K市では遅れている下水道普及のために管渠工事を年々増やしていたことから、Tは係の事務全般の管理監督を行う立場上、その業務内容は事務全般に及んだだけでなく、地元対策を含む対外的な折衝及び調整にわたる事項全てに関与し、時間外勤務は深夜休日にわたることが少なくなかった。そうした中で、会計検査院による会計検査に際しては、その準備のため、時間外勤務が大幅に増大し、残業時間が月間150時間前後にも及んだ。もっとも、Tの死亡前3ヶ月間においては、Tに体調不良が見られ、時間外労働時間が1ヶ月平均53.7時間と減少したが、その間退庁時刻が午後9時を過ぎたのは17日であり、最も遅い退庁時刻は午後12時であった。死亡前1週間についてみると、11月18日(土曜日)は午前中通常業務をこなした後、京都へ1泊の親睦旅行に行き、20、21、22日とも庁内で通常業務を行い(退庁時刻は、20日が午後10時23分、21日が午後9時14分)、22日午後5時に業務を終えると釣り旅行に出かけて1泊し、翌23日に釣りを行った後、夜帰宅した。翌24日は通常業務を行い、午後8日12分頃退庁したが、同日午後11時30分頃急性心筋梗塞を発症し、翌25日午前4時頃死亡した。
 Tの妻である原告は、Tの心筋梗塞による死亡は公務上の災害に該当するとして、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定請求を行ったところ、被告はこれを公務外とする決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更に再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対して平成3年1月21日付けでしたTの心筋梗塞による死亡につき公務外の災害であるとする決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 公務起因性の認定基準

地方公務員災害補償法に基づく補償は、地方公務員が公務の遂行上被った災害に対して行われるものであって、右公務災害のうち公務上の死亡とは、地方公務員が公務の遂行に当たり公務に基づく負傷又は疾病(傷病)に起因して死亡した場合をいい、右傷病と公務との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、公務の場合にも、相当因果関係の有無は、医学的知見等の科学的知識に基づき経験則に照らし死亡の原因である傷病が当該公務に内在する危険が現実化したものであるか否かによってこれを決すべきものと認める。

複数の原因が競合して発症したと考えられる虚血性心疾患による死亡の場合に、どのような条件関係の下で公務起因性を認めることができるかについては、地方公務員災害補償基金理事長通知「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について」(平成7年3月31日地基補第47号)が発せられたところであり、この基準は現時点での医学的知見に基づいて定められた認定基準であって、一応合理性のある認定基準というべきであるから、これに照らして公務起因性が肯定される場合には地方公務員災害補償の対象となり得るというべきである。しかしながら、本件のように、急性心筋梗塞が高血圧症その他の基礎疾患を始めとする内的要因に過度の精神的身体的負担といった外的要因も直接又は間接に生体に対して相乗的に作用することによって発症、増悪すると考えられる疾患であることからすると、前述の行政基準に該当しないからといって直ちに公務起因性を否定するのは相当でなく、公務の過重負担が当該地方公務員に対し長期間にわたり過度の精神的身体的負担をもたらしており、公務の遂行が急性心筋梗塞の発症及び増悪と密接な関連を有すると認められたときは、公務起因性を肯定するのが相当である。そして、死亡原因となった疾病の発生及び増悪が公務の遂行と密接な関連を有するか否かの判断に当たっては、当該疾病の病因及び病態生理に関する医学的知見を基礎としながら、公務の内容・性質からみた困難さの度合い並びに公務の繁閑の程度及びその期間等の諸事情からみて、地方公務員にとって公務の遂行による精神的身体的負担が公務において通常予定されている負担の程度を著しく超えるものであったか否かをその年齢を含む心身の常況等との関連で判断すべきものであり、当該公務員にとってその精神的身体的負担が右に述べる程度を著しく超えるものと認められるときは、公務の遂行と疾病の発症及び増悪との間に経験則上密接な関連があるものとして、公務起因生を肯定するのが相当である。

2 本件における公務起因生

 Tが昭和59年4月以降死亡前までの5年8ヶ月間に従事した公務の内容は、その性格自体、技術職の職員としての専門知識を要求される難易度の高い職務であるとともに、後半の建設一課における2年8ヶ月間においては、係長として組織管理事務全般及び対外的折衝調整が付加されたことにより公務の困難性が更に増加し、その中での長期間にわたる日常的な超過勤務状態とりわけ深夜休日に及ぶ現地での説明会、補償交渉、苦情処理等の対外的折衝調整事務は、Tの心身に対して強い負担を課し続けてきたとみられる。

 Tは、継続的に投薬治療を受けていたにもかかわらず、建設一課に勤務するようになると、血圧は上がり、コレステロール値や中性脂肪値が正常値を大幅に上回る状態が長期間継続し、高脂血症、高尿酸血症が一向に改善に至らず、むしろ建設一課に勤務するようになって以来次第に危険な領域に入っていることが明らかであり、Tの健康状態は、公務の過重さに耐え難い状態になっていたものと認められる。Tはこのような常況の下で、夜間休日勤務を含む長時間の超過勤務を5年数ヶ月にわたって継続していたものであり、このような公務の過重さが若年ながら高血圧症、高脂血症、高尿酸血症等に悩まされるTをしてその治療上必要な食事、運動、休養、睡眠といった生活面全般における規則的かつ正常な生活を保持することを著しく困難にならしめた上、右の基礎疾患と相まって心筋梗塞の前駆症状である冠状動脈硬化症を発症、増悪させる要因として作用したであろうことは推認するに難くないところであり、経験則上公務の遂行が冠状動脈硬化症の発症及び増悪さらにはその終末像である心筋梗塞の発症及び増悪に密接に関連しているものと認めるのが相当であるから、そうであれば、心筋梗塞をもたらした冠状動脈硬化の基礎疾患とされる高血圧症、高脂血症、高尿酸血症等の発症それ自体は、公務の遂行に由来するものでなく、Tの食事、運動、睡眠、喫煙といった生活習慣や家族病歴が明らかな遺伝的・体質的要因によって左右されるものである。なお、死亡する数ヶ月間にあっては従前ほど繁忙でない勤務状態があったとしても、公務起因性を肯定するのが相当である。
 以上によれば、Tの急性心筋梗塞による死亡と同人が従事していた公務との間には相当因果関係があるというべきであるから、その公務起因性を否定した本件処分は違法であることを免れないというべきである。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条、45条
収録文献(出典)
労働判例811号63頁
その他特記事項
本件は控訴された。